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あきらめない


「そんなペースでは取り残されるぞ。この世界に」

 前の世界から逃げ出したことを話したせいか、わたしのペースが遅くなる度に飴冬はワザと語尾をとってつけ挑発してくるのだ。

「ぜったい、あきらめない!」

 一音一音に思いを込め踏みしめる。
 初めはただ後をついて行くことに必死だったが、徐々に慣れてくると今度は飴冬が落としていく泥の上を踏んでついていく修行になった。何度も足をすくわれ、不規則な泥の歩幅にリズムを崩されながらも、文句を言うくらいには慣れてきた。

「あめふゆ! どうして、どろのうえをあるくの?」
「私の泥遁に飲まれないよう少しでも泥に慣らすためだ」
「のまれる?」
「私の攻撃は広範囲だからな。共に行動するなら巻き添えくらいはくらわないよう自分で気をつけろ。こんなふうにな」
「えっちょっ!!」

 わずかな地面の傾斜を勢いよく飲み込みながら、土石流のような泥が押し寄せてきた。咄嗟のことに反応が適わず、全てを身に受け全身泥だらけになった。

「戦闘中は今の流れがずっと続くぞ。相手を確実に溺死させるために」

 物騒なことをさらりと言ってのけ、飴冬はわたしの足元に水溜まりを作り出した。わたしはその水を操り泥を落とす。まだ飴冬のように水を湧かすことはできない。せいぜい操れるくらいだ。
 早く。早く強くなりたい。
 ただでさえ、水と土以外の性質はからっきしなのだ(見まねで火を吹くイメージをしても虚しい口笛にしかならなかった)。せめてこの二つだけでも極めなくてはならない。

「隙あり」

 軽く頭に手刀が入る。

「また色々と考えていたんだろう。それはいいが、隙をつくるな」
「はい。ごめんなさい」

 修行初日からずっと言われ続けた言葉。まだ注意されることに自分が情けなく、足元に視線を落とす。

「夜子は全く異なる世界から来たんだ。知らない、できないことの方が圧倒的に多い。それにまだ子どもじゃないか」

 飴冬が時折みせる優しい顔。その顔みたさに、本当のわたしは幼児ではなく成長期と呼ばれる年齢であることは、未だに言えずじまいである。それを言ってしまえば素直に飴冬に甘えられない気がしてしまって。
 前の世界では与えられなかった優しさを、この世界で補うよう、わたしは自分を"子ども"として享受していた。

「さあ、休む暇なんてないぞ。今日中で宿に入る。といっても速度の手加減はしないからな」
「けち」

 少しでも希望を抱いた展開は呆気なく打ち砕かれた。

「生意気な弟子にプレゼントだ」

 そう言って出された新たな泥水を踏むと、いつもより粘度があり、足が深く捕らわれた。引き抜くだけで体力が奪われる。

「けちー!」

 すっかり遠くなってしまった飴冬の背に文句を投げつける。前方から楽しげな笑い声が聞こえた。
 このやろうと毒づきながら、とにかく一歩一歩食らいついていった。


To be continued...
「あきらめない」