いい変化、悪い変化


「……というわけさ」
「そうですか……」

 レアバードに乗りながら、これまでの経緯を聞いた。
 コリンの死。ヴォルトとの契約。

「ディームはミズホの里で預かってもらってるぜ」
「ありがとうございます。コレットを取り戻したら迎えに行かないといけませんね」

 鳴いてるディームの姿を想像しシェスカは苦笑する。と、次の瞬間には真剣な表情になった。

「クラトスさんが東、と言ってたんですよね」
「ええ。東の空へ向かえと」
「確かに、私が落ちる直前まで飛竜は東へ向かって飛んでいました」
「東を重点的に探すしかあるまい」

 リーガルの言葉にロイドがうなずく。
 クラトスの言葉どおりに東の空を探した結果、それはあった。





 ロイドがレアバードから飛び降り、着地したのは空にある陸地だった。どういう原理で浮いているのかはわからないが、それが飛竜の巣なのだろう。
 ロイドに続いて、ジーニアスたちも飛竜の巣に降り立つ。

「コレット!」

 巣の中心に光の檻。その中にコレットがいた。

「……ロイド! 来ないで、罠だよ!」
「え……?」

 駆け寄ろうとしたロイドをコレットの声が止める。だがすでに遅く、ロイドはコレットのすぐ近くにいた。
 と、戸惑うロイドの目の前に何かが浮かび上がる。それはロディルだった。

「いままで私を利用してきたこと、許せません! コレットさんを返しなさい!」

 プレセアが斧を振り上げつつロディルに向かっていく。がつん、と重たい音が響くが、それがロディルを斬ることはなかった。

「幻……!?」

 リフィルが驚きの声を上げる。
 プレセアの斧は確かにロディルに命中していた。だが、斧はロディルの身体をすり抜けている。立体映像というものなのだろう。

「フォッフォッフォ。そんなできそこないの神子などくれてやるわい! どうりでユグドラシルさまが放置しておく訳じゃ」
「できそこないだと!?」
「そうじゃ。その罪深い神子では、我が魔導砲の肥やしにもならんわい。世界も救えぬ、マーテルさまにも同化せぬ。挙げ句、こうして仲間を危機におとしいれる。神子はまさにおろかなる罪人と言う訳ですなぁ」

 したり顔で言うロディルに、プレセアが見せたのは怒りの表情。

「コレットさんに、ありもしない罪をなすりつけないで……!」
「それはすべてを仕組んだあなたの罪ではありませんか!」
「そうだ。罪を背負うのは私だけでいい。私とそして愚劣なきさまこそが罪そのもの! おろかなる者よ、私と共に地獄に堕ちるがいい!」

 リーガルの言葉にロディルは表情を変えた。

「わしがおろかだと? ふざけるでない、この劣悪種共が!」
「みんな、逃げて!」
「わしの可愛い子供たちよ。劣悪種共を食い散らかすがいい!」

 高らかに言い放つと同時にロディルの姿が消える。入れ替わるように舞い降りてきたのは、ロディルの飼う飛竜だった。

「戦っちゃだめ! 逃げて!」
「……飛竜、竜族亜種。肉食を好み、動くものを捕獲し、餌とする。このせまい足場でにげ切る確率は1パーセントです」

 プレセアの冷静な判断にゼロスが顔色を変える。

「冗談だろぉ! 死ぬのはごめんだぜぇ!」
「食われる前に倒せばいいんだよ!」
「真理だな。このままおとなしく食物連鎖の中に沈むこともあるまい」

 ロイドが剣を抜くのにうなずいて、リーガルもかまえの姿勢をとった。
「うわっ!」

 ロディルを乗せていたものとは比べものにならないくらい大きな飛竜。それが顔を出し、ロイドたちに襲いかかる。それと同時にロディルを乗せていた二匹の飛竜が爪を振り下ろしてきた。空中にいる飛竜とは違い、足場が限られたロイドたちに苦戦は必至だった。

「落ちないようにするだけでも大変ですね」
「のんきに言ってる場合かい!」

 しいなが悲鳴に近い声を上げる。

「…………」

 飛竜の爪を剣で受け止めたシェスカは、ちらりと横へ視線を向けた。どうにか爪を振り払い、飛竜から距離をとる。

「……ゼロスさん!」
「どうした、シェスカちゃん!」
「飛竜を少しだけ引きつけててもらえますか!?」

 考えがある、と視線で言えばゼロスはうなずいた。
 ゼロスが飛竜を引きつけている隙に、シェスカは巣の片隅へと走っていく。そして岩を蹴り上げ宙を待った。落ちていく先にあるのは大きな飛竜の背。

