何かの代わりに


 荒野を流れる乾いた風が髪を揺らす。冒険者の町ハイマ。そう呼ばれる町の久しぶりの感触に、シェスカは目を細めた。

「しばらく戻ってませんでしたからね」

 だいぶ前に戻ったきりだ。

「ここがシェスカのふるさとなの?」
「いえ、拠点として使っている場所なんですが……。……第二の故郷でしょうか」

 家と呼べる場所もハイマにある。

「ところで、ピエトロさんはどこに?」
「宿屋にいるはずなんだけど……」

 シェスカの言葉にしいなが指さしたのは、町の中心にある小さな宿だった。
 扉を開くと、小さな鐘が音を立てる。

「しいなさん!」

 しいなの姿に声を上げたのは、宿の主人の娘だった。名前をソフィアといい、シェスカも顔見知りだ。

「ピエトロはどうしたんだい?」

 しいなの言葉にソフィアは顔をくもらせた。

「……亡くなりました」
「何か言ってませんでしたか? 人間牧場のこととか」

 ジーニアスの言葉にソフィアは首を振る。

「さ、さあ……。本当にそこから逃げてきた人かどうかもわかりませんし」
「その人の遺品はどうなっているのかしら?」
「遺品なんていっても、何もありませんよ」
「お墓はどこです?」
「冒険者たちの墓場の一番奥です。……言っておきますけど、墓を暴こうなんて考えは起こさないでくださいね」

 ソフィアを安心させるようにシェスカは微笑む。それが伝わったのか、ソフィアも肩の力を抜いた。

「とりあえず、お墓に行ってみましょう」
「お墓はここから奥の坂を上がったところにあります」

 慣れた様子で坂を上がっていくシェスカ。やがて見えてきたのは、簡素な墓が並ぶ広場だった。

「これがピエトロさんのお墓だと思います」

 真新しい墓に彫られた名前は確かにピエトロと書かれている。

「墓を暴く……、のはだめでしょうね、やっぱり」
「とりあえず、お祈りしましょう。あれ……?」

 祈ろうとしたコレットは、突然現れた男に目を見張った。

「ミコ、マナ、シ……、シヌ」
「な、何言ってるんだろ」
「ピエトロ! あんた、死んだって……」

 しいなが声を上げる。それが聞こえたのか、次に現れたのはソフィアだった。

「こんなところにいたのね」
「ミコ、シヌ。テンシ、シヌ。ニンゲン、ボクジョウ、……チカ」
「だめよ。行きましょう」

 ぶつぶつとつぶやく男──ピエトロに首を振って、ソフィアはその腕を引く。

「うそをついたのね。この人が牧場から脱出した人なのでしょう!」

 リフィルの言葉にソフィアは足を止めた。

「そうなのか!? 教えてくれ。どうやって人間牧場から逃げ出したんだ!?」
「イワ、オオキイ。チカ、ホウセキ、イワ、ドカス。……ミコ」
「何言ってるんだよ」
「それが脱出ルートか?」

 ピエトロがつぶやく言葉は、意味のわからないものだった。だが、そこからなんらかの意味を読み取ったのか、クラトスが訊く。

「……もう放っておいてあげて!」
「あのな! アンタはピエトロを守ってればそれでいいかもしれないけど、こいつのおかげでルインの人はたくさん死んじまったんだよ! 少しは協力したらどうなんだい!」

 ソフィアの言葉にしいなが声を荒げた。

「ピエトロだって……。彼だって伝えたいことがたくさんあったはずなのに、呪いのせいでこんな風になってしまって……」
「でも、その人はまだ生きている。亡くなった人はこわかったことすら伝えられないんだ。頼む、協力してくれ」
「私たち、牧場へ行きたいんです。脱出できたなら、侵入だってできるはずでしょ? お願いします」
「いまこの瞬間にも、苦しんでいる人がいるかもしれないんです」

 ロイドたちの言葉に、ソフィアはうつむいた。ややあって顔を上げる。

「……協力してもいいわ。その代わり、彼の呪いをといて。マナの守護塔にボルトマンが残した治癒術があるの。それなら呪いがとけるかもしれないって聞いたわ」
「わかりました。でも、牧場への侵入のほうが先よ。それだけは譲れないわ」

 こくり、とうなずくソフィア。

「……この人、脱出してきた時に、牧場の庭から出てきたって言ってたわ。岩で出口をふさいできたって。お墓の中に彼の持ち物があるの。……持っていって」
「ありがとう。治癒術を手に入れたら、また来ます」

