重なる願い
『さて、問題でえすう!今日は何の日でしょーかあ?』
「おいおい、ちょっと飲み過ぎじゃねえのか」
飲み屋街、たくさんの店が並ぶ中でも俺らが行く処はいつも決まっている。護廷に入隊してから最初に二人で来た店だ。俺と名前は学院時代からの同期。隊も席も違うけれど、入隊したての初の同期会をやった時に意外と話が合うことに気づいた。店内の雰囲気が気に入ったと言って、その後も宴会が決まれば彼女が必ず此処を指定してくる。まあ、俺も別に悪いと思っちゃいねえし、何よりコイツとの縁が出来た場所だからそれなりに気に入っていた。
『酔ってましえぇん。それより早く答えてよお』
「はあ・・・ったく、潰れたら俺が連れて帰る羽目になるんだからな。そこら辺ちゃんと考えろよ」
名前は酒に弱い、そりゃあもう酷く。けれど日頃の鬱憤を晴らしたい、とまず俺を呑みに誘う。俺が空いてない時は阿散井や吉良、たまに射場さんを誘うらしい。いや、何で男ばっかりなんだよ。心配になるからやめろと言いたいところだが「過保護な男ってきらーい」と前回愚痴っていたことがあったのでやめておく。
『え、なに?アンタ耳聞こえないわけ?耳掃除してますかあ?』
「何で酔ったらそんなに口悪くなるんだよ。聞こえてるよ、ちゃんと。答えりゃあいいんだろ。七夕!これでいいのか?」
『せいかーい!さすが私の修兵!一番の出世頭だもんねえ!』
酔ってるからって"私の修兵"なんて言うんじゃねえよ。酔ってるから、酔ってるからなんだけど・・・無駄に期待しちまうだろうが。頭をボリボリとかけば、照れてるーなんて指さしてからかってくる。いつものことだけれど、やはり慣れない。
「・・・で?七夕だったら何かあんのか」
『知らないのお?短冊に願い事書いて飾るのが現世の風習なんだよ』
「知ってるさ、それくらい。けどここは尸魂界だろうが。天の川も見えやしねえよ」
そうなんだよねえ、と俯く彼女。知ってる、こいつが落ち込む理由を。名前は季節ごとにある現世の行事を好んでいる。七夕や、ひな祭りに正月、クリスマスやバレンタインなどその他諸々。数年前に現世の駐在任務へ行ってきた彼女。そこでみた光景が今でも忘れられないと言う。だから七月七日、きっと七夕だって短冊飾って天の川見たかったってことだろう。
『七夕はね・・・彦星と織姫が唯一会える日なんだよお・・・。可哀想だよね、好きな時に会えないのって。私と修兵はいつでも会えるのに』
「俺らを引き合いに出すなよ。つーか二人は恋人だろ。形が全然違うじゃねえか」
『・・・形・・・?』
可愛らしく小首を傾げ、大きな瞳と火照った顔で見つめてくる名前。ああ、何だよ可愛すぎんだろそれ。他の連中にも同じことしてんじゃねえだろうな。形とはあれだ、恋人同士でもない自分らと彦星と織姫では比較にならない。比較したところでどうなんだという話だが。
『・・・えっ!わ・・・私と修兵って付き合ってなかったの・・・?!』
「・・・っ!!つ・・・付き合って・・・ねえ、よな?」
誰に問いかけるわけでもなく、消えていく俺の言葉。驚く顔の名前にこちらが驚く。何だよ、何言ってんだよ・・・・・・。付き合うなんて一言も言ってなかっただろうが。それとも、あれか・・・俺らももういい大人だ。そんな言葉なくしてもオツキアイというのができてしまうとか。
『わっはああ!うっそ!やっぱり修兵面白ーい!』
「・・・くっそ、またかよ」
いつもいつも騙される、彼女にまんまとのせられる。それもこれも惚れた弱みなのだろう。心の中ではわかっているのだ。もう何年も一緒に過ごしてきた。ずっと彼女を見てきた。騙す前の仕草や何かを確認している時の視線など、もう全てわかっている。けれど、見ないふりしているのだ。彼女には楽しく過ごしてもらいたい。ケラケラと腹を抱えて笑うお前を見れれば俺はそれで充分だ。
『ねえ〜、せっかくだし・・・短冊書こうよお!!』
