SS(黒崎/'23.10.9-'24.2.2)
「・・・痛ったァ!」
『うるさい、だったら喧嘩すんな!』
薬品の匂いがつんと鼻にくる、一面真っ白で統一された壁。清潔感はピカイチのここは空座一高の保健室。暴言の犯人は目の前にいるこの女。中庭で喧嘩しているのを発見され、他校生は逃げ俺は保健室に連行される。教師と呼ぶには若く、生徒の俺らよりは大人。
「だからもういいって言ってんだろ!」
『良くない!ばい菌入って化膿したらどうするの』
「んなもん気合で・・・っ痛ってえ!今の絶対わざとだろ!!」
消毒液の染み込んだ綿花を頬の傷にぐりっとつけられる。この野郎・・・、俯いてるけど肩揺れて笑ってんのわかってんだぞ。一丁前に白衣なんか着て教師面しやがって。
『はい、これでおしまい。越智先生にしっかり報告しますからね、黒崎くん』
「気持ち悪ィ呼び方してんじゃねえよ」
『こら!またそんな言葉遣いして』
家が近くて幼い頃から兄妹揃って世話になった。頭が良くて優しくて、面倒見のいいコイツを遊子も夏梨もそして俺も大好きだった。4つしか離れていないから本当の姉のようで。そんな彼女に俺はベッタリだった。けれど母親が死んでからは嘘のように距離を置いた。俺は兄貴だから妹を護らなきゃいけない。甘えてばかりではダメなんだと。
「幼馴染なんだから別にいいだろ!」
『あのね、私は今この学校の養護教諭なの。一護だけ特別扱いはできないんだから』
所謂、保健室の先生ってとこだ。短大を出てすぐに公務員の試験を受けたらしい。俺が空座一高の受験をして、入学したと同時に移動してきた彼女。はあ、とつくため息。
『昔はお姉ちゃん、て呼びながら後ろついてきてたのに』
「・・・いつの話してんだよ」
母親が死んでから距離を置いて、中学からは派手な髪だと絡まれ喧嘩する。そんな俺をずっとヒヤヒヤしながら見てきたと。喧嘩して欲しくない、と遊子や夏梨に話してたそうだ。
『喧嘩なんかせずに、子供は黙って勉強してなさい』
「俺が子供なら、お前はババアだな」
『おだまり!!』
頭を叩かれる、ここ保健室だよな?お前教師だよな?生徒と教員、そう分別つけたがる割には容赦ない。ぷんすかと怒っているその態度だって子供に向けるものじゃない。
『私、二十歳なの!ピッチピチの二十歳!ババアじゃないから』
「だったら十六だってガキじゃねえよ」
大人のお姉さんと呼びなさい、なんて言いながら消毒瓶を棚に戻していく。人混みでは手を引いて歩いてくれた、たつきに空手で負けた俺の頭を撫でてくれた、遊子が熱を出した時は看病とついでに飯まで作ってくれた。そんな頼りになる彼女もやっぱり女で。見上げていた顔はいつの間にかツムジが見えるようになった。きっちり白衣を着ているけれど華奢な肩幅。腕も足も折れちまうんじゃないかってくらい細い。男女の体格差を上げればキリがないけど、俺たちのことをきっと彼女は弟や妹としか見ていない。それが酷く悔しかった。
『とにかく、もう喧嘩はしないこと!いい?』
「・・・やだね。俺悪くねえもん」
いつも向こうからけしかけられるんだ。俺のせいじゃない。売られた喧嘩は買ってしまうけど、ちゃんと勝つし。子供扱いする彼女に嫌気がさし保健室を後にしようとする。
『もう傷の手当してあげないんだからね!』
後ろからそう聞こえた、けどわかってんだよ。口ではそう言うけど、優しいお前は俺が怪我してたら有無も言わさずここに連れてくるんだろ。手当しながらぐちぐちと怒ってくるんだろ。お前に逢う口実を減らされてたまるかってんだ。だから吹っかけられたら喧嘩は絶対に買う。
「卒業するまでには喧嘩やめてやるよ」
それまでにお前をオトすって決めたからな。
fin.
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