戦いは続く


「おーい、大丈夫か?」
「……っ、ぅ」

 光をまぶたの裏で感じて、シェスカは小さく声を上げた。寝返りをうつと、ほっと息をつき───。

「…………っ!?」

 思いっきり飛び起きた。

「おー、起きたか」

 のんびりとした声にシェスカは顔を上げる。そこにいたのは見知らぬ男だった。

「私……?」

 記憶をさかのぼる。
 最後の記憶は、ユグドラシルという青年と対峙したものだった。それがなぜ、このような草原にいるのだろう。

「盗賊にでも襲われたか? 最近はメルトキオに近いといっても物騒だからなぁ」
「…………メルトキオ?」

 聞こえてきた単語にシェスカは首をかしげる。

「なに寝ぼけたこと言ってんだ。メルトキオはテセアラの王都だろう」
「テセアラ!? ……とと、すみません」

 男の視線があやしげなものを見るそれに変わったのに気づいて、シェスカはあわてて取りつくろった。

「すみません。メルトキオに向かう途中で襲われて、混乱してて……」

 そう言ってからはたと気づく。

「あっ!」

 腰に手をやれば、剣は師のものも含めてあった。防具にも問題ない。しかし、それ以外がない。

「路銀も、何も……!」
「ははあ、とられちまったんだな」

 なぐさめるように肩をたたかれて、シェスカはうなだれた。

「メルトキオまでなら乗せてやれるから、そこで身の振り方を考えたらどうだ?」
「……そうします」

 そうするしか、いまのシェスカにはなかった。

「到着したぞー」

 エレカーと呼ばれている運搬車の荷台に乗せられていたシェスカは、様々な場所に向けていた視線を戻した。

「メルトキオですか?」
「ああ」

 足元に気をつけながらエレカーの外に出る。
 目の前に広がる光景にシェスカは息を呑んだ。立ち並んだ家々、道行く人々。そのすべてがパルマコスタの比ではない。
 ここがテセアラなのだということ、テセアラが繁栄世界なのだということを改めて実感した。

「ところで、あんたはなんでメルトキオに向かってたんだ?」
「えっと……」
「まさか闘技場に参加する訳じゃないよな? そのつもりならやめとけ。賞金は出るが、負ければ怪我どころじゃすまないかもしれないぞ」

 男の言葉にシェスカは考え込んだ。傭兵としての経験はあるが、土地勘のないテセアラでは役に立つとは思わない。

「あとな、それは隠しておいた方がいいぞ」
「それ?」

 男の視線が額に向かう。無意識に額に触れたシェスカは、慣れない感触に動きをとめた。

「エクスフィアをつけてるやつは目立つからな。……ほれ」
「ありがとうございます」

 ついでとばかりに投げられた布を受け取り、額に巻きつける。

「とりあえず、何か仕事がないか探してみます」
「おう、がんばれよ」

 ひらひらと手を振る男に応えて、シェスカも手を振った。
 これからどうしよう。
 内心、そんな思いをめぐらせながら。





「……これくらいが妥当ですか」

 道具屋を出たシェスカはため息をついた。手の中には五千ガルドがある。それはシェスカがいままで使っていた剣を売って得たものだった。

「仕方ありませんよね」

 シェスカがまず大切だと考えたのは、情報を集めることだった。仲間がシルヴァラントにいる以上、シェスカも戻る必要がある。

「しいなさんは、確かにテセアラから来たと言っていた……」

 それはシルヴァラントへ戻る方法があるということだ。その方法を知るために、情報は大切なもので。

「ロイドたち、大丈夫でしょうか……」

 最後に見たコレットの様子も気がかりだった。それがなお、シェスカの気を急がせる。
 だが、得た路銀は少なかった。
 剣を売って得たのが一万ガルド。旅に必要な道具などを買い、残ったのは五千ガルドだった。
 これでは長距離を旅するのは難しいだろう。

「やはり、短期間で路銀を集めるならここしかありませんね」

 わああ、と歓声が外にも聞こえてくる。
 シェスカが見上げたのは闘技場だった。

「……師匠、どうか力を貸してください……」

 どうしても売れなかった師の剣にふれ、シェスカはつぶやく。
 仲間のいない、一人きりの戦いは久しぶりだった。





「ゼロスさまぁ」

 自身の名を呼ぶ猫なで声に、彼──ゼロスは振り返った。

「よう、ハニ〜。ご機嫌麗しく、今日も美しいな〜」
「まあ、ゼロスさま」

 ゼロスの言葉に、声をかけた女は頬を赤く染める。

「ゼロスさまをこのような場所でお見かけするとは思いませんでしたわ」
「まあ、ゼロスさま!」

 ゼロスの姿に近づいてくる女たち。きゃあきゃあと騒ぐ女たちに、けれどゼロスはにこやかに対応する。

「まあまあ、ハニ〜たち。ここはみんなで仲良く闘技場見物といこうぜ〜」
「ということは、ゼロスさまも噂をお聞きになったのですか?」
「まあな」

 最近のメルトキオで、闘技場に出場する少女剣士のことが噂になっていた。いわく───、

「『そこらの男より強い』ってな。俺さまとしては、どんな女性か気になる訳よ」
「まあ、ゼロスさま。そのような女、魔物のような姿をした女に決まっていますわ」
「闘技場で女が戦うなどと、野蛮ですもの」