「書こうよって・・・笹の葉もなければ短冊だってねえだろ」
いや、実はね・・・と言ってある方向を指す。その指を辿れば会計を済ませようとしている客の合間から見える小ぶりの笹の葉。現世の行事を好む名前、もう通い慣れたここの店長とは仲が良いワケで。わざわざ頼んで置いて貰ったのだとか。すぐさま席を立つと笹の葉の近くまで行き短冊と筆を持ってきた。準備周到じゃねえかよ。
『でもね、普通に願い事書くだけじゃつまらないじゃない?』
「・・・じゃあどうするんだ」
『お互いの短冊を書き合うってのはどうよ!!』
目を光らせ提案してくる。いや、待てよ。短冊って願い事書くんだよな。お互いの願い事なんてわからねえだろ。当たり前すぎて、一瞬思考が停止する。にやにやと笑うこの酔っ払いは何を考えているのだろうか。
「ちょっと待てよ、相手の願い事を書くのか?」
『そう、相手の願いはこうだろう。って予想で書くの!』
「・・・予想かよ・・・難しいな」
あれれ〜、私たちって長い付き合いなのにお互いの願い事もわからないのかな。悲しいな、私は修兵のこと何だって知ってるのに。ぐすん、と軽く泣き真似。すぐに筆を取る様を見れば俺も同じく筆を取る。しかし、名前の願い事か・・・なんだろうな。現世の行事を尸魂界に取り入れたい、とか?ちらりと彼女を見ればすらすらと迷うことく書き込んでいる。え、俺の願い事ってそんなわかりやすいか?できた、と声をあげた。
「早いな・・・どんな内容だよ」
『修兵といったらコレしかないでしょ!』
名前が掲げた短冊にはデカデカと、"乱菊さんの巨乳に挟まれたい"と書いてあった。おもわず呑んでいた酒を吹き出す。いや、仮にそうだったとしてもそんなの店の笹の葉に飾れねえだろ!営業妨害と思われてもおかしくない。万が一、乱菊さんに見つかりでもしたらその日が俺の命日だろう。殺される自信がある。
「待て待て、何で乱菊さんの・・・そのっ・・・」
『巨乳?』
口にするか迷ったワードを彼女は難なく発する。それに挟まりたいだなんて・・・いや、嘘かと言われれば微妙なところだけど。あの谷間には男の夢がつまっているだろうしな。けれど、違う。短冊に書くべきではない。しかし、なんだよく見ると名を書くであろう場所には数字が書いてある。
『うん、檜佐木修兵って画数多いじゃん。面倒だから』
「だからって俺のことを69って略すんじゃねえ」
"乱菊さんの巨乳に挟まれたい By69"、そんな短冊みたことねえぞ。却下だ、取り下げを指示するとえー、と言いながらまた考え出す。乱菊さんの〜・・・乱菊さんの〜・・・とぶつぶつ独り言が聞こえるが、待てよ。まず、乱菊さんから離れろ。
『文句ばっかりだなあ!そういう修兵は書けたの?』
「・・・っこ、これはどうだ・・・」
"尸魂界に現世の行事を導入したい"、どうだなかなか的を得ているだろう。けれど、彼女の表情はいまいちと語っていた。願わなくてもいずれ自分が瀞霊廷、尸魂界全土に広める、と。えらい自信だなオイ。そして、再び見せられる短冊。
『マ○DXが欲しい!!』
「・・・ちょっ・・・おまえ!!デカい声で言うな!!」
他の客の視線をちらほら感じる。そうだろうな、有名な性欲剤の商品名を大声で叫ぶんだから。つーか、俺のどこが性欲剤欲しがってるように見えるんだよ!毎日朝から元気だっつーの・・・っていや、ちがうちがう。そういうことじゃない。
『ああ、でもこれ短冊に書くっていうよりサンタさんにクリスマスプレゼントで頼むやつか』
「んなもん頼まれたらサンタが困るわ!!」
『ナイスツッコみ!』
修兵といたら安心してボケれるね、なんて。だからってボケ倒すなよ?ツッコみにもそれなりの労力使うんだからな。短冊も良いけど、やっぱり天の川見たかったなーと言い出す名前。そんな彼女をみて、心底良かったと思った。
「・・・じゃあさ、今から行くか?」
『今・・・から・・・?』
