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飴冬

「では娘。この紙を持って念じてみよ」

 渡されたものは小さな正方形のただの紙。
 念じてみよと言われても、勝手はわからない。けれど引き下がれもなくて、ぐっと眉間に皺を寄せ、じっと紙を見つめた。
 ばらばら。

「──!」

 驚いた。紙が湿り気を帯びたと思えば、崩れ落ちたのだ。
 現実世界ではものぐさで、遠くにある物をなんとなく念じてもやっぱり何も起きなかったのに・・・・・・。この世界では何らかの力が付与されているらしい。
 生きる希望が湧いた。

「運命とは、皮肉だな」

 女性の顔に悲しい青がさす。まさか、不合格なのだろうか。わたしにも悲しみが伝播して、視界が揺らいだ。そのまま沈黙を続ければ、悲しみは涙となって零れ落ちてしまう気がした。 

「──合格だ。修行をつけてやろう」

 一点を見続けるわたしに気づいた女性は、憂いを瞳の奥に残したまま微笑んだ。 
 けれどそれ以上にわたしは喜びで破顔し、女性の気持ちを思いやることはできなかった。

「ほんとうに!?」
「あぁ、約束だからな。では娘の名を聞こう。私は飴冬だ」
「あめふゆ・・・・・・わたしは夜子」

 この世界で生きる決意として名字は捨てた。新しい一歩を自分の足で踏みしめたのだ。

「夜子か。まずは飯だ。お前のお喋りで焦げてしまう」

 差し出された焼き魚に、ぐぅとお腹が鳴る。明るく照らされた道に希望を見出し、張りつめた緊張が解けたせいだ。

「まだまだ子供だな」

 反論しようにも見た目はその通りで、少しでも行儀よくしようとキチンといただきますと手を合わせて魚にかぶりつく。

「・・・・・・おいしい」

 初めて口にした食べ物。味付けは塩のみなのに、濃厚でほろほろと口の中に温かい湯気が充満する。溢れ出る物に引き出されるよう、瞳からぽろぽろと涙が溢れた。

「なんだ、泣くほど美味いか」
「うぇっ、ぐっ・・・・・・うっうぅ、おいしいよぉ」
「そうか」

 飴冬はそれ以上何も言わず、黙々と魚を食べはじめた。洞窟にしゃっくりと鼻をすする音が反響する。
 まずは飴冬に食らいつくことに必死だったが、それを認められ気づいたのだ。努力が報われたのはいつぶりだろう。きちんと私のことを見てくれた人が傍にいる。前の世界では感じられなかった優しさが、痛いほどに心を締めつけ、冷たい氷を溶かしていく。

「ごちそうさまでした」
「ご馳走様」

 声を揃えて終わりを告げる。
 飴冬は薪を転がしながら、無表情で淡々と話しはじめた。その瞳には炎が揺れ、不思議と魅入ってしまった。奥を覗きこめば、焚き火とは別の炎が燻っていると気づく。

「まずは我らの一族について話そう」

 そう言ってゆっくりと瞬きをした瞳の奥は、ただの人形になっていた。



To be continued...
「飴冬」