視線の先の君*続
視線を感じるようになった、相手はわかる。一年三組の黒崎くん。随分前は授業中居眠りしたりたまに便所ッスと言いながら教室を出て行ったりしていたんだけど。成績は悪くない、むしろ良い方。どんな生徒にも分け隔て無く接したい私は、黒崎には気をつけろ。という鍵根先生の差別するようなアドバイスは無視していた。
『・・・どうかした?』
職員室、今は授業の合間の休み時間で先生たちも集まっていた。この時間に先生に呼び出される生徒もいれば、授業でわからない所があった為教えを乞う生徒たちもいる。今の私はそのどちらにも該当しないので真面目に来週の授業で使う資料を作成していたのだけれど。隣の席の越智先生の横に立つ生徒が一人。
「・・・っ、あ・・・いや」
越智先生が担任を受け持つクラスの有名人、黒崎くんだ。喧嘩っ早く他校の生徒から呼び出しされたりなんかもよくあるそうで、人知れず心配していた生徒の一人。どうやら越智先生が説教をしているようだった。そんな彼から熱い視線をもらっていた為どうしたのか?と問うたのだけど。
「え?・・・え?」
出席日数のことで話をされているようで、私の質問は適当にはぐらかされる。越智先生が私と黒崎くんを交互に見ると「オマエは・・・話聞いてるのか黒崎!」なんて別の理由で怒られ始める。休み時間も少なくなってかわいそうに、彼の熱い視線も無視を決め込んどけばよかったかな。なんて考えた。
「名字先生が綺麗だからって見とれてんじゃないよ!」
「ばっ・・・ちげーよ越智サン。そんなんじゃ・・・」
意外にもリアクションを見せた彼、あっさりかわすかと思ったが頬を染めて必死に否定していた。そして私と再び交じり合う視線。次は耳まで真っ赤にさせると、もういいだろ。戻るぜ!なんて投げやりな言葉を捨て職員室を去ろうとする。越智先生が呼び止めるけどそれも無視して出て行った。くるりと椅子を回す。
「なんだかなーって感じなんですよね、うちの黒崎は」
『でも、彼・・・成績は優秀ですよね。授業態度と遅刻が少し問題ですけど』
「まあ、私は基本的に生徒に好きにやって欲しいタイプだから厳しくは言わないんですけど。最近の黒崎は少し気が緩んでるというか私の授業でも呆けてることが多くて」
高校一年生なんて人生最大に多感な時期、悩むことも多いのだろう。私だって学生の時は進学の心配に親のプレッシャー、友達との関係作りに恋愛と色々と考えることがあった。そっとしていた方が良いと思う反面、もしかしたら助けを求めて視線を向けていたのではとも思う。空座一高の教員の中で一番若手の自分。相談相手に最適だとふんだのかもしれない。
『越智先生、私彼の様子を見てきますね!』
「・・・え?ちょ・・・ちょっと、名字先生?!」
作成途中の資料も投げ出して、職員室を飛び出る。幸い次の授業は受け持っていなかったので仕事放棄にはならないはず。廊下に出ると生徒はいなかった、と思うと同時にチャイムが鳴る。なるほど授業が始まるから廊下には誰もいないワケだ。
『もう・・・教室戻ってるか』
彼もきっと教室へ脚を返しただろう、少しタイミングが悪かった。仕方がない為職員室へ戻ろうかと思っていると、ばたんと聞き覚えのある扉の音がした。あの重量感のある音は非常階段へと繋がる扉を閉めたときのもの。この場からそう遠くない非常階段。もう授業が始まるのに誰かがそこを通ったのか。今日は非常口の点検も入ってないから作業員だっていないはず。・・・もしかして、黒崎くん?
