愛情
目を開くとそこには見覚えのある天井があった。
「ここは……」
寝台の上に身体を起こし、まわりに視線を向ける。見覚えはあるが、同時に違和感も感じてシェスカは首をかしげた。
『レネゲードのシルヴァラントベース。そう言ってたかな』
寝台のすぐ近くから聞こえた声に、シェスカは下を見る。そこにはディームが寝そべっていた。
「ディーム?」
シェスカはディームの姿に目を見はった。前もいつの間にか大きくなっていたのだが、それよりもなお大きくなっている。犬くらいの大きさだったのが、今度は狼くらいだった。
『君がここに来てからけっこう過ぎたけど、何もなくて退屈しちゃったよ』
「ここって……。シルヴァラントベース?」
ユアンがシルヴァラントベースに戻ると言っていたのを思い出した。テセアラと同じようにシルヴァラントにもレネゲードの拠点があるのだろう。
「ですが、なぜ私はここに……」
『気をうしなったままじゃ、ロイド・アーヴィングたちじゃ運べないからね。レネゲードが面倒見るってユアン・カーフェイが言ったんだよ』
「ユアンさんが……」
カーフェイというのがユアンの姓名なのか。
サハルを拾ったことといい、ユアンは何だかんだでの面倒見がいいのかもしれない。不器用でもあるようだが。
「ロイドたちは?」
『ロイド・アーヴィングたちはテセアラに行ったよ』
「テセアラに?」
『そう。アイツをテセアラに送ってから一度戻ってきたんだけど……』
「アイツって……。ミトスのことですか?」
『そう』
ディームはミトスが嫌いなのだろうか。どこか棘のある言葉にシェスカは困惑する。
「それから、またどこか行ったんですか?」
『シルヴァラントの精霊たちと契約してくるって。終わったらまたここに様子を見に来るって言ってたよ』
「精霊たちと契約……」
どれだけの精霊と契約が終わっているのだろう。重要な時に戦えていないことが申し訳ない。
『目が覚めたんなら、ボクはユアン・カーフェイを呼んでくるよ』
「あ、はい」
シェスカが気をうしなっている間に構造を覚えたのか、ディームは器用に扉を開ける。その姿が扉の向こうに消えるのを見て、シェスカはため息をついた。
ディームと言葉で意思疎通ができること、そしてディームが大きくなっていること。それにあまり驚いていないのを自覚していた。それは当たり前なのだという思いすらある。それがどこから来ているものなのか、シェスカにはわからなかった。
と、突然部屋が振動し始めたのに気づいて顔を上げる。どうやら大きめの地震のようだ。
「地震……?」
そういえば、テセアラベースでロイドたちがレアバードを奪取した時も地震が起こっていた。普段あまり大きな地震が起きないのに、この頃は頻繁に起こっている気がする。
「入るぞ」
「あ、はい」
ゆれがおさまった頃にユアンが入ってきた。その後ろにはディーム。
「ユアンさん、地震が……」
「ああ。ロイドたちが精霊と契約しているからな。また楔が抜けたのかもしれん」
「楔……」
相反する精霊がそれぞれふたつの世界をつなぐ楔の役割をしているのだとロイドたちから聞いたことがある。
「シルフとの契約に向かうと言っていたからな。それが終わったのだろう」
「では、そろそろロイドたちが戻ってきますね」
ならば準備をしなければ。
そうつぶやいて寝台から立ち上がろうとしたシェスカをユアンが止める。
「待て。どこに行く気だ?」
「どこって、ロイドたちと合流するつもりですが……」
「おまえはおまえの身体に起こっていることを理解していないのか? ボータがおまえを連れ帰ってから検査を行ったが、またあの模様は広がっているのだぞ」
それは症状が進んでいるということだ。けれどそれがわかったからといって、何ができるわけでもない。
「いいんです、ユアンさん」
「いいとはどういう……!」
シェスカの表情を見てユアンは口をつぐんだ。本人は気づいていないのかもしれないが、そのまなざしはどこかうつろだった。考えることを無意識に拒絶しているのかもしれない。
「……こちらで何か方法がないか調べておく。また何があれば来るがいい」
おそらく来ることはないだろう。
そう思いながら言ったユアンに、シェスカは微笑んだ。
「私たちから話すことは以上よ。残る精霊はテセアラのシャドウ、シルヴァラントのアスカとルナね」
ロイドたちと合流したシェスカは、リフィルからこれまでの話を聞いた。リーガルとアリシアのこと、そして精霊との契約のこと。
「アリシアさんはリーガルさんを仇だとは思っていなかったんですね」
むしろ、その罪の意識を払拭させたくてリーガルを探して欲しいと願っていたのだろう。
