運命の輪
シルヴァラントに残る最後の人間牧場、イセリア牧場。そこへいままさに潜入しようと一同の視線はちらちらと背後へ向かっていた。その先にいるのはクルシスの天使であるクラトスだ。
「どうして私を同行させた? おまえたちが魔導炉を停止させるなら私は必要ないだろう」
クラトスの言うことはもっともだ。
「クルシスは信用ならないからだ。たまたま今回俺たちもレネゲードもあんたも利害は一致したけど、いつどうなるかわからないからな。監視しておくには近くにいた方がいい」
ロイドたちが魔導炉の停止をしようとしている間、万が一にも不利になることをされては困るということだろう。
「なるほど。懸命な考えだ」
ふっ、とクラトスが笑みを浮かべる。特に否はないようだ。
「どうやって潜入するの? 門は閉まってるよ」
門の状態を調べていたジーニアスたちが戻ってくる。これから潜入しようとしているのは人間牧場だ。そう簡単に入らせてはくれないだろう。
「俺が崖から敷地の中に飛び降りて門を開けるよ」
「いや、私が行こう。この程度の門なら飛び越えればいい」
言うや否や、青い羽がクラトスの背中に現れる。ぎょっとしたロイドたちを置いて、ふわりと舞い上がったクラトスはそのまま門の向こうに姿を消した。門の向こう側から聞こえる何かが倒れる音。
その音がやみ、ややあって門が開いた。
「行くぞ、みんな」
倒れているディザイアンたちをとりあえず動けないよう縛り上げ、ロイドたちは奥へ進んだ。
これまでの牧場潜入のように、最初に行ったのは牧場の見取り図を確認することだった。
リフィルが手際よく表示させた見取り図を見上げる。
「……魔導炉はここだね」
コレットが指さした先に、それらしい一角があった。
「かなり奥にあるんですね……」
「牧場を破壊しちゃえばいいんじゃない?」
手っ取り早い方法はジーニアスが言うとおり、牧場を破壊してしまうことだ。
「それをするなら、収容されてる人を助けないと」
「今回は時間がないわ。魔導炉のみを破壊か停止させて、その間にショコラたちを救出しましょう」
牧場を破壊するには、管制室まで行かなくてはいけない。そうなると多くのディザイアンと戦わねばならないだろう。それでは時間がかかる。
「その捕らわれの人々というのはどこにいるのだ?」
「……このあたりじゃないか?」
「魔導炉に行く途中にあるぜ。同時に助け出せるかもしれないぞ」
「それでは時間が足りません。70%のロスです」
プレセアの言葉にロイドは顔をくもらせた。
どうしても捕らわれた人々は助けたい。魔導炉を止めるだけでは、その後ディザイアンたちにどのような目にあわせられるかわからないのだ。
「クヴァルの牧場と同じだ。戦闘力は落ちるが、戦力を分割するしかないだろう」
「ロイド、どうするの?」
「俺は魔導炉に行くよ。ショコラに嫌われてるし」
コレットの言葉にロイドは自嘲気味に笑った。
「クラトスは俺についてきてもらうぞ」
「監視のためか。わかった」
「あとは……」
ロイドの視線がさまよう。と、それがシェスカで止まった。
「今回はシェスカに頼もうかな」
「シェスカちゃんが行くなら俺さまも行こうかな〜って、あいて!」
『シェスカにくっつくなー!』
背後で起こる小さな騒動にシェスカは乾いた笑いを浮かべる。
「だー、時間がないんだって! ゼロスでいいから行くぞ!」
「おーけーおーけー」
ここにしいながいたならば一撃くらっていたかもしれない。
「ショコラたちがいる場所まではこのまま全員で進みましょう。その方が早いわ」
「わかった」
わずかな脱力感を感じながらも、ロイドたちは牧場の奥へと足を進めていった。
「この扉の向こうが収容場所ですね」
「みんな、いい?」
扉の脇に身をひそませ、シェスカは振り返った。その反対側にいるリフィルの言葉にうなずきが返ってくる。
「開くわ」
開閉装置をリフィルが操作すると、ゆっくりと扉が開いた。
「神子さま!」
予想していなかった状況にロイドが息を呑む。神子一行が牧場に潜入したことがどこからか知れたのだろう。収容された人々が反乱を起こしていたようだ。
「ショコラ!」
「動くな! おまえたちか、侵入者というのは! おまえたちの侵入を聞いて、培養体が脱走した! 責任をとってもらうぞ!」
ディザイアンの兵士が武器を突きつけたのは、ロイドたちの知った顔だった。ショコラの顔がこわばる。
動けばショコラがどうなるかわからない。ディザイアンに殴られ蹴られるのをロイドたちは黙って受けるしかなかった。
「うわっ!」
「きゃあ!!」
「くっ……」
隙を作らなければ、一方的にやられるだけだ。
「うわああああ!」
それを救ったのは収容されていた人だろう。簡素な服に身を包んだ男だった。雄たけびと共にディザイアンの背中に突撃する。
「く、きさま!」
「よくも好き放題蹴りつけてくれたな。倍返ししてやるぜ」
『悪役っぽい台詞だね』
