気づいて、
このままじゃイケナイ、けど先に進む勇気もない。今の関係が壊れるのなんて真っ平御免だ。でも、誰かに取られてからじゃ遅いんだって。神様仏様、どうか俺に希望を。
『死神が神頼みなんて変な話よね』
「!」
『生きてる頃ならまだしも、さ』
九番隊執務室、隊長が居なくなった今副隊長の俺は毎日執務に追われている。いい加減書類とお友達は嫌だしそろそろ息抜きを、と思い縁側に出てみた。しかし息抜きどころか何故か色恋沙汰に思考を奪われていた矢先、想い人現る。
「お、お前・・・いつからそこに」
『このままじゃイケナイ、ぐらいから?』
って最初からじゃねえか!ちょっと待て、そもそも声に出して言った覚えはないし内容聞かれたってことは何の事かと疑問を浮かべるはずだろ?そんな事を考えながら彼女を見るがそんな素振りはこれっぽっちも見せない。
『あれでしょ。どうせ修兵のことだから乱菊さんの入浴シーンの妄想でも・・・』
「ちょちょちょちょっと待て!色々突っ込みたいところが沢山あるぞ!」
『何よ、人の話遮ってまで・・・』
彼女の名前は名字名前、九番隊平隊士で最近六番隊から移隊してきたところだ。理由としては隊長が居なくなった九番隊、そして俺が副隊長を務めていることからこちらの力になりたいと言ってきてくれた。それを聞いた時は心臓が飛び跳ねるぐらい嬉しかったんだ。けど、どうも俺の抱いている感情とは違うようで。
「まず、な・・・俺は此処の副隊長だ。いくら幼馴染と言えど名前呼びはよくねえ」
『堅いな〜、そんなんだから乱菊さんにも振り向いてもらえないんだよ』
「ああああ、あとそれだ!俺がいつ乱菊さんを好きだと言った!?」
私、乱菊さんの事が好きなんて一言も言ってないけど、と言われればボンと音が出るぐらい顔が赤くなる。何墓穴掘ってんだ俺、って違う違う!別に墓穴でもバケツも掘ってねえよ!にしし、と悪戯な笑みを浮かべるがおい、勘違いするな。俺が好きなのは・・・
『まあ、それは冗談だけど。噂ってすぐに広まるからね』
「へ・・・うわ、さ?」
『護廷十三隊の方々、みーんな知ってるんじゃないかな。有名だもの』
顔が青ざめるのが自分でもわかった。有名だもの?俺の噂?この流れでいくとあれだろ、檜佐木修兵・松本乱菊に首ったけとか、そんなやつだろ?マジで勘弁してほしい、誰だよ噂ながした奴。阿散井や吉良に関しては、俺が名前の事を好いていると教えているはずだ。その、何だ・・・乱菊さんとも、顔合わせづらいじゃねえかよ。確かにあの神々の谷間に憧れたことはある。俺だって男だ、それぐらい許してもらえるはずだろ?どうせ皆思ってるさ、俺だけじゃない。きっと。
「お前もそれ信じてるのか?」
『・・・違うの?』
もうこの際、誰にどう思われたっていい。けれど、けれど・・・名前にだけは勘違いされたくなかった。普通ならこの場でお前が好きだ、とか告白するんだろうけど。生憎俺はそんな男気持ち合わせていない。誤解だ、そんな噂信じるな。
『何だぁ、違うのか〜。つまんないな』
「人の色恋をもてあそぶな」
心底つまらなそうに、玩具を失くした子供のように項垂れる彼女。何で俺はそんなお前の態度に一喜一憂しなきゃならねえんだよ。息抜きのはずだったのにストレス溜めまくりだっての。するとそこへ大きな影がさす・・・
「な、何してんスかこんなところで」
『あ、阿散井くんっ』
「何してるように見える?」
ええっと、サボり?なんて苦笑いしながら言う彼。そうさ、俺にはサボってる時間なんてねえよ、言いにくいんだったら言うな。けどこいつと喋っていられるならサボりも悪くないと思うこの頃。嗚呼、待てよ。そういや名前は元六番隊だったな。もしかして変な噂流したのお前か阿散井。後輩と言えど、人の恋路の邪魔をする奴は許さねえぞ。
「オイ、まさかテメー名前に変な事吹き込んでねえだろうな」
『ちょ、ちょっとやめてよ修兵!阿散井くんそんなことしてないからっ』
「変なこと・・・?」
思い出すように思考を巡らせ、何を思ったか気づいたような表情をする阿散井。・・・何かあるな、その顔は。それに対して何故か慌てふためいたように口をぱくぱくさせる名前。
