この時間よ永遠に
日向ぼっこでもしたくなるような昼下がり―縁側に腰掛け心地良い風が吹く。今日も今日とて平和だ。
『副隊長、お茶が美味しいですね』
「うん、やちるからのあだ名と飲むといつもより美味しく感じる」
『ふふ、嬉しいこと言ってくれますね。何も出てきませんよ』
隣には幼児とも思える程の身の丈しかない草鹿副隊長。ピンク色の髪がとても可愛らしく揺れる。剣ちゃんはお茶似が合わないからね、なんて―隊長が居ないことを良い事にけらけらと笑う。時が流れる時間がとても遅く感じた、ああこのまま眠ってしまいたい。
「寝られたら困るんだよ、くそ餓鬼」
『・・・え?』
「・・・っやっと見つけたぜぇ」
ぱたりと床に背をつけ目を閉じたら暴言が降ってきた。些か息が荒く、走り回ったであろうことが窺える。汗が顎を伝い落ちてきそうだ、やだ汚い。
『どうしたんです、その顔』
「ほう、白を切るつもりか。てめーしか居ねーんだよこんなことする奴!」
ガっと骨ばった手が勢いよく喉に伸びてくるが間一髪でそれを避ける。そう、彼の顔には油性ペンでそれはそれは大変な落書きが施されていた。男爵閣下のような髭に手書き眼鏡、おまけに眉毛を繋げれば傑作だ。我ながら大したセンスだと思う。
「ちょこまかと逃げやがって」
『うたた寝してる斑目三席が悪いと思いまーす』
「今しがた寝ようとしてた奴が言う台詞か!」
隊舎の縁側から降りて庭に飛び出た。鬼のような形相で襲い掛かってくる一角、だが落書きのおかげで迫力は半減していた。捕まるぎりぎりの所で逃げ切る為、彼の額には青筋がたくさん浮き出ている。
「副隊長からも何か言ってやって下さいよ」
彼が来てから見物役になっていたやちる。
「つるりんの顔面白ーい、やちるからのあだ名腕上げたね」
「死ねドちび!」
流石、副隊長わかってらっしゃる!今までにも何度か今回のようなことがあったのだ、そして今回はいつも以上にキレている。お前に聞いた俺が悪かった、と独り言を言いながら名前を追いかけまわす一角。その背後で何やら動き出すやちるが目に入った。
「・・・なっ、てめぇ!離れろっ」
『!』
どこから持ってきたのか油性ペンを手に持ち、一角の背中(というか首筋)に張り付く。引き離そうとするが器用にその腕から逃れ後頭部に何やら描いている様子。きゅ、きゅっとペンを滑らす音に彼の顔は青ざめた。
「わー、やちるからのあだ名見てみて!つるりん顔が二つもあるよ」
『ぶふーっ』
その後頭部には前面とは似ても似つかない顔面が描かれていた。あまりにも副隊長の絵のセンスの無さは見ていて腹が捩れるぐらい面白い。青筋がこれ以上たてられないくらいに増え、怒りはピークに達していた。
「てめーら、マジでぶっ殺す!」
やちるの首根っこを掴むと力の限りぶん投げる。地に叩きつけられることはなく器用に足場を立て直すと舌をべーっと出し瞬歩で消えた。ちっ、と一角から舌打ちの音が聞こえる。え、ちょっと待って・・・副隊長、瞬歩はずるいです。すると標的は名前のみに切り替わり彼の口角が上がる―
「覚悟しろよ・・・」
チャキっと鞘から刀を覗かせれば冷や汗が頬を伝う。まずい、私は瞬歩を使えない。一角を余計に怒らせてその場を去った副隊長を少しばかり恨んだ。
「うおりゃああ!」
『ぎゃああ!』
ドスン、ガシャン、と隊舎を破壊する勢いで斬魄刀を振り回す。こうなった彼は誰も止められない―何だなんだ、と十一番隊の平隊士達が集まってくるが私と彼の姿を見てさっと逃げて行く。この薄情者たちめ!庭が壊滅的にボロボロになってしまったので廊下を走って逃げ場を求める。もちろん、後ろからは追いかけてくる足音が迫っていた。すると、視界に入ったのはおかっぱ頭の先輩の姿―
『弓親さーん助けて下さい!』
「名前、どうしたのさ」
可愛い後輩が助けを求めている、これは僕が守ってあげなくては。そう思い両腕を広げて駆けて来る彼女を待つが背後の鬼に気づいてしまった。血の気が引くのが自分でもわかる。
「ちょ、ちょっとタンマ!」
『うえ〜・・・た、助けてくださいよ』
「待てこらぁ!」