にやり、と笑うロイドにディームの声は聞こえない。怒りをぶつけられたディザイアンはあっという間に倒れ縛り上げられていた。
「ありがとうございます」
「……ありがとう」
ディザイアンに突撃した男と視線をそらしたショコラが頭を下げる。
「他に収容された人はいないのか?」
「他の部屋の者はうまく逃げおおせたようです」
途中からディザイアンの警備がまばらだったのは、内部で反乱があったからのようだ。それが結果的にロイドたちの行動を助けてくれた。
「みんなのことは私に任せて。ロイド、気をつけてね」
「ああ、そっちもな」
「うん、だいじょぶ。さ、みなさん行きましょう」
コレットを中心に、救出班が残った人々を集め始める。その人の集まりから少し外れた場所にショコラはたたずんでいた。
「私は……」
「俺に助けられるのが嫌なら、神子に助けられたと思えばいいだろ。早く行け!」
「…………」
何か言いたげだったショコラだったが、ロイドの言葉に踵を返す。
「わざわざ憎まれ役になることもないでしょうに」
「仕方ないだろ」
憮然とした表情のロイドが奥にある扉を見つめる。ロイドたち停止班はさらに進まなくてはいけない。
「行くぞ」
あらかた倒してしまったのだろう。ディザイアンのいない廊下をロイドたちは魔導炉へ向かった。
「ここが魔導炉の制御室か」
「操作方法はリフィルさんから聞いています。爆破もできますが……」
「そうはいかない」
装置へ近づこうとしたロイドたちに割り込む男の姿。その姿を見たロイドが目を見はった。
「おまえは、……フォシテス!」
「ほう。私のことを覚えていたか。やはりイセリアでおまえを逃がしたのが失敗だったな。この始末、私自身の手でつけてやる」
筒状の機械に包まれた左手をロイドたちに向け、男――フォシテスは不敵に笑った。
「退いてください! 早くしないと何もかもが滅んでしまう!」
「滅びるのはきさまら人間だけだ! 我らにはデリス・カーラーンがある。すべての命の源、マナそのものの大地がな! 人間によって汚された大地など、滅びたところで何の問題もありはしない」
あくまで魔導炉の停止を阻むつもりらしい。
「……大いなる実りはユグドラシルにとって唯一無二のもの。我らの邪魔をすれば大いなる実りは死に、おまえが不況を買おう」
「ハハハッ! 知った風な口をきくな。これはユグドラシルさまからのご命令なのだ」
「マーテルが大いなる実りと融合しているからか……。そうまでしてマーテルを守るというのか、あれは……!」
「……おまえは何者だ? ユグドラシルさまをあれなどと……!」
フォシテスはクラトスがクルシスの四大天使だとは知らないのだろう。知っていてもクラトスの言葉に従うとは思えないが―――。
「あーもう、うだうだうるせーなー。てめぇがやってるこたぁ棚に上げて、被害者ヅラしてる連中は放っておこうぜ」
「わかってる!」
時間がない。応酬をしている間にも世界は滅んでいくのだ。
「おまえたちの好きにはさせん!」
「戦うしかあるまい」
クラトスの言葉にロイドたちは剣を抜いた。シェスカも同じように剣を抜く。
「それは……!」
シェスカが手にした赤い刀身の剣。それを目にしたフォシテスが顔色を変えた。
「サハルさまの剣を劣悪種が、なぜ!」
「!?」
憎悪のこもったまなざしを向けられて、シェスカは思わず息を呑む。
「サハルさまが殺されたとは聞いていたが。そうか、きさまら人間がサハルさまを……!」
「ちょ、どういうことだ!?」
シェスカに放たれた一撃を前に割り込んで防御したゼロスが声を上げた。
「師匠はクルシスの天使だったそうですが……」
「え、本当か!?」
「面識があってもおかしくはないが……」
「死ね!」
執拗に向けられる攻撃をシェスカは避ける。
「サハル・レイグレーを知っているなら、なぜこのようなことをするのですか!」
「黙れ、劣悪種が!」
「師匠はどんな相手でも認めず排除しようとする人ではない!」
「くっ……!」
刀身を寝かせたシェスカは、全身の力を込めてそれを振るった。
「そんな、バカな……」
フォシテスの身体がかしぐ。体勢を立て直そうとしたのか、動いた足は空を踏んだ。
「あ……!」
シェスカが思わず手を伸ばす。だが、それもむなしくフォシテスの身体は魔導炉に落ちていった。
「よし、これで魔導炉を止められるぞ!」
「……大丈夫か」
うつむいたシェスカの肩にクラトスが触れる。うなずいたシェスカは、頭を抱えているロイドに駆け寄った。
「……何が何だか、さっぱりわかんねぇな」
「私がやります」
「頼む、シェスカ」
かたかたと操作する音が続く。
「……これで停止です」
その言葉のとおり、魔導炉の動きは止まっていた。
「戻りましょう」
「ああ」
出口へ向かうロイドたちの最後尾、振り返ったシェスカはフォシテスが落ちていった魔導炉を見た。そこにはもう、停止した魔導炉があるだけだった。
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