『いませんように・・・っ』
ギィとゆっくり戸を開けてみる、その先に人の影はなかった。なんだ、勘違いだったのか。良かった、彼が授業をさぼったわけではなくて。と安心したのもつかの間、ではさっきの扉の音の原因とは?と考えると一気に血の気が引く。誰も通ってないのに扉の開閉の音がするなんて・・・ユウレイとしか考えられない。タン、タン、タンと下の階から走ってくる足音が聞こえだした。人がいる・・・けれど、この扉から出たのなら上階か下階へ向かうはず。こちらに向かって足音が聞こえるのはオカシイ。もうその考えに至ったら頭はパニックで足音から逃げるように上階へ駆け上がる。
『怖い怖い怖い怖いこわ・・・っ』
「・・・っうわあ!ななな、何してんだよ!?つーか・・・え、先生?」
怖くて怖くて一心不乱に走った先には先ほど考えていた黒崎くんの姿。恐怖の足音から逃げていた名前は思わず見知った彼に安心して抱きついてしまう。それに驚く一護、その焦ったような姿に、そして恋心を抱いていた相手に。一護の背中へ回す腕は震えていて、顔は胸へ預けている為表情が読めない。ただ、何かに怯えているのは確かだった。
「だ・・・大丈夫か・・・?」
何かに怖がっているその姿に、思わず庇護欲を刺激される。ゆっくりと名前の背中へ回す腕。抱きしめ返しても拒否は・・・されない。背中を擦りながらもう大丈夫、大丈夫だから。と安心させるように唱えれば震えていた体は徐々に冷静さを取り戻す。すると下の階で、ばたんと非常階段への扉を閉める音が聞こえた。
『ユユユ、ユユ・・・っ』
「と、とりえあず落ち着けって・・・」
後ろをキョロキョロと確認しながら"ユ"を連呼する名前。ユウレイがいたの!!なんて叫び出す彼女。ユウレイってもしかして虚か?なんて考えた一護だがルキアからの呼び出しもない、ただの浮幽霊か。しかし、幽霊が走って下から登ってきた、なんて名前が言うもんだからなんとなく察しがついた。
「あー・・・っと、怯えてるところ悪ぃけど、それ幽霊じゃなくて鍵根だな」
『・・・え!か、鍵根先生!?』
話によると、鍵根は非常階段を使い日常的に鍛錬をしているらしい。体が鈍らないように、そしてその姿を生徒に見られるわけにもいかない、と非常階段で上り下りを繰り返している。ただ、生徒の間ではもっぱら有名な話でそれに気づかれていないと思っているのは鍵根本人だけらしい。わ・・・私も知らなかった・・・。
「あと、ここの階までは来ねえから安心しろよ」
校舎の四階までが彼の鍛錬場所になっているんだとか。だから五階でサボっていたと。黒崎くん詳しいな。至近距離で彼の顔を見上げて感心する。あ、意外と身長高い。視線が合うと薄ら頬を赤らめた。
「あ・・・あと、先生・・・できれば少し離れてくれたら・・・助かる・・・」
『?!』
そこで漸く気づく、まだ抱きついたままであったことに。慌てて一護から飛び退くと反対側の壁まで後ずさり距離を取った。安心したような、でも少し残念そうな表情をした彼へ謝る。思わず抱きついてしまった、女性とはいえ先生が生徒に抱きつくなどあり得ぬ行為。こんな・・・こんなセクハラ行為がバレたらもしかしなくても教員免許剥奪の危機?!
