ケンカと恋は紙一重
此処は十方中学校、都内屈指の不良が集まると有名な学校だ。生徒数の割合は男女で9:1である。中学生の不良なんてくそ餓鬼だって?ふん、十方中の不良をなめてもらっちゃ困るな。
「名前さん!昨日、第一中の頭シめてきました!」
『おお、ご苦労!』
「名前さん!最近空座二高の奴らが空地で暴れてるらしいッス」
『またあいつらか、大島連れて潰して来い』
俺の名は名字名前、此処の長をやってたりする、女だ。入学して早々目付きの悪い俺に絡んできた三年を返り討ちにしたら、あっという間に番長になってしまったというわけで・・・。好きでなったわけではない、成り行きってやつ。幼い頃、幼馴染の有沢と一緒に空手を習ってたんだがそれが役に立ったのだと思う。まあ、居心地は悪くないし下の奴らも着いて来るから三年間やり続けてきたわけだが。しかし、最近は新手の奴に手を焼いてたりする。奴の名は―
「名前さーん!また馬芝中の・・・っ」
『黒崎、か・・・』
「・・・はい、すいません。俺らじゃ歯が立たなくて」
隣町にある馬芝中学校、三年の黒崎一護とかいう奴だ。ふざけた名前しやがって・・・。数か月前から二人組でのし上がってきて俺の後輩を随分と可愛がってくれたらしい。そろそろ俺が相手をしなくてはならんな。
「どうも、例の河川敷にいるらしく目が合っただけで襲い掛かってくるとか・・・」
『理不尽な野郎共だな。心配すんな、今日俺が叩きのめしてやるよ』
「流石名前さん!お願いしやすっ」
昼からの登校、授業は屋上でサボり、課題なんかは単位取得の為数少ない秀才君に脅して任せる。そして夕方に下校、というか同地区で暴れてる奴らをシメまくる。それが俺らの日課だ。教師共は俺らに立ち向かえず見てみぬふりをする、大人ってそんなもんだ。
「名前さん、今日俺はどっちに・・・」
『あ?黒崎が優先に決まってんだろ、空座二高は後回しだ。それぐらい自分で考えろ大島!』
「す、すいませんっ」
金髪に染めた頭、多数のピアス、大柄のこいつは大島麗一。装飾品が似合っているかは別として俺の次に腕がたつのはこいつだ。黒崎と数回接触したことがあるらしくどうやら自分の真似をしてのだとか。それが気に食わないと・・・まあ、ぶっちゃけどうでもいい。
『バッドがいるな・・・』
俺がケンカをするときはほとんどが男装。女というだけで手加減してくる輩もいる、最後は結局本気出しても俺が勝つんだが。レディースとかいう形をとっても良かったのだが、何しろ女の割合が少なすぎる。だから、男共に混じって喧嘩をするのだ。なので毎度学ランを着用、もちろん校内ではセーラーだ、学ランは兄貴のを拝借。漆黒のロングストレートはとりあえず後ろで結んだ。今回の黒崎って野郎は普通の奴らとは一味違うらしいからバッドでもなんでも使うしかない。工場跡地なら鉄パイプでもあっただろうが・・・。ちらりと横を見ると大島はメリケンサックを拳にはめていた。
「確かこの辺ですっ、いつもあそこらに・・・っ」
『・・・?』
あれか。河川敷、草むらに寝そべり何とも脱力した姿。あんなの奇襲したら一発で潰せるぞ、あ・・・でも奥にいる色黒の奴は良い体格してんな。オレンジ頭の向こう側にいるのはくせ毛の茶髪。もしかしたら大島よりでかいかもしれない。後ろの引き連れた後輩たちが今にも飛びかかりそうな勢いで騒ぐ。仲間の敵討ち打ちてえんだよな、よし!
