ネガイゴト
行事と言う程でもない。けれど、無視するには寂しすぎる。こう思うのは私だけ?
「名前ちゃん、そっち足りてる?」
『大丈夫だよ、みんな持ってる』
本日は七月七日火曜日。そう、七夕である。空座一高、一年三組の教室には主張し過ぎない程度の笹の葉が置いてあった。その横の棚には短冊が入っている箱。一人一枚と決まっている為、願いごとは一つまでだ。
「織姫、あんた何て書いたの?」
「えへへ〜秘密だよ!」
『秘密って・・・どうせ飾るんだからバレるでしょ』
休み時間、たつきが覗こうと織姫の手元を見るが必死に隠す彼女。願いごとと名前を書く短冊、趣旨を知らぬわけではあるまいし・・・まあ織姫らしい。たつき自身は"世界チャンピオンになれますように"と、うん、だと思ったよ。すると横から騒がしい声が聞こえてきた。
「ん〜、やっぱりここは"女子にモテまくりますように"だろうな」
「その短冊見て女子が君の事好きになると思う?」
「うるせえよ水色!年中無休でモテない人間の気持ちになってみろ!こんなことも書きたくなるさ!」
女子にモテたい啓吾と冷たく言い放つ水色。でも、彼の一言には一理あると思った。私だったら好きにならない。そして二人を見るのに夢中になっていたら大きな影がさす。・・・チャドだ。無言でガサガサと笹に短冊を括り付けるとそのまま自分の席に戻って行った。彼の願いごととは何だろうか、気になった為そっと見てみる。
『平和な世界・・・かあ』
確かに空座一高一の平和主義者かもしれない。しかし、願いごとをそんなことに使ってもいいのだろうか。もっと自分の為とか、欲を書き出す人が多い中世界平和って・・・貧欲なのだろう。
「・・・で、名前は何て書いたのさ」
『わ、わたし?!』
そうだな、まだ迷っていて何も書いていない。お金持ちになりたいとか、玉の輿に乗りたいとか考えたけど、翌々思い返せば金系ばかりじゃん。短冊を見つめていると横から肘でつつかれる。
「まったまたー、どうせ"一生一緒にいれますように"とかでしょ。あんたの場合!」
『・・・なっ!た、たつき何言って・・・っ!』
一生一緒に・・・それはアレだ、きっと付き合っている人のことである。恋人は黒崎一護、派手な頭髪に人相の悪い彼。告白された時は本当に色んな意味で驚いた、こんな不良と?!私のどこが好きに?!けれど、中身は全然そんなんじゃなくてギャップに惹かれた。後々聞いた話によれば、彼は私の事を中学時代から一目惚れだったらしいけど。
「それとも何?"今年中にちゅーできますように"とか?一護の奴奥手だからまだ手出してないんでしょ?」
『うわああ!きっ・・・聞こえるってばたつきぃ!』
普通に会話する声以上の大きさで話すたつき、にししと笑う表情からするとわざとだな。ヒヤヒヤして後ろを振り返るけれど、当の本人は頭を伏せていて寝ている様子。・・・よ、良かったあ。
「もしかして、もうキス済みだった?なら次はセック・・・っ」
『あ〜〜〜!!』
ゲラゲラと笑うたつき、下品なことを言う姿はまるで千鶴のようだ。だいたい、キスどころが手だって繋いだことないのに・・・彼が奥手だというたつきの推理は見事的中していて何も言えなくなる。付き合ってかれこれ一年以上は経つのに何の進展もないのだ。そ、そりゃあ私だってキ・・・キスしたいよ?