 そこに剣を突き刺し抜くと、大きな飛竜がはげしく身をよじった。小さな飛竜がその動きに巻き込まれる。

「……っ!」

 宙に投げ出されたシェスカをゼロスが受け止めた。

「致命傷にならなかったのかい!?」
「あと少しだろう」

 体勢が低くなった飛竜へリーガルが跳んだ。空中で身体を反転させ、その勢いのまま頭に蹴りを入れる。

「ロイド!」
「でやあああ!」

 倒れた飛竜の背にロイドが飛び乗った。シェスカが一度、剣で突き刺したところにもう一度剣を突き刺す。今度は深い。
 そのまま飛竜は起き上がらなくなった。

「これでコレットを……」
「もうだめ。……間に合わない!」

 コレットの足元が光を放つ。よく見ると、そこに魔方陣が描かれていた。その光が巣全体に広がっていく。

「我々を喰らおうとする、このまがまがしい光はいったい……」

 魔方陣から離れようとするが、足は縫いとめられたように動いてくれない。

「か、身体が動かないよ!」
「コレットだ! コレットの体内のマナがボクたちの方に逆流してきてるんだよ!」
「コレットの下にある魔方陣の影響だわ!」
「コレット! そこから逃げるんだ!」

 ロイドの声にコレットは首を振った。

「だめ……! 鎖でつながれていて動けないの。ごめんね、みんな。私、世界を救うことも、みんなを助けることもできない、中途半端な神子だったよね。ロディルの言うとおり、罪深い神子なのかも」
「……順序を取り違えたらだめです!」

 プレセアの足がゆっくりと上がり、一歩、また一歩とコレットに近づいていく。

「あなたは悪くない。悪いのは、神子に犠牲を強いる、……仕組みです!」

 魔方陣の上に足を乗せたプレセアが悲鳴を上げた。中心へ行くほど、マナの奔流が強くなっているのだろう。

「プレセアさん!」

 苦しいだろうに、それでもプレセアは動きを止めなかった。斧を光の檻へ振り下ろすと、それは砕け散って消える。それと同時にマナの逆流もおさまった。

「プレセア!」

 負担は大きかったのだろう。プレセアの身体が崩れ落ちる。それを受け止めたコレットは微笑を浮かべた。

「……ありがとう」

 感謝の言葉はプレセアに届いているだろう。

「おい、足場がやばいぞ!」

 異変に気づいたのはゼロスだった。戦いの影響か、それとも魔方陣が消えたためか、巣がだんだんと下降している。落ちていっているのだ。

「早く逃げよう!」
「ロイド、私は……」

 コレットの言葉を最後まで聞かず、ロイドはコレットに手を差し出す。

「コレット! 生きるんだ!」
「……う、うん」

 レアバードで空へと飛び立つと同時に、爆風とも呼べるような強い風がロイドたちをあおった。そのまま飛ばされていき―――。





「みんな、大丈夫か?」
「俺さまは生きてるぜ〜」

 枝に引っかかったままの状態でゼロスがひらひらと手を振る。木々がクッションとなってくれたおかげで、大きな怪我はしなかったようだ。

「みんな、大丈夫そうだね」

 続々と枝から降りてくる仲間たち。その中でただ一人、プレセアだけが気をうしなっている。リーガルがとっさに抱えてレアバードに乗らなければ、今頃命はなかっただろう。
 いまはリフィルが様子を見ていた。

「……しかしあのロディルとかいう不気味な男、何が目的でコレットを誘拐したのだ?」
「魔導砲の制御に、クルシスの輝石が必要だとか言ってた。でも、私のはだめなんだって……」
「魔導砲……?」

 聞き覚えのある名前にロイドが首をかしげる。

「前にハイマで助けたピエトロも魔導砲のことを言っていたわね」
「どちらにせよ、いいものではないと思います。相手があのロディルですから」

 注意しておいた方がいいだろう。

「う……」

 小さな声が足元から聞こえてくるのに、ジーニアスがはっとプレセアへ視線を向けた。プレセアが目を開けきょろきょろしている。

「プレセアが気づいたよ!」
「コレットさん……。無事、でしたか?」
「うん。プレセアのおかげだよ」

 コレットがうなずくと、プレセアは息を呑んだ。ややあってその口の端が上がる。
 にっこりと、満面とも言える笑みがそこにあった。

「プレセアが、笑った……!」
「……やはり、似ている……」

 ジーニアスはつられて微笑み、リーガルは何やら思案し。

「さーて、かーわいいプレセアちゃんが笑ったところで、そろそろ次のことを考えようぜ」
「そうだよね。コレットもシェスカも戻ってきたし、この後はどうするの?」
「決まってる!」

 ジーニアスの問いにロイドは即答だった。

「世界をふたつに切り離すんだ」
「ふたつの世界の精霊と契約するんだな」
「あたしの出番だね。わかったよ」

 ヴォルトとの契約時に何かあったのだろうか。その場にいなかったコレットとシェスカが首をかしげる。

「ふたつの世界で同時に精霊が目覚めれば、ふたつの世界をつなぐマナが分断されるんだよ!」
「それは、互いの世界がマナを搾取しなくてすむということですか?」

 それは少なくとも、神子を必要としなくなるということだ。

「手始めに土の精霊ノームと契約するのはどうだい? ここから近いはずだよ」
「よし、そうしよう。……先生? それでいいよな」

 うつむいたリフィルにロイドが声をかけると、リフィルははじかれたように顔を上げた。

「……え? ああ、そ、そうね。それでいいわ」
「先生……? 何か元気ねぇなあ」
「なんでもないのよ。とにかく行きましょう」

 引っかかったレアバードを一度ウィングパックに戻し、もう一度出して乗り込む。

「……あ」

 その時、シェスカが声を上げた。



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