ザシュ、と一角の斬魄刀が勢いよく畳に刺さる。いつの間に始解をしたのか鬼灯丸は槍状になっていた。「ひぃっ!」と悲鳴を上げ寸での所でそれを避けた名前は僕の背後に隠れる。ま、待ってよ・・僕を盾にしないでおくれ。
「弓親〜、そこどけ!」
「え!あ、っていうか、その落書き名前だったの?!」
最初にそれに気づいたのは僕だった―午前中、鍛錬をする為に平隊士を片っ端から倒して意気揚々をしていた一角。刀をぶんぶんと振り回し今日は絶好調のようだ。
「おらおら、もう終いかー!そんなんじゃ更木隊に居る資格ねぇぞてめーら」
「もう皆疲れ切ってるよ。今日はその辺にしておけば」
見るからに伸びきっている隊士たち、戦闘意欲は既に皆無だった。はっ、どいつもこいつも張り合いねえな、と愚痴を垂らしながらこちらに向かってくる。
「弓親、何ならお前でもいいんだぜ」
「嫌だね、鍛錬なんて美しいという言葉から一番かけ離れているじゃないか」
だったら何で十一番隊(ここ)に居んだよ、という彼の言葉は無視して最近怠っていた斬魄刀の手入れを始める。相手がおらず暇になったのか隣からは生欠伸。つられて僕も欠伸をすると彼は立ち上がり部屋の奥に行く。
「ちょっとそこで横になるからよ。誰か相手でもするっつったら起こしてくれるか」
「はいはい、わかったよ」
そこで彼を見たのは最後だった―すぐ後ろで寝ていた一角の寝息、誰かが通ったことさえ気づかなかった。気づけばもう昼過ぎ、大分手入れに夢中になっていたよう。倒れていた隊士たちもいつの間にか演習所から去っていた。
「くぁ〜、寝すぎた、か・・・」
「もう昼過ぎたみたいだよ」
食事処でも行くかい?、そう声を掛けようと思い振り返るとそこには先ほどとは様変わりした一角の顔があった。
「ぶふーっ」
「あ゛?」
「ちょ、ちょっと待っ・・・ぶっふふふ、駄目わっ笑っちゃうあはははーっ」
何だよ、と眉間に皺を寄らせるがそれさえも面白かった。誰がしたかわからないが彼の顔に大量の落書き。鏡を見てきなよ、とだけ伝えると素直に動じた彼。その後は物凄い速さで演習所を出て行った。どうせ、副隊長がしたんだろうと思っていたが違ったようだ。
『だ、だって・・・気持ち良さそうに寝てるからなんだかムカついて』
「だからって、これはやりすぎ・・・っ」
「いいからそこどけって言ってんだろ、おい」
畳に刺さった鬼灯丸を持ちなおし頭の上でぐるんぐるん回す。駄目だ、この人卍解しそうな勢いなんだけど。だいたいこんなの隊長に見つかったらやばいって・・・
「どかないのか、なら仕方ねぇ。お前ごと斬ってやるよ」
「え!ちょっ、それマジで勘弁!」
『あ〜、弓親さんっ』
名前を庇う様(不本意だが)に立っていた場所を退くと慌てる彼女。恐怖からか小刻みに震える姿はまさに鬼に怯える小動物。というか怯えるぐらいなら何故やった。
『ち、ちょっと落ち着きましょうよ斑目三席。ここは話し合いで何とか・・・』
「この状況で話し合いに持ち込もうとはいい度胸だな」
「ぶっ、なな、何その顔っ・・・う゛」
そこで初めて一角の後姿を目にした弓親。最初の落書きに比べパワーアップしたその後頭部は似顔絵らしき顔。駄目だと思いながらも思わず笑ってしまった。しかし、間髪入れずに一角からの峰打ちが入る。
『嗚呼、弓親さんにまで手をあげた・・・』
「てめぇは峰打ちじゃすまさねーからな!」
『ひぃ!』
怒鳴り声に驚きもう此処には居られまいとはたまた逃げ出した名前。それを合図に追いかける一角。はあ、と大きく溜息を吐いた。
「全く僕を巻き込まないで・・・ん?」
ほしいよ、と続く言葉を飲み込む。・・・一角ったら本気で怒ってる訳じゃないのか?二人の走り去る背中を見て思った。十一番隊三席の座を持つ彼が瞬歩も使えない平隊士を捕まえられない訳がない。何だ、彼も彼でこの状況を楽しんでるんじゃないか。
「やれやれ・・・素直じゃないね、全く」
実はあんなことされて、好都合なんて思ってたりして・・・同僚の幼稚な対応に呆れざるを得なかった。
この時間よ永遠に
(てめえになら振り回されるのも悪くない)
(
←
)
- ナノ -