運命を壊して
「我々はここの魔導炉に用がある。ここをまっすぐ進めば、牧場へつながっているはずだ」
ロイドたちを予定通り牧場の入口まで案内したボータは、奥へ続く道を指さした。
「わかった」
ロイドがうなずくのを確認して、踵を返す。ロイドたちに教えたのとは違う道に行こうとして、ふとボータは振り返った。
「そうだ、ひとつ言い忘れていた。おまえたち、行く先々の牧場を破壊しているようだが、魔導炉は大いなる実りの発芽に欠かせないのだ。ここは破壊するなよ」
そう言い置いてボータと数人のレネゲードは去っていく。残されたロイドたちはリフィルへと視線を向けた。
「だってよ、リフィル」
「……別に意味なく破壊していた訳ではなくてよ」
好きで破壊していたのではない、とリフィルは顔をしかめる。
「やはり魔導砲を無力化させるには管制室に行く必要があるようだな」
「収容されている人たちを助けて牧場を破壊、ができないのならばそうするしかないでしょうね」
「俺のカンでは、多分一番奥だな。ここだと最上階だぜ」
入口は最下層へ続いている。その様子を見ると、管制室は一番上だろう。
「さすがロイドー!」
「もう何度もこういうところに来てるもんね。わかって当たり前だよね」
「…………」
むしろ何度も来ていて法則がわからない方が問題だ。言外にそう言ったジーニアスにロイドは沈黙した。
「よし。んじゃまー、管制室とやらを探すか」
ゼロスの足が牧場の中へ続く通路へと向かう。
『シェスカ?』
「……大丈夫です。行きましょう」
立ち止まったシェスカにディームが声をかける。それに微笑んで見せたシェスカも、ロイドたちの後を追った。
牧場の中にけたたましい警報音が響く。それは人間たちを収容していた部屋で異常が起こったことを示していた。
人間たちが脱走している。その情報は警備中のディザイアンたちに瞬く間に伝わっていった。
「脱走の手引きをしたのはきさまだな!」
ディザイアンがエレベーターで降りてきて最初に見つけたのはシェスカ。
「…………」
詰め寄ろうとするディザイアンに微笑んで、シェスカは上を指さして見せた。上を見上げたディザイアンたちは、次の瞬間与えられた衝撃に倒れこむ。
「お疲れ様です。ロイド、コレット」
「先生の作戦どおりだな!」
「これで上に行けるね」
牧場内にあったエレベーターで上へと進んでいたロイドたちだったが、エレベーターはある一定で止まってしまった。他にエレベーターらしいものがないことから、おそらく何らかのロックがかかっているのだろう。
ならば、動かさざるをえない状況にしてディザイアンに動かしてもらえばいい。そう言ったのはリフィルだった。
「さっすがリフィルさまだよな〜」
「収容された人たちに反乱を起こしてもらうなんて、ちょっとあくどい気はしたけどね」
「さっきも言ったけれど、手段を選んでいる場合ではなくてよ」
結果的にうまくいったのだから、いまは先に進むことを考えるべきだろう。
「まだ仕掛け、あるのかな……」
「さあ……」
げっそりとロイドがつぶやく。
ここに来るまでにエレベーターなどを含めて様々な仕掛けがあった。それも解いていくのが面倒なものばかり。
「何をやっているの。行くわよ」
「はーい」
リフィルの言葉にロイドたちはエレベーターに乗り込んだ。
扉を開くと、そこにはいままで見てきた牧場に共通する機械があった。ロイドたちが入ってきた扉とは逆にも扉。
その扉の上にロディルの姿があった。
「生きておったか……。神子くずれとその仲間めが。ゴキブリ並みの生命力だのう」
不気味にも見える笑みをロディルは浮かべる。
「……ヴァーリと二人で、私をだましたんですね」
「プレセアか。おまえがその小さい身体でクルシスの輝石を作り出してくれていれば、もっと大事にしてあげたのですがねぇ」
「……消えなさい!!」
「フォッフォッフォッ。まあ、そういきりたたずに投影機を見なさい。これからちょっとした水中ショーを見せよう」
ロディルが手元の機械を操作する。と、投影機に映ったのは収容されていた人々だった。彼らはロイドたちとわかれた後、下の牧場入口へ向かっているはずだ。
「……っ! 水が……!」
下からだんだんと水がせまってくる。エレベーターに戻ろうとした彼らは、けれどそれが動かないことを知って愕然とした。
「ひ、ひどい!」
「みんなが、殺されちゃう!」
「……ゲスが!」
普段は冷静なリーガルさえ声を荒げる。
映像は彼らの足元まで水が迫ったところで途切れた。けれどその後のことは簡単に想像できる。
ロディルが水中ショー、と言ったのだから。
