シミュラークルな正午





ランプの灯りがゆらゆらと揺れる。日付が変わったころだろうか。ギシ、ギシと軋む木の音が室内に響いていた。

「あっ…あ…兵長…」

汗で湿ったリヴァイの背中にエレンの爪が食い込んでいる。次第に激しさを増す律動に耐えられなくなってきたためか。
エレンはあの日から、リヴァイの夜の相手をさせられるようになった。
リヴァイは、エレンの悦ぶことを熟知していた。性行為自体が初めてだったのに、何もかも勝手知ったる様子ですぐに身体をひらかされた。
理由もわからない。リヴァイが何を考えているかもわからない。
なんなんだこれ、と思ったそばから一番弱い個所を激しく的確にえぐられ、エレンの顔が快楽で歪んだ。

「やっ!あっ、…リヴァイ兵ちょ…!」
「………違ぇだろ」

「……に、にいさ、ん…」

何より不可解なのが、兄と呼ぶよう強いられることだった。激しい愛撫とは裏腹にくしゃりと髪を優しく撫でられた。

「そうだ…」
「にいさん、兄さん…」
「エレン…」
「あうっ…あっあっ、あん!おれ、も、だめです…」

「エレン…」

あの夜、リヴァイは否定も肯定もしなかった。
しかしその表情は如実に真実を物語っていた。エレンは自分の考えが間違いでないことを確信した。
リヴァイを問い詰めたかった。この世界には何の意味があるのか。
もしもこの世界がリヴァイによって作られたものなら、これまで死んでいった仲間たちはなんだったのか。ここにいる自分はなんなのか。そしてなぜリヴァイは自分を慰みものにするのか。

すべてに意味はないのだろうか。







「オレは兵長の弟なんですか?」

毛布にくるまり身体を横たえ、いつもと変わらない様子でエレンが尋ねる。

「それとも単に趣味ですか?」
「…るせぇ」

忌々しげに言葉を返したリヴァイは裸のままベッドに腰掛けてエレンを見ない。
この男がリヴァイなのか、リヴァイの中に別の人格が乗り移っているのか、本当のところはよくわからない。
エレンの知っている、以前のリヴァイ兵長は潔癖症だったが、今の彼はそうでもないようだ。
そうでもなければエレンのことなど触りもしないはず。
あの日からリヴァイの様子がおかしい。したくないことを強制されているのはエレンなのに、つらそうなのはいつもリヴァイの方だ。

この数日、世界が微妙に狂っているように感じる。アルミンとジャンの記憶が断片的に失われている。104期生や、リヴァイ班の顔ぶれが入れ替わっている。何よりミカサの姿が見えなくなった。
すべてを知るこの男の哀しげな表情と何か関係があるのだろうか。
とにかくミカサは取り戻さなくてはいけない。だから最初は嫌だったが今は言われるがままリヴァイに抱かれている。
本当ならすぐにでも問い詰めたいところだが…。

「風邪引きますよ、兄さん」
「…それもうやめろ」
「すみません、兵長」

呼べといったり呼ぶなといったり、面倒な男である。
しかし弱りきった様子のリヴァイに、エレンは何も言うことができなかった。










最悪だ。
破損して使い物にならなくなったデータを修復し、弟に会うために使っている。
データを社外へ持ち出したことは上にばれたが、状況が状況だけにお咎めはなしだった。
修復には時間も金もかかった。細部に微妙な違いはあるが元通り仮想世界のデータを復元できた。
自室のコンピュータの前から立ち上がり、以前弟が使っていた部屋のドアを開く。

「エレン…」

ベッドには青白い顔の弟が眠っていた。
一命は取り留めた。
しかし意識は戻らない。おそらく二度と。進みすぎた医療は残酷な未来までをも教えてくれる。
顔は半分に包帯がかけられ、呼吸器官を補うチューブに繋がれている。
あの事故の夜、お約束のように延命か尊厳死かの選択を迫られ前者を選んだ。
昔からリヴァイは大抵のものを苦もなく手に入れることができた。ほんの少しの労力と、あとは金がなんとかしてくれる。
例えば人形になった弟を自宅で延命させることも、失ったデータを非合法に復元させることも。

エレンの頬を撫でる。もっと愛してやればよかった。でも人生の大半を一緒に過ごしていたのに、これ以上どうすればよかったのか。エレンがいなくなってからのこれからを日々を、耐えられるほど愛し合う方法はあったのか。一番ほしいものは、もう二度と戻らない。
あの日交わした下らない会話を反復する。

「よっく言うよ!さびしいさびしい言ってたくせに!」

ああ。さびしいな。離れて先に音を上げるのは俺の方だったのかもな。

「オレがいないからって浮気すんなよ!」

しねぇよ、馬鹿。

「…なぁ、兄さん。もしオレが戻ってきてまだ気持ちが変わらなかったら…」

気持ちが変わらなかったら、なんだったんだ。

その後に続くはずだった弟の言葉をリヴァイは見つけられずにいた。リヴァイとエレンは兄弟で、二人きりの家族で、身体を重ねる仲で、いつかは終わりがくる関係だ。気持ちが変わらないからといってその先には何も待っていない。
再び、ゴオゴオと耳鳴りがした。リヴァイははっとエレンを見た。
青白い顔が笑っているような気がした。









兵団服に腕を通すエレン。
地下室へ戻るのだろう。
服を着る気にもなれないリヴァイは、ぼうっとその姿を眺めていた。
仕草・性格・読めない行動パターン、弟そのものだ。
「なぁ、エレンよ」
「はい?」
「お前は、何を言おうとした?」
「え?………すみません、質問の意味が、」
「……いや、いい」






(馬鹿か俺は。こいつに聞いてもわからない。)











続く






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