ラメントーソ | ナノ

宵待月 1


大人たちの威圧的な視線。
それを背に受けながら、僕はとても焦っていた。
前からは、にこやかに笑って僕を指名する先生。クラスメイトの純粋な憎しみのこもった視線は、四方から送られる。
四面楚歌とはこのことだろうかと、答えるために起立した姿勢で考える。僕は、臆病者が故に、大人たちの期待に応えるべく、正解を口にした。

「答えは、8です」

先生は、正解です。と満足そうに微笑み、後ろの大人の世界からは、さすが光野さん家の息子さんですわ。それに比べてウチの子は。と、各々の感想を述べている。クラスメイトの視線が、更に強くなった。

僕は、蟠りを抱えたまま席につく。
ああ、この世の中も、算数のように明確になってしまえばいいのに・・・・・・。
鉛筆を握り締め、周りの視線に気づかないフリをして計算問題に没頭した。問題を解くことが僕にとって現実逃避であり、癒やしであった。持ち前の集中力で問題にとりかかってしまえば、周りの視線なんて、気にならない。

丁度最後の問題を解き終わった時、スピーカーから授業終了を告げる電子音が鳴り響いた。無機質なそれは、子どもたちにとって自由を知らせる鐘。それは僕にとっても、例外なく助けとなる音色だ。
先生はいつも以上に笑顔を振りまき、若者らしく声を張り上げる。何時間もかけたであろう化粧は、見事に先生の小皺を隠していた。

父母は、各々同レベルの子を持つ親同士で話し合いながら、体育館へ移動していった。時々聞こえる話題は、先程の授業の内容。お世辞にしろ何にしろ、決まって僕の名前があがっていた──止めてよ。僕なんかを見ずに、自分の子どもを見てよ。

クラスメイトの視線が怖くて、僕は授業が終わっても未だ問題を解き続ける。一人黙々と作業を続ける僕に、クラスのリーダー格である走田くんが話しかけてきた。

「さすが、光野さん家の息子さん。勉強好きとは、関心するわあ。それに比べて家の子は、全然ダメね」

わざと親の口調を模倣て、大袈裟に表現をする。それを何人かが、ゲラゲラと品の無い笑いをあげて嫌な空気を増長させた。教室に大人は居らず、タイミングを計ってまで僕につっかかってくる走田くんを、僕はとても可哀想に思う。

授業参加の日は、特に皆の目が怖い──今日の日の唯一の救いは、お姉ちゃんといつもより早く会えることだ。
あぁ、早く授業なんか終わってしまえばいいのに。

教室にでかでかと掲示された時間割表には、背景を水色に塗りつぶされた理科が次の行動を示していた。僕は、走田くんたちを視界に入れないようにし、机の中から教科書を取り出す。
それは、お姉ちゃんからのお下がりで、随分とくたびれていた。角は段ボールのように何重にもなり、色も褪せている。裏にはお姉ちゃんの名前がうっすらと残っており、柔らかくなった表紙をなぞって、僕は理科室に移動した。

後方から、古ぼけた教科書だなんてダッセー! と大きな声が聞こえたが、僕は敢えてこの教科書を使っているので、走田くんたちの詞なんてへっちゃら。新品の理科の教科書は、忘れん坊の早稲屋くんにあげてしまった。恐らく、その教科書も早稲屋くん家のどこかに眠ってしまっているだろう。

予鈴の鐘が鳴り響き、僕は上履きをパタパタと鳴らせて理科室へ急いだ。筆箱の中身がガチャガチャと音を立てるのが、妙に心地好かった。





And that all?
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