「てめぇ! やめろ、いますぐ海水を止めるんだ!」
「無駄だ」
ロイドの剣をかわし、意外な身軽さで身をひるがえす。
「おまえたちがここに乗り込んできた訳はわかっていますよ。おおかた、我が魔導砲を無力化しようというのでしょう。残念でしたねぇ。魔導砲へ続く通路は海水で満たしてあげましたよ!」
「そんなことのために牧場の人たちを見殺しにしたの! 許せない……」
「劣悪種の命など知るか! 魔導砲はクルシスの輝石さえあれば完成する。あのトールハンマーさえあればユグドラシルもクルシスもおそるるに足らんわい。目障りな救いの塔も魔導砲で崩れ落ちるだろう」
楽しげに笑うロディルにロイドたちの怒りは大きくなる。
「救いの塔を破壊して、一体何になるんだ」
「くくく。おまえたちのような下等生物には関係のない話だ。わしはようやくクルシスの輝石を手に入れたのだからな! どれ。まずはわしが装備して輝石の力を試してやるわい」
止める間もなくロディルが取り出した輝石を身につける。
「ロディルの身体が……」
キリアの時と同じように、ロディルの身体が変化していく。瞬く間にロディルの身体は二倍ほどの大きさになっていた。
「うわ!」
太い腕が振り下ろされる。金属のようにになっているそれは、当たるだけでも危険なものだ。ロイドが斬るが、その腕ではじき返される。
「肌を狙いなさい!」
「わかった!」
わずかに残る肌。他に攻撃が効かなくても、そこは傷つくはずだ。。
ジーニアスの魔術がロディルの目の前で発動する。それから身を守ろうと腕を突き出したその隙に飛び出したのはプレセアだった。
「はあああ!」
斧を一閃させると、ロディルの肩に近いところがすっぱりと斬れる。元々人間の肌とは違う色になっていた腕は徐々にくすんだ色になっていった。
「くぅ、何ということだ……。私の身体が……。身体が、朽ち果てていく! だましたな、プロネーマ……!」
「!」
ロディルにクルシスの輝石を渡したのはプロネーマだったのか。だとすると、クルシスはロディルが裏切ろうとしていたことに気づいていたのかもしれない。
「しかしただでは死なんぞ。きさまたちも道連れだ!」
最後の力か、倒れこむように機械に近づいたロディルは何やら操作する。次の瞬間に響き渡る警報音。
「いけない! 自爆装置だわ!」
「爆破するなってボータさんが言ってたよね!?」
魔導炉まで爆破されてしまえば、大いなる実りにマナを照射するという作戦が行えなくなってしまう。
「くそっ! 止めるんだ!」
「無理です。私たちの中でこの機械をまともにあつかえるのは、リフィルさんくらいしか……」
「俺さまたちはテセアラ生まれでも魔科学の仕組みなん座ほとんど勉強しねぇからな」
「先生!」
リフィルはすでに操作にとりかかっていた。その顔には焦りが浮かんでいる。
「わかっています! でも、一人では追いつかないわ!」
「どこを操作するのか教えてください。多少なら私も……」
「我々が引き受けようぞ。おまえたちはそこの地上ゲートから外に出て脱出するのだ」
ロイドたちが入ってきたのとは別の扉から現れたボータとレネゲードの兵士数人が機械の操作に向かった。
「ボータ! 無事だったのか!」
「そんなことは後でいい。早く外に出ろ。おまえたちがいては足手まといだ」
「……わかった」
ボータにうなずいてロイドたちは地上ゲートから外に出る。
「あ……!」
振り返ったシェスカが声を上げた。管制室の足元から水が上がってきている。それに気づいているのかいないのか、ボータたちは作業を続けていた。
「大変だ! あそこのドアを開けてやらないと」
ロイドとジーニアスが扉を開けようとするが、扉はびくともしない。
「だめだ! 開かないよ!」
「どけ!」
リーガルが正面のガラスに蹴りを入れるが、強烈なはずのその蹴りをもっても傷ひとつつかなかった。
「ボータたちだわ。水が来ることを知っていて、わざと鍵をかけたのよ」
「どうしてですか!」
「扉が開けばここにも水が押しよせてくる。ここは見ればわかる通り、天がドーム状に覆われているわ。水の逃げ場がないのよ」
そうなれば、結果は見えている。ここにいる全員が溺死するのだ。
「……私たちを、助けるため?」「そんなのだめ! 何とかできないの!?」
「自爆装置は停止させた」
ガラスの前までボータたちが上がってくる。その表情は死を目前にしているとは思えないほどおだやかなものだった。
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