好きと言わせたくて
しとしと、雨が降る季節。虹が見えたから何なのよ、雨降って地固まるってなによ。肌はべたべたするし、髪はパサつく、気分はどんより、憂鬱でしかない。仕事だってやる気でない。もう嫌だ、帰りたい。
『・・・何か良いことないかな』
春だったらぽかぽか天気でお昼寝、夏ならアイスキャンディでも舐めて、秋は甘味処で団子を食べて、冬は炬燵でぬくぬくとみかんを食べる。食べ物ばっかりなのは気のせい。サボる方法はいくらでもあるのに梅雨は何をするのにも億劫で、サボる方法にも一苦労。隊舎の縁側に出てかれこれ数時間が経とうとしている。休憩を取ろうと執務室を出たのだが中々戻る気になれないのだ。庭に咲いていた花、雨に打たれ揺れている。花占い、その言葉がなんとなく浮かんだ。
『好き、嫌い、好き、嫌い、好き・・・』
近くにあった一本を引き抜き、ベタな占いを。花弁を一枚一枚千切ると近づいてくる答え。何せ、私にだって好きな人くらいいる。年も立場も何もかも違うけれど、憧れなんて言葉では片づけられない程に想い焦がれている人がいるんだ。
『・・・・・・きら、い・・・』
最後の花弁を千切ると、出てきた答え。ただでさえ梅雨で嫌だというのにこの仕打ち。ああ、仕事をサボっているから天罰でもくらったのだろうか。相手にされてないのだってわかってる、彼と私とでは月と鼈、天と地ほどの差があって叶わぬ恋に胸が痛む。そう考えていたら大きな影が覆ってきた。
「・・・・こないな所で何してんねん」
『あ・・・平子隊長。サボってるんです』
「そんなん見たらわかるわ」
何でサボっとるか聞いてるんや。と仏頂面で。仕事のやる気がでないから、そう言えば拳が降ってきそうでやめておく。何よ、隊長だってたくさんサボる癖に。ふらっと居なくなったと思えば六車隊長の所行ってたり、かと思いきや現世に遊びに行ってたり。
「桃が一人で忙しそうやったで、戻ったれ」
『平子隊長が戻ればいいじゃないですか』
「アホか、隊長は仕事選ぶ権利があるんや」
ほれ、と渡された書類は湿気でふにゃふにゃになっている。印字も滲んでしまってやり直しとのこと。なんだよ、そんなの私のせいじゃないのに。天気のせい、雨が降る梅雨が悪いんだ。
『大丈夫、もう少ししたら行きますよ』
「名前の大丈夫は信用できひんな」
嗚呼、これでも一応席官なのに信用されない私って・・・。でも、確かに仕事サボるような人は信用できないだろう。現に雛森副隊長は膨大な仕事を任されている。隊長がサボりたいだけなのかもしれないけど。すると彼はため息ついて、私の隣に腰を降ろした。
「しゃあないから、少しだけ一緒にサボったるわ」
『隊長・・・・・・サボりたかっただけじゃ・・・』
「何言うてんねん、オマエがやる気出るまで付き合う言うてるんや。桃には内緒やぞ」
よく見たら、渡された書類だって滲んでいても読めないことはない。いつもだったらこの程度気にせず判を押しているはずだ。さては、これを口実に手を抜こうとしていたな。そして私は要らぬ仕事を押し付けられたということだ。
『平子隊長ひどいです』
「・・・なんやそれ、花びらなくてボロボロやんけ」
『大胆に話そらしましたね』
平子の視線は先程花占いに使った花。見た目は可哀そうなほど無残で好きな人と一緒に見る花としては最悪だろう。花壇にはたくさんの花が植えられているし、一本くらいいいかなと思ったのだけれど、平子隊長だって花なんか興味ないんだし。
「隊舎裏の庭から花びらもいで何したいねん、暇にも程があるで」
『占いですよ、隊長にはわからないでしょうけど』
「花占いっちゅーやつか、オマエにも乙女なところがあるんやな」
意外にもその単語を知っていた彼。乙女じゃ悪いですか、女の子なら誰だって好きな人ととの相性を占ったことがあるはずだ。今だって目の前にいるのに、そういう対象じゃないことわかってる、わかってるんだけど簡単に踏ん切りつかないから困ってるんだ。
『平子隊長は・・・・・・好きな人とかいないんですか』
「なんや、俺のことが気になるんか?」
『ちっ、違いますよ!』
慌てて否定するけど隊長のことだ。なんでもお見通しな彼、私がボロを出すとすぐに気づきそうで怖い。ニィっと得意な口元を作るとそうやなー。と少し考える素振りをして視線を泳がせる。
「カワイ子ちゃんなら皆好きやで」
彼に聞いた私がバカだった。平子隊長は可愛い子には初恋の人、とか冗談ばっかり言う人だった。才があってオシャレで、笑いもとれる彼は女性隊士からは人気抜群。隊長のお眼鏡に適う人はどんな女性だろうか。私じゃないことは確か。
『可愛い子って言ったら雛森副隊長とかですか』
「桃は優等生やし真面目やし、ええ子やとは思うで。仕事もちゃーんとしてくれるしな」
可愛いかどうか聞いただけなのに、顔を覗き込むように言われれば些か比較されたような。でもほんまに好きなんは顔じゃないねん。と急に真面目トーンで話す平子。
「そら、カワイ子ちゃんは見た目はええよ。けど中身が空っぽやったらつまらんやんな」
『まァ・・・確かに』
「一緒におって気楽で、飽きずに長ーく付き合えそうな人ならええんちゃうか」
なるほど、別嬪さんでもなく仕事ができる子でもなく、一緒にいて気楽な人。それが平子隊長の理想とする女性像。現世にいるひよ里ちゃんなんかは言いたいこと言い合える仲らしいけど、もしかして彼女のことを?