「名字もしかしてあれ言った・・・」
『ぎゃああ、何でもない!何でもないから』
顔を真っ赤にさせて俺と阿散井の間に入るこいつ、先ほどとはまるで形勢逆転だな。何だ違うのか、と言葉をこぼすお前に聞きたいことがたくさんある。けれど、大声で俺らを阻む名前が邪魔だ。
「阿散井、何のこと・・・」
『ああもういいからあ!阿散井くん、何しに来たの?』
「・・・あ、そうだ、九番隊の判をもらいに来ただけっスよ」
ちっ、名前の奴上手く遮りやがって、とりあえず書類を受け取り執務室へ戻る。ぴったりと着いて来る彼女は俺と阿散井に話をさせない気らしい。
「名前、お前もう自分の仕事に戻れ」
『・・・え!いや、まだ休憩中だし』
「いつも残業してるくせに何言ってやがる。副隊長命・令・だ」
毎日毎日、残業続きの名前。俺は役職についている身、必ず残るのだが彼女は一隊士だ。何が楽しくて毎日残業をしているのか。確かに九番隊は忙しいぜ。瀞霊廷通信の編集・出版も兼ねてるしな。しかし、残業はなるべくさせたくない、今の内にさっさと業務終わらせて定時で帰れ。俺が言うことがもっともだった為、何も言い返せない名前。
「・・・わかったなら行け」
『修兵の馬鹿、大嫌い、もう一回死んでしまえ』
死んでしまえ?いや・・・流石の俺もそれは傷つくぜ。しかしここは我慢だ、名前のあの尋常じゃない慌てよう・・・真相を突き止めなくては。「いいんスか?」と阿散井の言葉を聞きながら彼女が完全に執務室から出て行ったのを確認する。
「・・・で、さっきのは何だったんだ?」
「あー・・・」
書類を返し先ほどの事を問うと、名前から口止めされているせいか目を泳がせて口ごもる。阿散井、俺はお前の先輩だよな、そう脅すと「そうスね」と簡単に白旗をあげた。ふん、容易い・・・職権乱用?知るかそんなもの。それでも渋るこいつは「でもこれ俺の口から言っていいのかな」と視線を逸らしながら呟く。いいから、言え!全て吐け!無言の圧力をかけると、とうとう負けを認めたのか「もう俺知りませんからね」と溜息を吐く。
「あいつ・・・名字がまだ六番隊に居た頃の話なんスけど」
俺はその日、いつも通り執務室で机に向かい書類の山に手を通してた。たまたま朽木隊長は席を開けていて俺一人だった。そこに彼女はやってくる。
『阿散井くーんっ、さっき乱菊さんにお饅頭もらったの』
「て、てめえ・・・隊長居たらどうする気だったんだよ!」
一緒に食べよう、と小首を傾げる姿はまさに幼子そのものだった。朽木隊長の恐ろしさを知らない故に、呑気にやってきたのだ。まあ、執務に没頭していたし隊長が帰ってくるまで時間はまだある。少しなら大丈夫か、と気を緩め俺も彼女を招き入れた。
「ちょっと待てーい!」
「へっ?!」
阿散井、てめえ名前と飯食ったのか?あ゛?二人で飯食ったのかよ?胸倉を掴み、ガクガク揺さぶる。これでもかってぐらいガクガク揺さぶる。の、脳ミソ・・・ゆっ揺れてるからっ・・・!やっとの思いで檜佐木の手を振りほどくと目が血走ってるのが見て取れた。
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さいよ。飯っつっても菓子を手にしただけで・・・」
「菓子でも何でも食いもんに変わりねえだろ。お前先輩を裏切る気か?!」
名字の件に関しちゃ少しのことでも動揺隠しきれねえんだな、この人。面倒だが、どうにか宥めて話を再開する。
『ねえ、阿散井くん。恋の相談・・・のってくれる?』
「・・・っこ、恋?」
それはいきなりだった、どうやら彼女には現在想っている人がいるらしい。アドバイスできるか否かは別として特に断る理由もなく話を聞くことにする。
「待て待て待てーい!」
「も・・・もう、さっきから何なんスか!」
阿散井、名前がてめえに恋の相談だと!?お、俺だってされたことないのに!しかもそれって最近よくある、「で、好きな人って誰だよ」、「今私の相談に乗ってくれてる人、てへ」とか言うパターンじゃねえのか!!