『オマエら、行ってきていいぞ』
「了解っス」
数十人で奇襲をかける、バッドに金棒を持って大きく振りかざした。不意をついたらあっという間か?俺の出る幕はなかったかもしれないな。そう思ったが、襲い掛かった仲間は同時に吹き飛ばされた。
『・・・なっ』
「痛ってーな、いきなり過ぎんだろ!」
後輩は無残にも泡を吹いて気絶していた。今ので15、6人はやられたぞ。一人でこれかよ、少し甘く見過ぎたかもな。よくも・・・
「一護、今日は休んでていい。俺が相手をする」
「何言ってんだよチャド、背中合わせて連携プレー・・・だろ?」
あいつら何をごちゃごちゃと・・・仲間がやれら沸々と沸きあがる怒り、隣の大島も拳同士を何回もぶつけ、やる気満々のようだ。するとこちらに顔を向けた奴と目が合う、オレンジ色の頭にたれ目・・・ああ、あいつか大島の真似をしてるとかいうやつは。
「よお黒崎!いい加減その頭染めろって言ってんじゃねえか!俺とキャラモロカブリなんだよ」
「地毛だって何回言えばわかんだよ、ヒヨコヘッド。オスメス調べられてーか」
「ヒヨッ・・・てめえ!」
『落ち付け大島、安い挑発になんか乗るな。それじゃあ相手の思うツボだ』
飛びかかりそうだった彼を引き止め、自分が前へ出た。すいません、と謝り引き下がる大島を見た黒崎が怪訝そうに口を開く。
「何だ?そっちの小せえ方がボスなのかよ。人は見た目によらねえって本当だな」
『だからそんな挑発は効かないと言ってるだろ、苺ちゃん』
「苺じゃねえ!!一護だ!越後の発音と一緒なんだよ!」
・・・こいつ馬鹿だ、挑発する癖に人の挑発にも乗りやすい。勢いよく反論した為か、ゼエハアと息を荒げる。
「落ち付け一護。あれは挑発だ」
「・・・っ!わ、わかってる!」
しばらく静観するが向こうからくる気配はなし、か。ならこちらから仕掛けるまで。先頭を切りバッドを振りかざす、黒崎を狙おうとしたら隣の大柄の奴がガードしやがった。どこから打ち込んでも防御するその腕は名前の倍以上の太さ。スピードで勝負しても頑丈な身体はバットで打ったところでビクともしない。・・・分が悪いな。
『悪い大島、こっちのでかい方を頼む』
「はいっ!」
向こうが力ならこちらも力で対等と、大島に預ける。俺は黒崎を。持っていたバッドで次々と襲い掛かる。それを難なく交わす奴、避けてるだけじゃ勝てねえぞ。
「チャドは倒せねえと思って諦めたのか?」
『違えよ、まあオマエはあいつより弱そうだけどな』
「あんたには言われたくねえな、貧相な体つきの癖によ」
とそこで持っていたバットは黒崎の足蹴りで遠くへ飛ばされた。カラン、と虚しく転がっていく。しまった、あれは取りに行ける近さではない。こうなったら素手で・・・
「どうした、もう終わりか?意外と早く終わっ・・・!」
『はああっ!』
ブンッと空気を切る音がした、ということは当たってない、避けられた。ここで女の脚のリーチが疎ましく感じる。男の身長であれば届いたかもしれないというのに。
「・・・っぶねえ!あんた格闘技でもやってたのかよ」
『生憎・・・ただの空手だよっ』
「・・・っ、空手ならっ・・・俺も、してたっ・・・けどなっ」
会話をしながらも確実に名前の攻撃を次々と避ける一護。何故だ、俺の攻撃は見切られてるのか?力はともかく、速さでは誰にも負けたことがなかったのに。
「んじゃ、こっちからも反撃させてもらうぜ」
『・・・っぐ!』
黒崎の右ストレート、咄嗟に腕で防いだとはいえ物凄い力だ。骨まで響いてきそうな痺れに一瞬だけ気をとられる。顔の前で防御していた腕を解くも、すでに黒崎の姿はなく―
「・・・こっちだ」
『っ―』
顔を強打する、後ろから回り込まれたのだ。そのまま勢いよく倒れ、頬は地面を擦れて血が滲む。しかしそれを痛む間もなく一護は仰向けの名前に跨った。
『・・・っ』
右手を固く握る黒崎、拳が飛んでくると予想できた。それを回避する為に飛んできた拳をキャッチすると肘に手刀を食らわせる。カクンとバランスを崩す、それが目的だ。バランスを崩した瞬間にこちらから拳をお見舞いしてやろうとしたのだが・・・それは失敗に終わる・・・。
「?!」
『・・・な!?』
バランスを崩した瞬間、整い直そうと咄嗟に手を着いたのが名前の胸の上。無論、乳の上だ。それほど大きくないとはいえふくよかなそれは一護の手中に綺麗に収まる。動きが止まる二人、先に言葉を発したのは一護だった。
「お、オマエ・・・女?」
『・・・だったら何だよ。オスメス調べられて満足か!?』
「・・・へ?」
彼の思考とは裏腹に身体は正直で、手に収めたそれを軽く揉みしだく。本能のままに動いた手、それの柔らかさに食い止めたくても止まらない。
『揉むなっ!!』
「んぐっ・・・」
顎にアッパーを食らわし空高く舞い上がる一護。情けないことに鼻血を出しながら。地面に着地した後も彼の手は胸の形を模っており感触を思い出すかのように指先が動いている。どうやら顎を殴られるよりも乳を触ってしまった方が衝撃が強かったらしい。怯んでいる隙に再び襲い掛かる。
「・・・なっ、おいおい!ちょっと待てって・・・」
『ふざけんな!人の胸触っておいてちょっと待てじゃねえだろ!』
「あ、あれはじっ・・・事故だ!そうだろ!」
鼻血を垂らしたままの無様な顔にもうひと拳入れてやりたいが中々それをさせてくれない。器用に避けるのだ、腹立たしくて仕方がない。
「っつーか、女とケンカする趣味なんかねえよ!」
『女だから何だってんだ!』
「殴っても無意味だって言ってんだ、引けよ」
くそ、なめやがって・・・っ。ちらりと大島の方を見るが彼は既に白目をむいて倒れている。ああ、やられてしまったのか。チャドとかいう奴は体育座りをしてこちらを傍観していた。
『何してんだよ、二人でかかってこないのか?』
「対等でやりあわなきゃただの虐めになんだろうが」
「ム、その前に女には手は出さない」
綺麗ごとばっか並べやがって。大体どいつもこいつも女、女って・・・だから嫌なんだ、手加減するだのケンカはできないだの。ただの男女差別じゃねえか!