「心配すんな、別に誰にも言わねえよ。俺だって授業サボってここにいたワケだし」
『そ・・・そういえば授業!な、なんでサボってるの!先生としてそれは見過ごせないよ!』
原因作ってんのおめーだよ。なんて独り言のように呟かれれば彼女には聞こえない。答えない一護に不安を覚えた名前は彼の横へ並び当初の目的を思い出す。思春期真っ只中の黒崎くん、もし相談ごとがあるなら言って欲しいと。
「・・・へ?!そ、相談・・・?」
『うん、あまりにも熱い視線を感じたから何か言いたいことでもあったんじゃないかって』
熱い視線って・・・と再び顔に熱が集まる一護。逆に視線に気づいてんのに、何で俺の気持ちには気づかねえんだよ。自分でもいうのもあれだけど、彼女に話しかける勇気がない俺は視線でアピールしているつもりだった。アピールというよりは、無意識に彼女を眼で追っているのだけど。
『ほら、高校生っていったら悩むことも多い時期じゃない?私もね学生の頃は、友達と喧嘩したり、成績が上がらなかったりして・・・あとここだけの秘密ね?好きだった人のことで悩んだりもしてたんだよ』
好きだった人・・・その言葉にぴくりと反応する一護。その反応を見逃さなかった名前はもしかして好きな人でもいるの?と問うてくる。その顔はキラキラしていて恋バナに花を咲かす女子生徒のよう。先生で良かったら相談のるよ?と話を聞きたそうにする姿に思わず吹いてしまった。
「じゃあ先生・・・好きな人のことで相談してもいいか?」
普段話す機会がないこいつとの会話にテンションがあがり、饒舌になる俺。教室じゃ大人しくしてるけど二人きりだとどんどん話が溢れてくる。俺もやっぱり普通の男子高校生なわけで、好いた人との距離を詰めたい、もっと話したい、と奮闘してしまう。ますます眼を輝かせた名前は、任せて!なんて張り切っていた。
「そいつはさ、年上で俺に興味すらわいてないと思うんだ」
『年上?・・・なるほど、上級生なのね』
顎に手をやり、ふむ。と考える素振りをする彼女。もう既に間違ってるけどな。そのあとは名前の容姿、風貌をつらつらとあげていく。男女に人気があって、でも鈍感そうで。たまに、英語のスペル間違うし、あと駄菓子屋でもらったキーホルダーがお気に入りなんだとか。
「授業サボりがちな生徒がほっとけないと、余計な世話を焼こうともする」
『すごい細部まで・・・やっぱり好きな人には詳しくなるものなのね』
「・・・おまけに生徒の恋の相談まで乗りやがるんだ」
そこで不審になったのか、ぴたりと動きが止まる名前。生徒って・・・という言葉の意味が俺にはわかる。生徒同士で相手のことを生徒、なんて言わねえしな。生徒の対義語に当たるのは先生なわけで。
『も・・・っもももも、もしかして!!越智先生?!』
「何でだよ!!!」
今までの話ちゃんと聞いてたのか!と思わずつっこむ。鈍いこの人のことだからわかりやすく言ってやったのに。綺麗に裏切りやがる。違うのか、なんて首をかしげる彼女。こいつ自分のことが見えていないのか。また、一護もそんなに気が長い方ではない。
「もうメンドクセー。いいよ、直接言うことにした」
『え!告白するの!だったら場所は屋上か中庭ね』
「いいや、非常階段だ」
ゆっくりと彼女へ近づき壁際の隅まで追いやると片手をついて逃げ場をなくす。その状況に漸く普通じゃないことに気づき始めた。逃げようと俺の腕を押したり引いたりする。びくともしないそれに、あれ?おかしいな。なんて慌てだす。
「名字せんせー!」
『はい・・・っ!!』
顔を近づけて名を呼べば、ぴしっという効果音が似合うくらい姿勢を正す。逃げ場がないということを理解したらしい。一護の顔から遠ざかるように顔面を反らす彼女の顎を掴み固定させた。耳元へ口を寄せる。
「先生のことが好きなんだ」
もう予想は付いていただろう、目を見張り固まる名前。何か言いたそうに口を動かすが、言葉は出てこない。弱々しく俺の体を押し返そうとする手を捕まえて指を絡ませた。もうすでに顔が真っ赤に染まった彼女へ最後の追い打ち。
「頑張って先生のこと落とすから、よろしくな!」
『・・・く、黒崎くん!!』
視線の先の君*続
(さて、どうやって落としてやろうか)
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