「じゃあ、あたしは"黒崎くんが勇気を出して名前ちゃんに手を出せますように"って書き換えようかな?」
『ちょっと待って織姫!それ色々おかしいんだけど!』
まず手を出せますようにって表現をやめようか。それをクラスメイトに見られるってわかってる?あと、一護の侮辱にも繋がるからね。真面目に言ってくる織姫だからきちんと正さないと何が起きるかわからない。まあ、こんなこと言ってくれるのも彼女の優しさ故なのだが・・・だって一護と付き合うまで織姫が彼のことを好きなんて知らなかった。失恋したにも関わらずこうやって応援してくれる・・・私は友達に恵まれた。
「おーい、一護お!オマエも一緒書こうぜ」
『!』
そこで彼の名を呼ぶ啓吾の声。一護の席まで行くと前の座席に座り話しかける。むくり、と起き上がる彼は寝起きの顔だった。
「なんだよ・・・」
「なんだよ・・・、じゃねえだろ!青春真っ只中の男子高校生が昼間っから寝てばっかじゃそりゃ青春とは言えねえな!」
「ごめんね、一護。つまり啓吾は短冊に願いごと書こうよって言いたいだけだから」
話が見えない啓吾にイラついてる一護を確認すると横から水色が説明を足す。「短冊?」とだけぼやいて笹の葉がある場所を見つめた。何て書くのだろう、そう考えると彼の顔が見れない。振り返れなかった。
「ンなもん別に書かなくたっていいだろ・・・」
「ンなもんとは何だ!ンなもんとは!チャドだってな"世界が平和でありますように"って書いてるんだぞ!」
「じゃあ俺もそれでいいよ、代わりに書いといてくれ」
「え、俺代理人?」
やっぱりな、そうだよね一護が書くわけないよね。私だけ"一生一緒にいれますように"なんて恥ずかしいじゃん。付き合いたてでもないし、そんな熱々カップルでもない。互いに友達同士のような関係だ。一緒に居て楽、気を使わずにいれる・・・それだけ。短冊入れの箱の中に残った一枚の短冊、一護が書かない為だ。
下校時間、部活をしてない私は授業が終わるとそのまま帰れる。一護も同様部活には入っていない為、一緒に帰るのだ。結局今日一日ずっと短冊には触れなかった彼、気になる―
『一護は願いごととか・・・ないの?』
「何だよ、急だな」
急ではないはず、今日は七夕だ・・・だいたい想像がつくだろうに。願いごとがないならば致し方ないが、興味がないでは少し寂しい。短冊飾ってなかったじゃん、と伝えれば「あー、あれか」と一言。
「別に願いごとがない訳じゃねえよ」
『え!そうなの?』
「やりたいこと、叶えたいことだって人並みにはある。けど、別に人様に頼ることじゃねえって話だ」
自分で叶えるから、・・・そう真っ直ぐ前を見て告げた一護。なんだかカッコよく見えて短冊ごときでうじうじしていた自分がバカみたいだ。見つめていると「オマエは?」と訊かれる。
「願いごと・・・あんのかよ」
『わ・・・わたしは・・・』
そうだ、私はあのあと考えた末"総合的に幸せになれますように"とだけ書いた。
総合的とはアレだ、一護に幸せてしてもらいたい、とたつきら辺が勘違いしそうなので色んな意味で幸せになりたいことを主張する為。
「総合的にって・・・何だそりゃ」
『いいの!幸せになりたいんだから』
ちょっぴりバカにされた気分で少しムキになって言ってしまう。けど、本当はさ・・・一護に幸せにしてもらいたいんだよ。一護と一緒に幸せになりたい―
「オマエならなれるよ」
『・・・え?』
「だから、名前なら幸せになれるって」
ポリポリと頬を掻く彼は何故か少し顔が紅くて―なんで?今の会話に一護が照れる要素なんてあったっけ?不思議に思いながらも会話は別の話題へ・・・
「七夕とかイベントの内に入んねえだろ?」
『何言ってんの?大イベントじゃない!彦星と織姫が一年に一度会える日だよ』
「え・・・井上が何だって?」
きっと日本昔話とか知らない人なんだろうな一護って―この話題で織姫を井上織姫と勘違いする時点で・・・七夕という名前だけ何となく知ってるという感じではないだろうか。中身を知らないのでは話にならない。
『井上織姫じゃなくて、彦星と織姫!二人は付き合ってるのに一年に一度しか会わせてもらえないの』
「なんでだよ」
『二人で一緒にいたら遊んでばかりで働かないからだって』
ふーん、とさも興味なさげな反応をする一護。そんな彼はおいといて、今頃二人は会っているのだろうか。夕暮れの空を見上げる―それとも夜になるまで会えないのかな?
『きっとデートは楽しいだろうね』
「どうだろうな」
『一年に一回のデートだよ!楽しいに決まってるじゃん。きっと普段会えない分会った時の喜びはすごく大きいんだろうな』
「・・・」
ロマンチックなことを想像していると黙り込む一護。想像を邪魔しないだけいいが、黙り込むとそれはそれで気になる。・・・何考えてるの?