「わかったら大人しくそいつら連れて帰れよ」
今までもそれで相手をしてきた、ケンカにも勝ってきたんだ。こいつらにだって負けるわけがない!ぎりっと握った拳に爪が食いこみ血が滲む。「行こうぜチャド」と背を向ける黒崎を睨み付けた。泡を吹いてる仲間たち、こいつらの敵は俺が取るんだ!奴らの後ろからチャンスとばかりに飛びかかる。
『オラァ!』
「・・・っ!」
一護は鞄をチャドへ放り投げると名前の脚をとり転ばせた。彼女の両手を頭上で押さえつけ身体を組み敷く。もがけばもがく程身体への負担がきつくなる、同時に髪紐もほどけ四方八方に散る髪。
「悪いなチャド・・・先に帰っててくれ」
「?」
「こいつ、一度やられなきゃ解んねえらしい」
手荒な真似はしねえから心配すんな、とチャドに告げると縛り上げある手に力を込めた。既に組み敷いてる時点で手荒なのだがそうでもしないと彼女は大人しくならないだろうとチャドも頷く。彼の背を見送った後、名前に視線を向ける一護。いつの間にか鼻血もふき取り真面目な顔に少し驚いたが今はそんなのどうでもいい。早くこの体勢から脱出したい。
「どうだ、動けねえだろ・・・これが男女の差だ」
『ンなもん知るか!卑怯なことすんじゃねえよ!』
「卑怯ってそれはこっちの台詞だろ、奇襲かけてきたり不意打ちしてきたり」
脚をジタバタさせるが無意味だった、彼の身体が乗っているので身動きが取れない。悔しい、悔しい・・・本当に女は男に勝てないのか。すると空いてる片手で学ランと中のシャツを引っ張りボタンを引きちぎる。露わになる肌、白くて透き通るそこに顔を埋める一護。嘘・・・嘘だろ、まさかこんな所で、お・・・犯され・・・。
『・・・いっ、やだっ』
「・・・ってのは冗談だ」
鎖骨から首筋まで上ってきた彼の唇に身震いして身体を強張らせると急に距離を取る。片手で器用にシャツと学ランを着せ直すと真剣な表情で言った。
「男だったらこんなこともできんだよ」
『・・・っ』
目の下の何かを拭われた、ああいつの間に涙なんて流してたんだ。ツーっと伝う水滴は仰向けに寝そべっている為目尻の方へ流れ落ちる。
「泣く程怖がってんじゃねえか」
『・・・泣いて、ねえよ』
「は・・・そうかよ」
苦し紛れに泣いてないと訴えるも軽くあしらわれるのがムカつく。目を合わせたくなくて顔を逸らしたけど依然として体勢は変わらない。身体をどかせるつもりもないようだ。ふと、固定されている手に何かが触れる。
「手だって綺麗なんだ、殴る為なんかに使うなよ」
片手で名前の両手首を縛り、もう片手で手を触る。目の前には彼の喉元、頭上をいく視線は手を吟味されているようだった。優しい触れ方に戸惑ってしまう。すると視線を名前に合わせ触れていた手が下降してきた。
「痛かったろ、殴って悪かったな」
『!』
打たれて赤く腫れ上がる頬にそっと手を寄せる。ケンカ三昧の毎日、殴られたことだって正直たくさんある。けど、その度に痛がってられないし、ケアしようと思ったこともない。切れた唇を指でなぞられピリッと痛みが走った。
「女の顔に傷作っちまった、一生償わねえとな」
『・・・っ、そんな』
そこで身体が軽くなる、一護がどいたようだった。手を差し出され不覚にもそれを頼り立たせてもらう。片手で引っ張る力は、やはり男のものだった。頭を一撫でし腰まである髪に指を梳かせれば微笑む。
「じゃあ、ケンカなんてもうすんなよ」
ポケットに手を突っ込み背を向ける一護。呆気に取られ掛ける言葉も見つからない。ケンカの意地だとか、プライドだとか、仲間の敵だとか・・・全てが消え去った。初めて脈打つ鼓動に焦りを覚える。
「あと・・・」
『?』
「俺とか使うなよ?可愛い顔してんだから」
高鳴る胸に二度とケンカはしないと誓った。
ケンカと恋は紙一重
(お嫁に行けないだろ、責任とれよな)
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