※50題「リップクリーム」の続きで、悠太瀬名と裕也理恵



「瀬名、日直の仕事終わった?」
「ごめん、まだかかりそうなの」
「そっか、あのね」

吉岡とどうしても寄りたいところあるから、朝の約束無理そうなんだ、ごめん

顔の前で手を合わせてそう謝る理恵に、瀬名は驚きながら大丈夫だよと答えた。朝、理恵におすすめしてもらったリップクリームを放課後さっそく買いにいこうと決めたところで、理恵に「一緒にいってもいい?」と言われたのだった。
「瀬名に合うリップ、私が探したい」
と言ってくれたのが瀬名は嬉しくて、早く放課後にならないかと楽しみにしていた矢先のキャンセル。

吉岡とは、理恵の彼氏の吉岡裕也の事だ。リップクリームは一人でも買いに行けるし、時に恋人を優先するべきだという考えの瀬名は少し寂しい気持ちを圧し殺して笑顔で理恵に気にしないでと言った。



「悪いことしたかな、結城に」
「瀬名は気にしないでって言ってくれたし、吉岡は気にしなくて平気だよ」
「…それもそうかも。ん、三浦ちょっと」
「え?」

一緒に帰ろうと昇降口の方へ歩いていた二人がそろって足を止める。吉岡が理恵の顔をまじまじと見たと思えば、少し遠慮がちに指が頬に触れた。一回の瞬きの間にその指は離れていたものの、理恵は少しどきどきしていた。

「マフラーのさ、えっと、毛が口に入りそうだったからとろうと思って」
「あ、あぁ、ありがとう…」
「お、おう…」

二人が恥ずかしそうにお互いそっぽを向いてしまう。ちょっといい雰囲気だったのに、と周りは少しもどかしい空気が漂っていた。






「えっと…」

一方、日が暮れ始めた頃に瀬名はやっと駅のすぐ近くにある薬局に来ていた。メモにと携帯で撮ったリップの写真を見ながら、リップコーナーの中から同じ種類のリップを探す。中には今自分が使ってるもの、薬用じゃないけどかわいいリップなどがあった。

「…これかな」

瀬名が見つけたのは、同じ種類のリップだけど、柄がマリーゴールドなオレンジ色のリップだった。理恵が持っていたのと同じリップは売り切れのようで、瀬名は一番目が惹いたそのマリーゴールドの柄がはいったリップを手に取り会計をすませる。

「…うん、かわいい」

会計がおわり、薬局を出た後もしばらくそのリップクリームを眺めていた。あたたかなオレンジのマリーゴールド柄。パステルカラーに花柄というのが、派手なのを好まない瀬名にぴったりだった。
 だんだんと住宅街に景色が変わってきたところで、瀬名は立ち止まりリップクリームの蓋をとった。くるくるまわし先端を出すとそっと唇に宛がい、形をなぞるように動かす。二度塗りしなくとも充分唇が潤うのが分かった。塗り終わるとそっと鞄の中のポーチにしまう。

「瀬名?」

突然声がして振り返ってみれば、そこには悠太がいた。

「悠太、遅いね」
「大輝ん家寄ってきたんだ。立ち止まったりしてどうしたんだよ?」
「…ううん、なんでもないっ」
「ふーん」

後ろから見たら急に立ち止まったところしか悠太には分からなかったのだから、朝からの一連の流れを話すのもめんどくさいと思う瀬名。すぐ隣に駆け寄ってきた悠太と一緒にまた歩き出す。

「あのさ」
「ん?」
「リップ、変えたんだな」
「うん、そうだよ。何で分かったの?」
「その…」

ずっと見てりゃ分かるんだよ

マリーゴールドの香りしたしな、そう付け加えるなり少しはや歩きになった悠太と、それをポニーテールを揺らしながら追いかける瀬名、マリーゴールドのような温かいオレンジの夕暮れが二人の姿を照らしていた。

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マリーゴールドの誘惑

130217 思徒




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