「人の話最後まで聞けええ!!」
「・・・・・・お、おう」
檜佐木があまりにも被害妄想繰り広げるからつい怒鳴ってしまった。まあ反省してるようだしいいか、話に戻るぜ。
『その人とは一番仲良くしてる異性だと思うんだよね』
「そ、そうなのか。だったら・・・」
告っちまえばいいだろ、その言葉を飲み込む。あまりにも悲しそうに俯いたのだ。何だ、さっきとはまるで別人みたいだ。饅頭を片手に、もう一つの拳は膝の上で固く握りしめていた。
『でも、最近すごく忙しいみたいなの。一人で仕事全部背負い込んでて』
「一人で・・・?」
この時点で気づき始めた、旅禍や藍染らの騒動があってからまだ間もない。藍染、市丸、東仙の隊長各三人が消えたことは尸魂界にとって大きな影響を与えた。この穴を埋めようと副隊長三人は必死になって仕事をしている、と。吉良に、雛森・・・そして檜佐木先輩。
『それに私なんかが想いを伝えたところで迷惑するのは目に見えてるし、今彼は頑張らなきゃいけない時期だから』
「それ、さ・・・お門違いもいいところだと思うぜ」
思いもしなかったのか驚きの瞳がこちらを見つめる。さっきの情報からいくとその三人、っつーか雛森は抜かして吉良と檜佐木さんの二人に絞られてくる。でもって檜佐木さんと名字が幼馴染だということは既に知っていた。そこからの一番仲の良い異性という点でも納得がいく。で、俺は檜佐木さんが名字に片思い中だということを知っているわけで。
「気持ち伝えるとか今は考えずによ、大変なんだろその人」
『・・・うん』
「だったらお前が手伝ってやればいいじゃねえか。名字のやり方でその人のこと励ましてやれよ」
平隊士の移動ぐらい何てことねーんだからさ。と付け足すと輝き出す笑顔。そしてその一週間後に彼女は移隊届を提出した。
唖然とした、あんなに慌ててたのは俺への想いを隠す為?仕事の邪魔に、迷惑すると思ったから。変な時期に移隊してきたのは俺を励ます為?気づいたら隣に居て雑談ばかり。毎日遅くまで残業していたのは俺の仕事を手伝ってた為?色恋話聞けなくて項垂れてたんじゃない、俺の机の上に溜まってある書類の量を見て落ち込んでいたんだ。
「じゃあ乱菊さんが好きって噂があるとかってのは―」
『あー・・・彼女なりの気遣いじゃないスか?冗談交えて気分転換でもしてあげようって』
「・・・んだよそれっ」
ちんたら仕事してんなって思ってたのは全部俺のだったって事かよ。だいたい、そんな冗談いらねえっつーの!冗談に聞こえねえんだよ、お前のは。他にもたくさんあるけど、けど・・・今は!
