企画提出 | ナノ

きっと僕らは人間だった


 ボクが大蛇丸の元でモルモットのように身体を弄くられていた比、総ては真暗で、夜のように澄んだ色はしていなかった。

それでも、名前も知らない一人の少女の存在が、ボクの暗闇を少しだけ和らげてくれた。彼女がいなければ、今のボクはなかったのかもしれない。

彼女に出会う前のボクは、ただ無機質に総てを受動し、何に対しても興味を抱かなかった。けれど、彼女だけは、他とは違うものを感じた。今でもそのときの感情は、色褪せることなく、綺麗に思い出せる。


ボクたちを収容している部屋は、大蛇丸独自の法則により常に回されていた。彼女とはたった三日間だけ寝床を共にし、その後の彼女の行方は分からない。ボクが生きた年月にすれば、本当に僅かな時間。しかし、その一点だけは、どの思い出よりも色濃くボクに刻まれている。


「はじめまして。あなた新しい子?」

「……新しくはない」


大蛇丸は、日々失っていく実験体を補うために、実験と平行して新しい子を造っていた。どんな術を使っているのかは分からないが、受精卵は驚異的な早さで身体を形成する。

ボクが目覚めたとき、既に両足を地に着けていた。液体の中とは違う身体の重さと支えの無い空間に、足は頼りなく曲がりそのまま崩れ落ちる。それは、初めて感じた痛みだった。


「わたしもだよ。ねぇ、どんな薬を打たれたの」

「……緑のヤツ」

「へぇー、そうなんだ。ちなみにわたしは紫だった」


今まで同室だった子は、自身の悲運と、いつかは死んでいく運命に皆暗い目をしていた。そして互いに何も喋らずに、ただ明日に怯え眠る日々。そして、そのまま眠り続ける子もいた。

そんな環境なものだから、大蛇丸の掌で踊るしか途はないボクらの命。誰もが生きるということに、無関心だった。けれど、彼女はいつも楽しそうに話をする。最初ボクは、環境に耐えられなくなったイカれた子だと思っていた。


「うわー、たくさん打たれたねー」

「なにすんだよ! 離せ!」


彼女はいきなりボクの長袖を捲くり、服に隠れた赤い斑点を露わにした。自分でも見たくない傷跡。怒鳴ったボクに、彼女は同じように袖を捲くり、赤紫に変色した肌を露出した。慣れない刺激に、うっと息が詰まる。


「注射したあとに、こんな色になっちゃったんだー。キモチ悪いよね」

「……早く隠して」

「ホント、キモチ悪い。でも、あなたはキレイだね」


慰めにならない詞。それでも彼女は、にっこりと笑いながら云い放つ。そのときボクは、彼女は本当にイカれた子だと感じた。人として何かが足りないボクと同様、彼女も人造故に何かが欠陥しているのかもしれない。


そして、彼女は常に何かしら話しかけてくる子だった。初対面でも十分に話をしたのに、彼女の口から止め処なく詞が紡がれる。彼女はボクよりも古く居るせいか、何でも知っていた。


「腕に、ヘビのような模様がでてきたら、ほぼ死んじゃうのよ」

「どうして、知っているの」

「今までの子が、そうだったから。朝になったら、全身が黒いうろこで覆われていた」

「……そう」


こっそり自分の腕を見て、ヘビがいないことに安堵する。彼女は、わたしは未だ大丈夫っぽい、と云いながら袖を捲くり、ボクにそれを証明するように見せつけてきた。

彼女の行動にはいつも驚かされる。云い方も率直過ぎて戸惑うことも多いが、なぜか避けようとは思わなかった。好き嫌いという感情は全くなく、彼女はすんなりとボクの中に入り、図々しくも居座ってしまっている。


そして三日目の夜。いつもより部屋に帰ってくるのが遅かった彼女。ボクの表情を見て、彼女はいつものようににっこりと笑った。そして、頼りなく震えた指で袖を捲くり始める。