「プレセアとリーガルの関係については、私たちは見守ることにしたわ。シェスカもそのつもりでいてくれる?」
「わかりました」
これは当人たちの問題だ。まわりが不用意に何か言えば、かえって悪い方向に進みかねない。
「おーい。先生、シェスカー! そろそろ行くぞ!」
「わかったわ」
精霊との契約は先にシャドウのいる闇の神殿へ行こうという話になったらしい。というのも、アスカは常に移動しているために見つけにくいのだそうだ。リンカの笛があれば呼ぶこともできるらしいが、リンカの木はほとんど枯れてしまっていて見つけにくいという。
ミトスがジーニアスに手渡した笛はリンカの笛だったらしいが、先の絶海牧場の件で壊れてしまっていた。
「ねえ、シェスカ」
「はい?」
レアバードを起動させていたシェスカは、リフィルの声に顔を上げる。
「もう少し状況が落ち着いたら、あなたのあの力について聞かせてもらえないかしら」
「……わかりました」
隠したところで、一度見せてしまっている力だ。シェスカは素直にうなずいた。
「うわぁ……。真っ暗だねぇ……」
「闇の精霊の力のようね。このあたりに強く影響しているんだわ」
闇の神殿は一歩前すら見えないような暗闇が広がる場所だった。
「それにしても暗すぎるだろ。……うわっ!」
「うぎゃっ!! 俺さまの足が〜!!」
そこらかしこで悲鳴が上がる。
「このままじゃ先に進むのは無理よ」
『魔物の気配がする』
「魔物もいるようです。引き返すしかありませんね」
内部がどうなっているかわからない。魔物もそうだし、うっかり穴に落ちる可能性もある。
「精霊研究所に行ってみよう。前にここを調査したらしいから、この闇を晴らす方法を知ってるはずさ」
しいなの言葉にリフィルがうなずく気配。
「そうね、そうしましょう。さあみんな、外に出るわよ」
「はーい」
「お、俺さまの、足が……」
ゼロスの足についているもの。それを見ようとするものはいなかった。
精霊研究所に入るのは、エレメンタルカーゴを受け取った以来だ。
「しいな! それにみなさんも……」
出迎えてくれたのは以前エレメンタルカーゴを用意してくれた研究者だった。
「みんなにちょっと頼みがあるんだけど、いいかい? 実はシャドウの……」
しいなが研究員たちに状況を説明する。闇の神殿の奥へ進みたいが濃い闇のために進めないことを。
「なるほど。それならブルーキャンドルがお役に立つでしょう」
「闇の力を打ち消す聖なるろうそくね。そんなものがここに?」
さすがにリフィルというべきか。ブルーキャンドルの名前に目を光らせる。
「はい。古文書を頼りに、我が研究所で複製に成功しております」
「じゃあ、悪いんだけどそれをひとつ貸してくれないか?」
「それはもちろん……」
「おい!」
うなずきかけた研究者を止めたのは別の研究者だった。ここにいるということは、同じハーフエルフなのだろう。
「こいつらのせいでケイトが捕まったんだぞ。そんなやつらの力になるのか!?」
「しかし、しいなの仲間だ」
研究者同士で何やら言いあう二人にロイドが首をかしげる。
「ケイト? ケイトがどうしたんだ?」
「ケイトが罪人をかくまって逃がした罪で処刑されるそうなんです。それでメルトキオに連行されてきたと聞きました」
「それは……」
「俺たちのせいか……。くそっ!」
ロイドたちの行動にいろいろな人を巻き込んでしまっている。仕方がない、とは思い切れない。
「ロイド! ケイトさんを助けてあげようよ!」
「ロイドさん……。私、私も助けてあげたいと思います」
「そうだな。でも、どうやって……」
王都に連れてこられた者を奪還するのは難しい。牢の警備は厳重だろう。
「闘技場で行われている試合に出てはどうだ」
「闘技場〜? どうしてまた……」
「あ……」
何かに思い至ったのか、シェスカが声を上げた。
「あれは元々、罪人と猛獣の戦いを鑑賞するために作られた施設だ。罪人を闘技場へ連行するため、監獄につながっている」
「……そういや、あんたも檻の中にいたんだっけな」
「猛獣を入れるための通路があるので、脱出はそこを使ったらどうでしょうか。いまは使われていないらしいので、人の目はないかと」
闘技場で戦ったことがあるシェスカにロイドもうなずく。
「本当にケイトを助けてくれるのなら、俺が責任を持ってブルーキャンドルを用意してやる」
「よし、わかった。みんな、闘技場へ急ごう」
いつ処刑が行われるのかわからないのだ。ロイドたちは精霊研究所を出てすぐ、闘技場へ向かった。
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