「サンキューな阿散井っ!」
今はあいつの顔見なきゃ気がすまねえ!執務室を力任せに開け廊下を走って行く檜佐木。一人肩の力を抜く自分。これが俗にいう恋のキューピッドってやつか。まさか自分がこんな役目を果たすとは思わなかったぜ。檜佐木先輩、秘密バラしてやったんだ、うまくやってくれよ。
「名前居るか!!」
『っ!』
そこには数人の平隊士と一緒に仕事をする名前の姿。机の上には俺以上に積み重なる大量の書類。きっと、席官じゃなくても・・・平隊士でもできる仕事見つけてやってんだろ。今日も遅くまでそれやるつもりなんだろう。
『ひ、檜佐木副隊長・・・どう、されました?』
「・・・」
数刻前に説教したことを覚えていたのか名前ではなく役職名で呼ぶ。ぎこちなく使い慣れていない敬語に苦笑い。部屋にいる隊士全員の視線を浴びながら名前が気まずそうに目を泳がせる。
「・・・ちょっと来い」
『へ・・・っ!』
腕を掴むと無理矢理立たせ適当に誰も居ない部屋を目指す。掴む力が強かったのか痛みに顔を歪ませながら大股の俺に必死に着いて来る名前。今は使われていないそこは密室になりたい時に持って来いの場所で少し埃っぽさを感じた。
『ふ、副隊長・・・私まだ、仕事が・・・』
「あ?ここに来てまでまだその呼び方かよ?」
『・・・気軽に呼ぶなと言ったのは貴方です』
先ほどの言葉をまだ根に持っているのか顔を逸らす、呼び方を訂正するつもりはないらしい。まあ、いい。そういう態度とるならこっちだってやり方はある。
「わかってんだろ?全部阿散井から聞いたって」
『・・・っ』
両腕で壁まで追い込む、いわゆる壁ドン。肘を曲げて壁にくっつければ更に互いの距離は縮む。逃げられないように足を名前の股下に入れればごくり、と固唾を飲み込んだ。
『しゅ、修兵・・・何し、て』
「やっと名前呼ぶ気になったか」
徐々に赤くなっていく顔、こんなことする俺にビビってる表情。涙を貯めた瞳は煽っているかのようで。可愛い奴ほど虐めたくなる心理をよく表している。
「俺が大変だからって・・・移隊までして傍に来てくれたんだろ」
仕事手伝ってくれるのも、気分転換に話し相手になってくれるのもすげえ嬉しいぜ?けど、俺は名前の気持ちが知りたい。お前の口から。
『・・・っし、仕事の気が散るかもっ・・・』
「ばーか、こんな嬉しいこと他にあるかよ」
仕事の気が散る?ふざけんな、余計にはかどるっつーの。士気上がりまくって一日で仕事片付くわ。こつん、と額をくっつければ彼女の熱伝わってくる。きっと俺も相当熱いんだろうな、気づかれてたらカッコ悪りィ。
「ほら、言えって―」
『・・・っ、しゅうへ・・・い、すきっ』
「俺も」
必死に言葉を仰いだ口を塞いでやれば大きく見開かれた瞳はすぐにぎゅっと閉じた。距離が零になった今、固まる名前の身体を抱きしめてやる。長い口づけが終わると酸欠とばかりに大きく息を吸う。けほけほ、とむせる姿がとても愛おしく感じた。
「今日は残業なしだ」
『え!』
笑みを浮かべ腰を引き寄せると引いたはずの赤みがまた増す。気持ちが通い合うってこんなに気持ちいもんなんだな。ぽす、と頭を胸板に引き寄せると耳まで真っ赤にさせる名前。んな可愛いとこ見せられると俺止まらねえよ?
「定時上がりで俺んち直帰、言っとくが副隊長命令な」
『・・・変態』
気づいて、
(変態で結構、今夜は寝かせねえ)
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