いざない拒みし者


相互記念:二階堂さまへ/ダオス(無変換)

 月には魔力が宿るという。特に満月はその力が最高になるという。
 たとえば狼男。
 彼らは満月の夜になると、人から狼へと姿を変える。
 そして、海。
 月の満ち欠けにより満ち引きを繰り返す海。月の光を帯びる海も、魔力を帯びたものなのかもしれない。





 満月が近づいていることに彼の人──ダオスが気づいたのは、数日前だった。
 それと同時に気づく。
 彼女の様子がどこかいつもと違うことに。

「ラトレイア?」
「え、あ、ダオスさま」

 ぼんやりした様子で城のテラスから外を見つめるラトレイアにダオスは声をかける。応えがあったのはややあってから。

「ぼんやりしていたようだが、体調が思わしくないのか?」

 ダオスの言葉に彼女は首を傾げる。

「そのようなことはありませんが……」
「ならばいい」

 その時はそれで終わった会話。けれど、同じことが何回か続いた後、それは気のせいでは済まなくなった。

「また、か……」

 ラトレイア自身は気づいていないのだろう。ヴァルローダやソーサリスたちに話しかけられると我に返る。けれどまた時間が経つとぼんやりとどこかを見つめている。
 その方角が同じだということに、ダオスは数日経ってから気づいた。

「この方向には何があったか……」
「特に何もありません。しいて言うなら、海があるくらいかと」
「海?」

 何気なく訊いた部下からそのような答えがあった。
 各地をめぐっているラトレイアだ。海が珍しいわけでもあるまい。

「何かあるのか?」

 つぶやいたダオスに答えが与えられたのは、数日後──満月の夜のことだった。





 ダオスの執務室に珍しく慌てたヴァルローダが来た。

「どうした」
「ダオスさま。マスターはこちらにいらっしゃいませんか」

 気配がないのだという。
 出かけるならば出かけると声をかけていく彼女だったし、城の中を探す限りは見つからない。
 異常さにふと浮かんだのは、ここ数日ぼんやりとしていたラトレイアの様子だった。

『この方向には何があったか……』
『特に何もありません。しいて言うなら、海があるくらいかと』

 そんな会話が脳裏に蘇る。

「まさか、な……」

 海といっても海に面した海岸は数多くある。その中からラトレイア一人を探すのがどれだけ困難なことか。
 それでも足は自然と外に向かっていて。
 ラトレイアの見つめていた方向。そこには海と、そして夜空に燦然と輝く満月とがあった。





 案の定と言うべきか、ラトレイアはそこにいた。浜辺でぼんやりと海を見つめたまま、ダオスの気配にも気づく様子はない。

「ラトレイア」

 呼んでも反応はない。それどころか、冷たいだろう水の中にざぶざぶと入っていく。

「ラトレイア!」

 腕を引き止めるが、それでもラトレイアの身体は前へ進もうとしていた。

「呼んでる……」
「呼んでる?」

 どうすれば止められるのだろうか。さすがのダオスにもわからなかった。

「ラトレイア。このままでは身体を冷やす」

 どちらにせよ、このまま放ってはおけない。ラトレイアは外套をまとわずに外に出ていた。つかんだ腕。服ごしにじんわりと伝わってくる冷たさは、彼女の身体が冷え切っていることをダオスに教えていて。
 ばさり、とマントを頭からかぶせる。と、それまで変わらなかったラトレイアの様子に変化があった。

「ダオスさま……?」
「ラトレイア」

 身じろいだラトレイアは、あたりを見回す。そして見覚えのない場所にいる自分に戸惑ったのか、ダオスを見上げた。

「ラトレイア。城で何があった?」
「お城で? ただ、月を見ていたら……」
「月、か。なるほど」

 月と海と、そしてマント。
 月には魔力が宿るという。特に満月はその力が最高になると。それにラトレイアの何かが共鳴し、そして呼ばれたのかもしれない。

「……渡さぬ」
「ダオスさま?」

 マントごと身体を引き寄せられて、ラトレイアは顔を赤くする。

「月などに、ラトレイアは渡さぬ」

 その言葉は小さく、彼女には届かない。

 たとえ天に浮かぶ尊きものだとしても、渡せないものがある。


++++


 『eternal happiness』の二階堂さまへの相互記念で書かせていただきました。二階堂さんのところの夢主さんは、大人な雰囲気がする人です。いろいろな事情が重なっているようですねー。あとは魔族との絡みも好きです。
 相互ありがとうございました。



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