むかしむかし
ユニコーンは自身に背を向ける少女に声をかけた。少女がゆっくりと振り返る。
『何を見ていた? ……いや、見ていたというのは変だな』
少女の瞳は閉じられていた。それが開いても何かを映すことがないとユニコーンは知っている。
十数年前に預かり、これまで育ててきたのはユニコーンなのだから。
「風が変わりました」
『風?』
「血の匂いが混じったものではない、森の匂いが混じった風───」
そうして少女はまた顔を向けた。その方向には森の入口がある。
『……いよいよ来るのか』
「おそらく」
うなずく少女はわかっているのだろうか。否、わかっているのだろう。
「運命が決まる。世界は生きるのか、」
『死んでいくのか』
少女の言葉を引き取って、ユニコーンはつぶやいた。
「……一人、病を持っている方がいます。清らかな乙女だからこそ、ユニコーンを頼ってきたのでしょう」
『ならば、その乙女を私の元に』
「わかりました。お迎えにあがります」
こつこつ、と少女が長い杖をついて歩を進める。それを見送ったユニコーンは、少女の背中に向かってつぶやいた。
『おまえは選ぶのだな。……どちらにせよ、待つのは―――』
世界を旅する少年がいるのだと噂になっていた。ふたつの大国が起こした戦争を止めるために、世界各地で精霊たちと契約しその助力を借りているのだと。
その少年が精霊と契約するうちに少女の元へとたどり着くことを、少女もユニコーンも予見していた。どのような形であれ、少年は少女と出会う。
「ここはユニコーンの森です。清らかな乙女以外はこれ以上進むことはできません」
「お願いします、姉さまを助けてください!」
必死に近づいてきた声はまだ幼かった。少女のものにも聞こえるそれはまさしく少年のものだと理解する。
ふわり、と流れてきた風に彼女は目を見開いた。
森の匂い。
ならば、いま目の前にいるのだろう少年が精霊と契約しているという───。
「必要なものはここにあります! だから……!」
「大丈夫」
穏やかな声が響いた。少女よりも少し年上だろうか、女の声。
他にもふたつ、なりゆきを見守っている気配がある。
「ここからは私が案内人となります。どうかお待ちください」
こくり、とうなずく気配がした。
(Once upon a time)
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