SS(黒崎/'23.2.2-'23.6.7)
喧嘩、強いんだね。上から声が降ってきた。声の主は見たこともない、少しだけ口角をあげた女子生徒。校舎の屋上、出入り口の扉がある塔屋にそいつは両肘をつきこちらを見下ろしていた。今しがた上級生に喧嘩を売られたのでその相手をしていたわけだが―
「見てたのかよ、悪趣味だな」
『私の方が先に来てたんだけど』
じんわり、と血の味がする。上級生から一発入れられてしまい、どうやらその時に口の中をきってしまったらしい。保健室行かないの?なんて適当な心配されたがこれぐらいじゃどうってことない。教室に戻る気にもなれずその場にどかりと座り込む。
『あなたのこと知ってるよ、一年の黒崎君でしょ』
「何で知ってんだ。ストーカーかよ」
『ほんと、悪態ばっかりつくね』
だから喧嘩売られるんじゃない?と言われたがそれは違うと心の中で返事をした。上級生に目を付けられるのはいつだってこの目立つ髪色。地毛だけに染めるわけにはいかない、でも表に出てこいなんて言われら喧嘩を買ってしまう。喧嘩には勝つんだけど悪循環。恐らく卒業までこのルーティーンだ。もうすぐ進級だから、あと二年ほど―
『喧嘩してたら進級に響くんじゃないの?』
「ふっかけてきてるのはあっちだぜ」
だったとしても、目立つ髪色は教師たちの目をも光らせる。素行が悪いから喧嘩を売られるんだ、なんて酷い言い訳も聞いたことがある。だから最低限の生活態度と自主学習はやってるっつーのに。っていうかアンタはこんな所で何してんだ。そう問いかければサボりに決まってるでしょ、と。彼女は立ち上がってスカートに付いた砂埃を叩き始める。ハシゴを使い降りてくると俺の横へ腰をおろした。シューズの色が違う、こいつ年上だったのか。
『昼寝する気なくなっちゃった。どうしてくれる後輩』
「悪かったな、邪魔して」
『違う、黒崎君に興味がわいたって意味』
真っ直ぐと瞳が合う―。真っ向からそんなストレートに言われたのは初めてだった。なんと答えればいいのか、戸惑い焦る。口だけがぱくぱくと動けば笑い出す隣。なんだ、もしかしていじられてるのか。少しムッとすれば笑い溢れた涙を拭いながら言った。
『ごめんね、反応が面白くて』
「泣くほどかよ」
『久しぶりにこんな笑ったから』
どんだけつまんねえ人生送ってんだ、とツッこむ。喧嘩三昧の人生よりマシ、の返事に何も言えなくなった。
『でも興味わいたのは本当だよ。ほしい物リストに入れちゃった』
「アマゾンかよ」
俺は商品じゃねえ、アンタの玩具になるつもりもない。ノリツッコミできるじゃん。なんて褒められても嬉しくもない。すると、スマホを取り出し操作する仕草。
『プライム会員だから速達できるよね』
「俺に聞くな。あとまだそのネタ引っ張るか」
自分でボケておきながらケラケラと笑う彼女。つられて俺も笑ってしまう。嗚呼、なんだか今日の自分は本当におかしい。今が楽しいと思ってしまった、このヒトトキが―。名前も知らない、数分前に初めて出会ったこいつ。
『絶対購入してやるんだから』
「ばーか、もう売り切れだ」
在庫は一つ、すでにアンタに発送済みというのはここだけの秘密。
fin.
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