「朝に打たれた薬、さっきみたら、ヘビになっていた」


陽が当たらない実験室で、一際白い肌をしている彼女の細い腕には、それに似つかわしくない赤紫のヘビが、ぐるりと腕全体を覆っていた。

──ほぼ死んじゃうのよ。

昨日の彼女の詞。それなのに、彼女はいつものように笑っている。どうして君は、そんなにも生に関して無頓着なのだろう。彼女の笑顔が、怖かった。


「これで、あなたが生きる確率が上がったね」

「……どういうこと?」

「打たれた薬が、適用しないって判明できたから」

「でも、でも、それじゃあ君が──」

「今までの子が、わたしみたいに死んだから、わたしたち今まで生きてこれたんだよ。本当に、人って色んな人を犠牲にして生きているんだね」


臆することなく、当たり前のように云った彼女。今思えば、ありえない考え。でも、当時の環境ではそれが当たり前だった。ボクたちは、本当にただの、実験体。


「あなたにわたしの命、託すよ。だから生きて。もし、あなたが死んだときは、今まで犠牲になった子たちの命を、誰かに託して。そうやって、皆で命のリレーをして、誰かを助けてね」

「どうして……。どうしてそんな風に、命を投げだせるの!?」

「投げだしてないよ。繋いでいるんだよ」


そういって変わらない笑みを浮かべた彼女。ボクは彼女に縋りつき、駄々をこねるように反論した。けれど彼女は、総てを受け入れるような声音で、ボクの棘を溶かしていく。


「わたしもね、最初は怖かった。ううん、今でも怖い。だけど、この命はみんなのためって思うと、自分の存在理由が分かった気がする。ただ造られただけじゃなくて、こんなわたしでも、誰かを助けられるんだって」


彼女の詞に、胸が苦しくなった。彼女を抱き締めれば、震えがボクにも伝わる。ボクたちは息を押し殺して、ぶるぶると震える呼吸を合わせる。小さく小さく抱き合った夜。そのまま、二人でおちるように夜を過ごした。

けれど朝になると彼女の姿はなかった。あまりの衝撃に頭の回転が上手く回らない。一人ぼっちの、無機質な部屋。彼女の安否を考えるよりも早く、白い服を着た人たちが部屋に入り、ボクの腕を掴んだ。


「やめて! はなして!」


実験室へ連れて行かれる合図。珍しく慌てるボクに、容赦なく麻酔を打った白い服。彼女の姿を思い描きながら、ボクの意識は遠のいていった。


目覚めたとき、実験室には誰もいなかった。照明も点いておらず、休まなく動いていた機械も、ただの物になっていた。

目覚めたばかりでふらつく足取り。総ての部屋を覗いても、誰もいなかった。廊下に必ずいた白い服も、生き物の気配も、何もかもがなかった。

そして自身の腕を見ると、うっすらとヘビの模様が、ぐるりと巻きついている。小さな悲鳴を上げて、冷たい廊下に尻餅をつく。しかし、それが合図かのように、模様はすうっと消えた。

──ほぼ死んじゃうんだよ。

彼女の詞が、鮮明に流れた。ボクは弾かれたように彼女の姿を探す。けれど、どこにも彼女の姿はなかった。

絶望に近い現実に、彼女が生存して脱出した姿を思い描く。現にボクが生きているという事実。他の子も、脱出していることを願い、ボクも忌まわしい実験室を後にした。


外の世界は明るく、自然が生きていた。ボクは、初めて感じる力強い生命に、身体の内側から湧き起こるものを抑えきれず、総てを吐き出す。そんなボクを、自然はその雄大な空気で、ありのままを受け入れてくれた。


それから火影様に拾われ、優しい人々で溢れた木ノ葉で育ち、その恩返しをするため木ノ葉のために働いている。

世間では当たり前と思われることが、ボクにとって幸せ過ぎて怖かった。物ではなく、人として見てくれる目。笑顔で溢れている毎日。直ぐ傍に感じていた死は、気づくと遠いどこかに隠れてしまっていた。

火影様はよく、人は思い合うものじゃ、と云っていた。その詞を初めて聞いたボクは、彼女のことを思い出し、子どものように泣きじゃくった。

他の人は、辛かったね、と同情するボクの過去。確かに、辛いことばかりだった。けれど、火影様の詞に総てが救われた。

そしてボクは、遠出の任務に行く度に彼女の姿を探す。初めておもい合えた人。どんなに時が経ち姿が変わっても、彼女を見つけられる自信がボクにはあった。







END.



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