「・・・じゃあさ」
『?』
「俺たちも一年に一度しか会わないようにするか」
ふと足を止めてそう言った彼。同じように名前も足を止めたが同時に思考も止まった。最初は言ってる意味がわからなくて把握するのに時間がかかる。
『な、何言ってるの?私たち学生だよ、否が応でも学校で会うじゃん』
「まー、会うのは仕方ないとして・・・喋らないとかさ」
こうやって一緒に下校することもないし、話はもちろん電話やメールもしない。正月もクリスマスもバレンタインも・・・お互いの誕生日を祝いあうこともない。
「一年に一度だけ、七月七日だけ会う・・・ってのは?」
『そ・・・そんなの周りが勘違いしちゃうよ。別れたのかって・・・』
「別にいいんじゃねえの、周りの奴が何て言おうと」
気づけば道行く人は消えていて私と一護の二人だけだ。静かに言う彼の言葉はまるで振られている気分。だって、距離を置こうって言われているのと一緒でしょ。
『や・・・やだよ!』
「名前が言ったじゃねえか。一年に一度の方が喜びが大きいって」
『でっでも・・・』
何でこんな話になった?私が彦星と織姫を羨ましがったから?でもそれは現実の話ではないし自分もそうなりたいって訳じゃ・・・そこまで考えて焦り始めると隣からは堪えるような笑い声。
「・・・っ・・・冗談に決まってンじゃねえか。本当にそうすると思ったか?」
『・・・っ!だ、騙したの?!』
「人聞き悪ぃな、からかったんだよ。だいたい、ンなことしたらオマエが我慢できなくてピーピー泣くだろうが」
だ、誰がピーピー泣くもんですか!我慢できないのは一護の方でしょ!と食らいついても「そんな事ねえよ」とさらりとかわされる。不機嫌にぶすっと頬を膨らましても指でちょんとつつかれればすぐに空気は抜けて更に機嫌は悪くなる。謝る気配は全く見せない一護、あーあしてやられた。
「お、名前ちゃんじゃねえか!なんだ、放課後デートってやつか?」
『おじさん、こんばんは』
道中、一護の父一心に出会う。白衣姿の彼はまだ仕事中らしくちょっと私用で出かけるらしい。病院の留守は遊子と夏梨に任せているとか。
「院長が病院空けるってどういうことだよ」
「ま、そんなこともあるだろ。どうだ名前ちゃん、もう遅いしうちで飯食っていかねえか?」
『え、いいんですか?お邪魔したいです』
一護の許可なく申し出を受け入れたけど、実際に遊子のご飯は美味しいし黒崎家との夕食はとても楽しいのだ。隣では、「またかよ、親父の奴勝手だな」なんてぼやいている。こう見えて一護と名前のお付き合いは親公認だ。また一心も名前のことを酷く気に入っている為堂々と家に招く。
「じゃ、夕食まで二人でゆっくりしてきな」
『はい、そうさせてもらいます』
そこで話を区切り一心とは一先ず別れた。クロサキ医院に着くと二人分の鞄を自分の部屋へ持っていった一護。何をしよう、遊子たちの手伝いでもしておこうか。待合室へ向かう。
「あ、名前ちゃん。こんばんは」
『こんばんは、今日も夕食一緒にいいかな?』
「どうせ遊子のご飯狙いで来たんでしょ?」
『・・・夏梨は鋭いね』
二人の小さなナースと会話を交わしてきょろきょろと見渡す。何か手伝えることは・・・そう思っていたらあるものが目に入った。・・・笹の葉だ。短冊がいくつか飾られてある。病院だ、もしかしたら病気が早く治りますようにとか書いてあるのかな?何気なく近づき短冊を見る。すると―
"名前を幸せにできますように"
『な、にコレ・・・っ』
「勝手に動きまわるなよ、探しただろ・・・って!」
いくつも飾られている短冊、けれど一つだけひっそりと影に隠れるように身を潜めていた短冊が目に留まったのだ。願いごとの斜め下には綺麗な文字で黒崎一護と書かれていた。え・・・一護がこれ・・・書いたの?