 ぺこりと頭を下げるコレットをにわずかに微笑みを見せたソフィアは、隣に立つピエトロの腕を引いた。

「さあ、行きましょう」

 腕を引かれるまま、ピエトロはソフィアと共に墓場をあとにする。「岩なんてあったっけ?」

 それを見送ったジーニアスが首をかしげた。

「確かに不自然なものがあったな」
「そだね。確認しに行ってみよう」
「ああ」

 ソフィアに言われたとおりに墓を掘ったシェスカは、指先にかたい感触を感じて手を止める。慎重に持ち上げると、それは不可思議な光を放つオーブだった。

「これが……」
「行こうぜ、シェスカ」
「はい」

 ロイドに応えたシェスカは、ちらりと奥の墓を見やる。そこにあったのは、やはり簡素な墓で。
 名前が彫られる代わりに、赤い鞘の剣が突き立てられていた。

「……行ってきますね」

 せんせい、と小さくつぶやいてシェスカは立ち上がる。それに応えるように、荒野特有の乾いた風が吹いた。





 牧場への入口をふさいだ岩。それは意外にあっさりと見つかった。

「これだな。ピエトロの言ってたやつは」
「そうね」

 クラトスの言ったとおり、不自然な場所に置かれた岩。

「とりあえず動かしてみましょう」

 リフィルにうながされたロイドが岩に体重をかける。それを見ていたコレットやジーニアス、シェスカも手伝うが、岩は動く気配を見せない。

「だめだ。見た目のわりには、びくともしないや」
「それでは、ピエトロさんから預かったオーブを使ってみましょう」

 シェスカが持っていたオーブを岩に近づける。触れるか触れないかまで近づけると、岩が自然に動いた。
 その向こうに現れたそれが、牧場への入口だろう。

「俺が押しても、びくともしなかったのに」
「行きましょう、ロイド」
「ああ……」

 敵の気配に注意しながら先に進む。出た先の部屋に敵の姿はなかった。

「とりあえず、この牧場の全景図を出しましょう」

 板のようなものを押し始めるリフィル。見る間に目の前の機械が起動していった。

「先生、すげー」
「へえ、こっちの人間にも、まともに機械を使える奴がいるんだね」
「こっちの人間……?」
「あ、いや、こっちの話さ」

 怪訝そうなジーニアスにあわてて手を振るしいな。それを横目に機械を操作していたリフィルが顔を上げた。
 目の前の機械に見取り図のようなものが映し出される。

「いま、私たちがいる場所はここよ」

 リフィルの言葉と共に、見取り図の一部が光った。

「そして、クヴァルはここにいるはず。どうやらクヴァルがいるフロアに行くには、ガードシステムを解除する必要がありそうね」
「がーどしすてむ?」
「防衛装置のことです」

 首を傾げたコレットに耳打ちするシェスカ。

「ここよ。このガードシステムを解除しない限り、クヴァルには近づけない」
「どーすりゃいいんだよ?」
「あわてるな。どこかにシステムを解除するスイッチがあるはずだ」

 クラトスの言葉に、リフィルが再度機械を操作した。

「あったわ。この左右の通路の先に、ふたつのスイッチがあるでしょ。これが解除スイッチよ」

 見取り図の光る位置が変わる。場所を確認して、ロイドはうなずいた。

「んじゃ、さっそくシステムを解除しに行こうぜ」
「少し待って。クヴァルのいる部屋に行くためのルートを洗い出すから。ベルトコンベアによって立ち入りをできないようにしているようね」
「止めるには、コンベアの制御装置を止める必要があるみたいですが……」
「コンテナが運ばれている間は、装置に近づくことができない構造になっているみたい。……えっと、コンテナの発生制御をいじるには……」

 そのやりとりを見つめていたロイドたちは、突然鳴りだした音にまわりを見回した。

「まずいわね。メインコンピュータにアクセスしたのがバレたようだわ」

 リフィルが顔をしかめる。

「どうするの、ロイド! すぐにディザイアンたち、とんでくるよ!」
「くっそ……」
「仕方ないわね。システムの解除班と侵入班に分かれしょう」

 全員でひとつずつに向かう時間はない。

「えー、バラバラになるの?」
「それしかなかろう。だが、私はクヴァルの方へ行かせてもらいたい」
「ボクだって!」
「あたしもそうさ!」

 まとまらない話に、リフィルはコレットを見た。

「さあ、コレット。あなたが決めてちょうだい」
「えっと、じゃあ……。ロイドに任せます」
「え、俺!?」
「ロイドなら、きっとうまく分けてくれるよね」

 にこにこと笑うコレットに、ロイドの向かいに立つジーニアスはため息をつく。

「確かにロイドって、野生のカンと本能で生きてるからなぁ」
「どういう言い種だ……。とにかく、俺が決めていいんだな。俺はクヴァルのところへ行く。母さんの仇を討ちたいんだ」
「ならば、私は解除班にまわります」

 手を上げたのはシェスカで。

「シェスカが?」
「おそらく、中心部に向かう侵入班に敵は集中すると思います」

 だからこそ、治癒術の使えるリフィルはいた方がいいだろう。

「そうすると、先生は決定か」

「私もリフィルさんほどではありませんが、機械の知識は多少ありますから……」
「わかった。シェスカ、頼む」
「了解です」

 結局、敵が多いであろう侵入班に四人が向かうことになった。

「侵入班は俺とコレット、先生にクラトスだな」
「解除班は私とジーニアス、しいなさんです。……が、いいんですか?」

 侵入班を希望していた二人を振り返って、シェスカは首をかしげる。

「仕方ないよ。適材適所ってやつだから」
「街の人を助けられれば、あたしはいいから」

 その言葉にシェスカはうなずいた。

「みなさんに怪我などないように祈っています」
「シェスカたちも」 軽く視線を交わして、踵を返した。

 それぞれが向かうべき場所へ。



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