「は、ありえへんがな!何でひよ里やねん。あないなやかましいチビ誰が相手にするんや」
『でも、気楽ではあるんじゃないですか』
「気楽でもあんなん近くおったら落ち着かへんし」
ないわー、と嫌そうな顔をしながら好きな人ひよ里説を一蹴りする。平子隊長がよく話す女性死神といったらそれぐらいしか思いつかなくて、万が一の可能性かと思い砕蜂隊長なのかときくと「きっつ、あれも落ち着かへんやろ」と。
『じゃあ席官クラスにはいないってことですね』
「そら、どうやろ。案外近くにおるかもしれへんし」
視線を合わせられればどきりとなる心臓。・・・そんなわけない、そんなわけないとわかっているのに平子隊長の言葉に期待する自分がいる。気持ちを伝えてみようか、でも断られたら気まずいし。隊長にも気を遣わせてしまうかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ。
「花占いの結果はどうやったん」
『えっと・・・・・・惨敗でした』
「ほんまに?もっかいしてみるで」
平子があたりをきょろきょろと見渡した。近くに咲いてる花があるのにも関わらずそれには目もくれない。濡れるのを覚悟して庭の端に咲いてる花を摘みに行った。その花じゃないとだめなのか、うひゃーと言いながら戻ってくる。
『ちょっ・・・ずぶ濡れじゃないですか!』
「こんなん水も滴るええ男、ってとこや」
『絶対それ言いたかっただけでしょ』
綺麗な花が二つ、彼の細い手に摘まれている。真っ直ぐ揃えられた自慢のサラサラヘアーはしっとりと水気を帯びていて、途端に色気が漂ってくる。画になるなーなんて。摘んできたそれをこちらに差し出してきた。
「ほれ、やってみい。好き嫌いちゃんと言うんやで」
横に並んで前を向いていたのだれど、今度は互いに向き合う。正面の平子が持ったままの花の花弁を一枚千切った、"好き"と"嫌い"を交互に言いながら枚数を減らしていく。数が少なくなれば徐々に答えの予想がついてきて。残りの花弁が一枚になった時に口にしたのは"嫌い"だった。嗚呼ほら、彼がすると上手くいく。最後の一枚で手が止まっていると平子が視線を合わせながら花弁を摘まんだ。
「・・・好き」
『!?』
一瞬・・・・・・ほんの一瞬だけ、自分に向かってその言葉が吐かれたような気がして顔に熱が集中した。違う、隊長は最後の一枚が"好き"だったと、そう言っているだけだ。私に向かって言っているわけではない。勘違いするな、と笑われそうだ。早く顔の赤みよひいてくれ。
「良かったなァ、好きやってん。これで自信ついたやろ、はよ告ってまえ」
『そ・・・そんな簡単にはいかないですっ』
「しゃーないなあ、もっかいするか?」
二つ目の花を目の前に持ってこられるが、先程のことがあり素直に頷けない。まだ、どきどきと心臓がうるさいのだ。胸を落ち着かせる方が優先である。しません、と小さく返せば持っていた花をくるくると回して遊ぶ。
「ほんなら、俺がするわ」
『え・・・』
名前に花を見せながら彼は一枚一枚花弁を引いていく。何を・・・しているんだ、隊長は好きな人がいるわけじゃないんでしょう。にんまり笑いながら何を考えているの。ヒラヒラと千切られた花弁が床に落ちていく。それに見とれていて息をするのも忘れてしまいそう。
「好き・・・嫌い・・・」
『・・・っ』
「最後、名前がひくんやで」
差し出された一輪の花を見る、その一輪越しに彼の顔。恐る恐る手を伸ばし一枚だけ残った花弁を摘まんだ。少し力を入れるとぷつんと千切れる。平子の瞳は名前を見つめたまま逃さない。口が開かずに黙ったままでいるとくいっと顎で指示を出される。
「ほれ・・・・・・何て言うんや?」
『・・・す、き』
ぽつりと呟くと満足そうに笑った平子。ぐっと背伸びをしてその場を立ち上がる。ほな、戻るで。と歩き出す。え、ちょっと待ってさっきの何だったの。なんだかはっきりしなくて気持ち悪い。消化不良のまま彼の背を見つめる。
「なんや、二人とも好きやった。それでええやん」
『いや・・・よく意味がわかりません』
「何でわからんのや、お互い顔見ながら好き言うたやろ。それ以外に何があんねん」
平子の言った意味をようやく理解すると全身から変な汗が噴き出した。ま、待って・・・お互いに好きって言い合ったって・・・。言わされた、まんまとのせられたんだ。やっぱり隊長は自分なんかより何枚も上手でにやりと笑う彼が悔しいけど格好いい。
「あとな、さっきの花の花びらの枚数、絶対奇数になるらしいで」
『・・・奇数・・・』
「意味わかったら、あとで俺んとこ来ぃや。花びらなしで言うたるで」
好きと言わせたくて
(奇数なら絶対最後"好き"になるなんて・・・確信犯)
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