 その『野蛮』なものを女たちは見に来ている訳だが、それを指摘する者はいなかった。

「それに───……」
「まもなくはじまります。参加者の方はお越しください」

 受付の声に見物客もわらわらと移動する。
 その時、ゼロスに何かがぶつかった。

「す、すみません。急いでいて……」

 まだ少女なのだろう、若い女の声。

「大丈夫かい、ハニ〜?」

 手をとりその甲に唇を寄せながら、ゼロスはささやく。これでだいたいの女はイチコロのはず、だったのだが───。

「あ、はい、大丈夫です」

 するりと手が抜かれる。
 走り去る少女の腰には剣。

「ゼロスさま、行きましょう?」

 それに何かを考えるより先に、まわりの女たちが声を上げた。

「行こうか、ハニ〜たち」

 そう行って、ゼロスは闘技場へと足を向けた。
 熱気がうずまく、その中に。





『姿に似合わぬ剣さばきで敵を斬る! 少女剣士が参上だぁ!』

 その言葉にひときわ大きな歓声が上がる。歓声に導かれるように、シェスカは一歩を踏み出した。

「……あの剣士……」

 客席にいたゼロスは、見覚えのある少女に目を見開いた。先ほどゼロスとぶつかった少女だ。
 あれが噂の少女剣士なのだろうか。

『一回戦、レディー……』

 がらがらとシェスカの目の前の檻が上がる。そこから飛び出してきたのは魔物だった。

『ファイッ!』

 合図と共にシェスカの足は地を蹴った。
 魔物の腕を横にかわし、すれ違いざまに一閃。腕を斬られた痛みにその魔物がひるんだところで、向かってきた別の魔物がいた。
 その魔物の頭上に跳ぶ。空中で一回転したシェスカは、その勢いのままに斬りかかった。
 断末魔の悲鳴が響く。

「!」

 死角からまた別の魔物。
 とっさに身をひねったが、避けきれなかった爪がシェスカの頬をかする。横一線に入った傷に、けれどシェスカはひるまなかった。魔物がもう片方の腕を振り上げるのを、蹴り上げて跳ぶ。

「……っ!」

 にぶい音が響いて、観客席からも悲鳴が上がった。
 背後から向かってきた魔物の爪が、シェスカの肩を刺していた。利き腕ではなかったことが幸運だったろうか。シェスカは対峙していた魔物を斬り、背後の魔物に振り向きざまに一閃した。
 二体の魔物が倒れたのはほぼ同時だった。

『少女剣士、また勝ったー!!』

 歓声が上がる。
 その中をシェスカは一人、立ち去った。





「ハニー、見事だったぜ〜」

 闘技場から出たシェスカは、軽い調子で声をかけられて視線を上げた。

「いや〜。まさかハニーみたいな可愛い子が闘技場にいるなんてな〜」

 俺さま、不覚〜。
 そう言いながら近づいてくるのは、まだ若い青年だった。しいなより何歳か上だろうか。
 そんなことをぼんやり思っていたシェスカは、青年が手を伸ばしてくるのに気づいて我に返った。

「さわらないで!」
「うお!?」

 鋭い拒絶の言葉に青年が手を止める。

「まあ! ゼロスさまがわざわざお声をかけてくださったのに……」
「神子さまになんて言い方!」
「相手が誰であれ、同じことを言います」

 シェスカはまっすぐなまなざしをゼロスに向けた。

「戦いが終わったばかりの人間に、不用意にふれるべきではない」
「そう言うのは、ハニ〜が怪我してるからかい?」
「それは……」

 シェスカがさりげなくかばっていたのは左腕。それは先ほどの戦いで傷を負った場所だった。
 誤魔化すこともないと思ったのか、シェスカはうなずく。

「応急処置も終わっていません。魔物の体液に毒があった場合、傷口や血から毒におかされる可能性もあります」

 おまけに、不用意に近づいてくる人間が敵ではないかと疑わなくてはいけない状況にシェスカはあった。

『ごめんなさい。私たちでは治療できません』

 シェスカに活躍されては困る人間がいるのだろう。治療を受けられずに闘技場をあとにするほか、いまはなかった。

「そこまでして、何のために戦うんだ?」
「……戦うためです」
「は?」
「大切な人たちと一緒に戦うためです」

 ゼロスを見上げていたシェスカは、ふと苦笑した。理解できない、とまわりの表情が言っている。

「失礼します」

 シェスカが踵を返す。ゼロスは引き止める言葉を持たないまま、その背中を見送るしかなかった。



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