名前の手を取り席を立つ。そのまま店を出ようとする俺に彼女が待ったをかける。勘定は、と。もちろん支払い済み。最初からそのつもりで先に払っておいたのだ。万が一飲み過ぎて足りなくなっても常連だから店主がツケといてくれる。
『え、なに・・・っ修兵が・・・紳士みたい・・・っ』
「みたい・・・じゃなくて、紳士なんだよ」
そのまま穿界門へ。七夕、現世の行事が好きな彼女のことだ。呑みに誘ってきたら実行しようと思っていた。現世に行きたいだの、彦星と織姫がどうのと言い出すだろうという予想は容易につく。事前に申請を出しておいたのだ、すぐに現世に行けるように。穿界門を通り抜けたら見えてくる現世の地。虚討伐やちょっとした駐在任務ならきたことがある。もちろんこっちの世界も時間帯は夜で。空を見上げればいくつか星が光っている。恐らく、ここら辺は街灯が多い為見にくいだろう。そう思い場所を変えるよう促す。
「ここならどうだ。よく見えるだろ」
『・・・っわあ!すごい・・・綺麗・・・っ!!』
町里離れた場所まで移動すると人工的な光は姿をなくす。空にはおおよそ天の川と呼ばれる恒星の集まり。銀河が映るその景色は彼女を魅了するには充分すぎて。綺麗、と喜んでいる名前を尻目に俺の心も満たされる。連れてきて本当に良かった。
『この河を渡って二人は会うんだね、ロマンチックだな〜。もう会えたかな?』
「年に一度だぜ、もう会ってるだろ」
古い暦から言い伝えられている天の川、彦星と織姫。仕事を疎かにする二人に天帝は怒りを覚え彼らを引き裂いた。年に一度だけ逢瀬が許される日。七月七日の七夕。俺なら、仕事を疎かにすることはまずないな。名前と年に一度だけしか逢えないなんて耐えられない。こうやって仕事終わりにたまに呑んで、ばかみたいに笑って。この日々が続けば良い。小さな幸せが途切れないように。贅沢なんて言わねえ、こんな毎日が続けば良いと思っていたのだけれど・・・。拳の中でくしゃりと鳴る紙、基短冊。
『ねえ、見て修兵。実はね私、自分の短冊も書いてたんだ』
ひらり、見せられる短冊に息を呑む。へへ、と照れ笑いする名前に心臓がうるさく鳴った。笹の葉に飾るのもいいけど、彦星と織姫に直接みてもらいたくて。そう言いながら叶うかなーなんて零している彼女に腹をくくった。自身の拳を開く。
「俺も・・・さっき自分の分、書いてた」
『え、修兵も?!どれどれ・・・っ』
くしゃくしゃに潰れた短冊を広げる。先ほどの俺と同じ反応を見せる名前。そうだよな、だって俺らの願いって同じだったんだから。
"好きな人に想いが届きますように"
違う可能性だってある、俺じゃないかもって。別に好きな奴がいるのかもしれないって。けどそんな可能性は名前の顔をみたら一目瞭然だった。酔っ払いの時とは違う紅みが頬を染める。視線が絡めば勝利を確信した。彼女の手にそっと自分の手を重ねる。
「・・・俺の想いは届いたか?」
こくり、ぎこちなく頷く。良かった、変に疑うこともなく勘違いすることもなく伝わっているらしい。では名前の想いとは、誰に向けて?そんなのわかっている。でも言わせたい。ニヤつく表情を隠しきれていないかもしれないが、それだけは彼女の口から言わせたかった。
「・・・ん?誰に届けたいんだ?」
『修兵だよ・・・・・・ばか・・・』
「ばかは余計だ・・・ばか・・・」
腕を引き身体を寄せると空いている唇を奪う。リップ音を鳴らせば恥ずかしそうに顔を染め涙目で睨んできた。なんの威嚇だよ、さっき気持ち通じ合ったばっかだろ。彼女曰く俺は手が早い、らしい。今までずっと一緒にいたじゃねえか、これぐらいいいだろ。
『で・・・でも、恥ずかしいし・・・』
「居酒屋いる時とはえらい態度変わったな。下ネタ連発してたじゃねえか」
『・・・!も、もう酔いはとっくに覚めたから!!』
重なる願い
(長年我慢してたんだ、覚悟しとけよ)
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