視線の先の君
朝から親父の下らない挨拶で目が覚め、遊子の飯を食って、水色と登校して、授業中、虚退治をして、帰宅して、夜中また虚退治をして、就寝する。これが高校一年の春・・・俺の毎日。けど、そんな毎日にも至福のヒトトキというやつがあってそれを頼りに今日も登校する。
「よぉ一護−っ!」
「おお」
登校してすぐに挨拶をしてくるケイゴ。水色は席に鞄を置くとこちらに向かってきた。大体いつもこの三人、こいつらとつるんでいる。そしてたまにやってくるのが。
「よぉ、チャド―」
「む」
体格のいいこいつは口数が俺より少ない茶渡泰虎、通称チャドだ。チャドとだけは中学校からの仲。すると先に家を出て行った彼女がやっと登校してきた。
「おほほ、みなさんご機嫌よう」
「やや、今日も素敵っスね朽木さん!」
かわいい女子全員が好きというだけあってルキアが声を掛けるとほぼ同時に挨拶を返すケイゴ。このミス猫かぶりが、そのキャラ・・・いつまでもつかが楽しみでもある。ほどなくして担任の越智先生がきた、ホームルームが始まる。時間割を確認すると・・・五時限目か、まだまだだな。
「じゃ、現国は一時限目だからな!準備しとけよ」
そういうと颯爽と教室を出て行った。国語はわりと得意な方だ、いつもテスト順位は上の方。午前の授業が終わり昼休み、水色たちと屋上で飯を食っていると何やら駆けて来る足音。
「黒崎君、ちょっと!」
「!」
あのかぶった猫はどこへ行ったのかと問いたいぐらい鋭い声で名を呼ぶルキア。理由はわかる、虚の出現だ。軽く返事をし誰にも見られない所へ移動する。赤いグローブで俺の魂魄を抜くらしいがもぬけの殻になった姿を見られたらまずいからだ。
「朽木さんって一護みたいなタイプが好きなのかな」
「負け惜しみはやめてください、浅野さん」
「ぬぅわー、敬語はやめてよ!」
いつどんな時でも虚退治が優先、休み時間だろうが授業中だろうがお構いなし。それはわかっている、承知の上で死神代行を務めたのだから。けれど、あの人に会える時だけは・・・あの人の授業の時だけはできれば一時休止したい。
「どうした一護、そんなに焦って帰らずとも間に合うだろう!」
「いやそうなんだけど・・・」
「?」
雑魚一匹に至福のヒトトキを邪魔されてたまるものか。暴れていた虚を軽く魂葬すると急いで学校へ戻る。裏庭に隠していた身体に戻ると同時にチャイムの音が鳴った。やべ・・・遅れちまうっ。ルキアが何か言っていたがそんなもの耳に入らずひたすら教室へ足を動かした。
「・・・っ、はぁはぁ」
『こら、どこに行ってたの?もう授業始まってるわよ』
「す、すみません」
勢いよくドアを開けると教科書を片手にこちらをチラリと見る彼女の姿。俺より背の低いそれは見上げる形になり上目づかいでは今一迫力にかける。けど本人はそんなことをこれっぽっちも考えておらず、ただただ怒る。怒られている・・・そんなことよりいつもより関わりが持てた事に思わず口角が上がってしまった。
『もう、席につきなさい』
「・・・はい」
もう少し怒ってくれても良かったのにな、なんて考える辺り俺は重症だ。俺の後ろから着いてきていたルキアも説教を適当に促し席へ着く。この先生の担当は英語だ、国語とは真反対なだけにあまり得意ではないが基本的に緩いこの人が作るはテストはかなり楽だったりする。教科書に目を伏せる睫毛は長く腰辺りまであるストレートな髪は綺麗になびいていて見惚れる奴はたくさん居た。また、そいつらに限っては彼女のことをこう呼ぶ。
「名前ちゃーん、問二のスペル間違ってるよ」
『あ、本当ありがと・・・ってそうじゃなくて。ちゃんと先生って呼びなさい!』
名前とは下の名前だ、本名は名字名前。教師からも生徒からも男女問わず人気があり、廊下ですれ違ったら必ずと言っていい程呼び止められる。怒ってもあまり怖くないが故に、生徒からはからかわれたりしていた。ま、それも一部の男子であり構ってほしい、というのが見て取れる。見ていていい気はしない。
「はーい、名前先生」
『だから!名字先生でしょ!』
本人はそのことについてただ単に馬鹿にされているだけだと思っているらしい。この前、偶然職員室に行った時に越智先生にその件で相談していたのを目撃した。鈍いな、気づけよ・・・すると次は女子に突っ込まれる。
「あれ、名前ちゃんそのストラップどうしたの?」
『・・・ん、これでしょう?駄菓子屋さんで当たっちゃったの』
「え〜、かわいい」
なんて、女子トークに入ると名前で呼ばれたのもすっかり忘れてしまう。決して女子に甘い、という訳ではない。馬鹿だろと思いつつもそこが可愛かったりする。けれどどっちにしろ、俺に意識が向かないのは確かでやっぱり面白くない。といっても、教室で大声で話すタイプでもない自分。
―ぱしんっ
「い゛っ・・・」
『まーた黒崎君は寝て・・・私の授業そんなにつまらない?』
教科書で軽く頭を叩かれる、むすっとしてそっぽを向くがこれも計算の内。机に腕を組み、顔を伏せたのだ・・・要するに寝たふり。本当は一秒だってあんたのことを視界から外したくはない。だけど先ほどの男子や女子のように彼女の気を引く術を持たない俺はこんなことでしか気づいてもらえない。わかっている、こんなことでしか気を引けない自分は幼稚だってことを。
『あんまり酷いと補習させるわよ』
「・・・」
補習か・・・それもいいな、あんたと一緒に居れるって事だろ?手のかかる子程可愛い、って言葉もある訳だし馬鹿なふりするのも悪くない。しかし教室中の生徒がちらほらと小声で話している。「先生よく黒崎君に怒れるよね」、「他の先生はお手上げ状態なのに」と。そう、此処の殆どの奴らが俺の外見を見ただけで怯える。明るい髪に厳つい顔、そのフレーズがいつも周りから聞こえる。もう聞き飽きた。でもこの人だけは俺をそんな目で見はしない、いつも対等だ。
『次居眠りしてみなさい?補習確定だからね』
「はい」
足を返して教卓の方へ向かう。本当はできれば、まだ行ってほしくない。もう少しだけ相手してくれよ。でもそんなこと言える訳なくて。
『はい、じゃあ授業再開します』
だから残りの時間は、あんたを見ることだけに集中したんだ。
視線の先の君
(いつか俺しか見えないようにしてやる)
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