「・・・っみみみ、見たのか?!」
『・・・・・・み、た』
驚きで声が上手く出なかったけどかろうじでそれだけは言えた。すると顔を真っ赤にしだして額に手を置く一護。きっと笹の葉が病院の待合室にあること、短冊に願いごとを書いたのを忘れていたのだろう。終始なにも言えずに黙っているといきなり手を引かれる。階段を上った先は彼の部屋だ―部屋に着くと同時にドアを閉める。
「かっこ悪い・・・よな・・・っ」
『・・・』
「さっきあんなこと言っておきながら・・・っ」
あんなこと、それは下校中に交わされた言葉。
「やりたいこと、叶えたいことだって人並みにはある。けど、別に人様に頼ることじゃねえって話だ」
自分で叶えるから、そう言った時の一護を思い出した。自信に満ちていたあの時の一護と今の彼が同一人物だとは思えない。俯く姿はとても小さく見えた。
『・・・な、んであんなこと書いたの?』
「・・・っ」
ぴくりと反応するが顔を上げる気配はない。握っていた拳を開きため息をついた。開き直ったかのようにベッドに座り込む。
「自信なかったんだよ、オマエに関することは。だから・・・」
プイと顔をそむけていつのもへの字口。ああ、だから私が幸せになりたいと書いたことを伝えたら、なれると言ってくれたのか。自分で書いたことを思い出して頬を染めたのか。そんな一護が今は可愛く見える。
「・・・二人で願ったんだから流石になれるだろ」
『・・・願うんじゃなくて・・・叶えてみせてよ』
「・・・え?」
ベッド、彼の横に腰を下ろす。至近距離でお互いを見つめ少しだけ強気で言ってみた。
『他のことは願わずに自分で叶えるんでしょ?だったら私の幸せだって一護が叶えて』
「・・・名前」
そう彼女の名前を呟くと何かに後押しされたかのように隣から抱きついた。彼の幅広い肩に、がっしりした腕・・・それに抱きしめられていると実感すると急に心臓が逸りだす。ハ・・・ハグ?!手を繋いだこともないのに・・・っ
「オマエの幸せってなんだよ」
そう耳元で訊かれる、初めてこんな近くで声を聞いた。酷く低くて掠れた声・・・腰に重く響くそれは甘く痺れる快感―
『一護と・・・一生一緒にいられる、こと・・・っ』
「・・・っ、それなら簡単だな。オマエを離すわけねえだろ」
抱きしめる力は一層強くなる、多少呼吸がしずらくなっても今はこの抱擁を満喫したかった。厚い胸板は男らしさを感じてもう腰が砕けそうだ。
「覚悟しとけよ、離せっつっても離さねえからな!」
『私だって・・・っ、離れろって言われても離れないから!』
言葉の競り合い、冷静に聞くと笑ってしまいそうだが今はそんな雰囲気は一握りもない。こんなに一護と心が通じたのは初めてだ、心が通い合うとは本当に気持ちが良い。すると突然身体を話した一護。
「・・・あ、あと。たつきが言ったの鵜呑みにすんなよ」
たつきが言った・・・?はて、何を言ったかと今一度思い出してみる。
「それとも何?"今年中にちゅーできますように"とか?一護の奴奥手だからまだ手出してないんでしょ?」
・・・もしかして聞こえていたのか!まあ、考えてみればそりゃそうだ。啓吾の一声で起きるぐらいだしたつきのあんなバカでかい声聞こえていないわけがない。・・・ということは全て丸聞こえ?!
「俺のこと奥手だとか何とか言ってたけど・・・、オマエに何もしてないのはそれだけが理由じゃねえよ」
『え・・・っ』
シャイでウブ、つまるところ奥手だとばかり思っていた。だって高校生だよ?一年以上付き合ってるのに手も握らないとか普通はあり得ない。健全な男子高校生なら・・・こう、下心があるのが当たり前だって―
「名前を大事にしたいから・・・大切にしてえから何もしてねえんだよ」
『・・・っ』
「オマエがいいって言うなら、遠慮はしないぜ」
やはり、一護も普通の男の子だった。いいって何?何の許可?ハグ?キス?身体に触れること?自身に問いかけてみるも・・・結局は全て一護なら、と心が勝手に快諾。羞恥心と、でももっと彼と距離を縮めたいという気持ちが入り混じり、声が震えた。
『い、ちご・・・だから、何も遠慮は・・・いらないよっ』
「・・・っそうか、後悔すんなよ・・・っ」
目の前が暗くなったと思ったら少しズレた位置に当たる一護の唇。勢いと体重任せに押し付けたファーストキス、そのままベッドに押し倒した。彼女の身体に跨り、両手を顔の横につけば緊張の色を宿した瞳。これからくる快感に一護は興奮を抑えきれない。
「・・・ずっと・・・こうしたかった」
『う、ん・・・っ』
また顔を近づけると、次はきちんと狙いを定めて唇にキスをする。柔らかいそれは気持ちを高めるのには充分過ぎて・・・耳朶を甘噛みされると痺れる下半身、もう力は入らない―
「名前、幸せにしてやるよ―」
ネガイゴト
(俺たち彦星と織姫にも負けてないだろ?)
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