私は信じる


 地上に戻ってきたシェスカにコレットが気づいて振り返った。

「シェスカ、だいじょぶ?」
「勝手なことをしてすみません。私は大丈夫です」

 ミトスにシェスカを殺すつもりなどなかったのではないか。そう思いながら、シェスカはまわりを見回した。ユアンの姿はそこにない。

「ユアンさんは?」
「ユアンはレネゲードを退避させるって言っていなくなっちまった」

 ミトスに基地が発見されているのならば、その可能性は高いだろう。だが、ユアンの傷も軽くはないはずだ。それでも部下を助けたい一心で行ったのだろう。ボータがいなかったから、どうにかしてくれると信じたい。

「タバサさんは……」
「タバサは我々ではどうにもならない」

 リーガルが状態を確認したのだろう、首を振る。

「アルテスタさんは姉さんが治療してくれてるんだけど……」
「なあ、シェスカは物質の構築ができるんだろ。アルテスタさんの怪我、どうにかできないのか?」

 ロイドの言葉にシェスカは顔をくもらせた。

「私の力では無理です。精霊になった時点で世界に悪影響を与えないよう、使える力を制限されていますから」

 契約者がいれば話は別かもしれないが、精霊として目覚めたばかりのシェスカは契約を交わす方法がわからない。

「先生にまかせるしかないのか……」
「……ごめんなさい」
「シェスカが謝ることじゃないさ」

 うつむいたシェスカにロイドが笑みを浮かべてみせた。





 深夜に起こった事件の対応に追われる中、あっという間に夜は明けた。アルテスタとタバサを家の中に寝かせ、ロイドたちは外に集まる。

「アルテスタさんは大丈夫でしょうか」
「ユニコーンの角で何とか応急処置はすませたけれど、なるべく早く医者を連れてきた方がいいわ」
「そうだな。俺さまたちと違って、アルテスタはエクスフィアを使ってないからな。治癒術の効果も薄いはずだ」

 止血はできても完全に治癒させるのは難しいし、外傷だけではなく内傷もあるかもしれない。

「あたし、いい医者を知ってる。うちの頭領が重症を負った時、フラノールから呼んできたんだ」
「行こうよロイド。お医者さん、呼んできてあげよう」
「よし、フラノールだな。行こう!」
「私はここで待機するわ。容態が急変した時、多少治療の心得のある者がいた方がいいから」
「私も残って手伝います」
「ぼ、ボクも!」

 リフィルとプレセア、そしてジーニアスが名乗りを上げる。他の面々はレアバードに乗り込んだ。
 目指すはフラノール。セルシウスとの契約の際、一度訪れた街だ。





 フラノールは相変わらず雪がしんしんと降っており、そして寒かった。街の近くにレアバードで降り、街の中に入る。

「あれ、ゼロスは?」

 街に入りまわりを見回したロイドは、ゼロスが姿を消したことに気づいた。

「あいつ……! この大変な時にどこをうろうろしてるんだい!」
「仕方ない。先に医者のところへ行こう!」

 レアバードで降りるまでは共にいたのだ。別の場所へ行っているということはないと判断して、ロイドたちは医者の家へと急ぐ。
 雪の中にたたずむゼロスを見つけたのは、その道の途中だった。

「……アイオニトスって俺さまが飲まされた変な石だよな。あれで契約の指輪を作る、か。俺に……、できるのか……?」
「ゼロス! こんなところにいたのか! 何ぶつくさ言ってるんだ、おまえ……」

 何かを考え込んでいたのか、ロイドの声にゼロスはぎょっと振り返る。

「あ、あれ〜? ロイド、遅いじゃないのよ。病院ならここだぜ! ほれ、早く入れって」

 何かを言いかけたロイドだったが、ゼロスはうやむやにして医者の家へロイドたちを押し込んだ。

「先生!」
「おや、しいなじゃありませんか。お久しぶりですねぇ。ミズホのみなさんはお元気ですか?」
「大変だ、急患だよ! いまにも死にそうなんだ!」
「おや、おだやかじゃありませんねぇ」

 しいなの剣幕に医者はのんびりと返す。

「のんきなこと言ってないで、すぐ支度してくれよ!」
「……高くつきますよ?」
「こんな時に金の話かよ!」
「私は慈善事業で医者をやっている訳じゃありませんから」
「こいつ……!」

 怒りをあらわにするロイド。殴りかかりそうになったのをしいなとシェスカが止める。

「いくらでも払うよ! だから、早く……!」
「……人の足元見やがって! 好きなだけくれてやる! いくら欲しいんだ!」
「成功報酬としましょう。まずは患者を診てからです。あ、出張費と最近は物騒ですから、危険手当も別途請求しますよ」
「勝手にしろ!」
「では、ボディーガードもつけてください。そうですね……。あなたたちにお願いします」

 そう言って医者が指名したのはしいなとリーガルだ。

「ロイドのレアバードを借りるよ」
「ああ」

 他にも医者の助手が何人か行くことになったらしい。そのためにロイドたちが乗ってきたレアバードはすべてなくなってしまった。

「仕方ねーな。足がなくなっちまったから、この街で待ってるか」

 他に移動手段がないため仕方ない。ロイドたちは医者が治療を終えて戻ってくるのを待つことになった。





 しんしんと雪が降るのを、見上げていたシェスカは、その肩を軽くたたかれ振り返った。

「ゼロスさん」
「シェスカちゃん、いつもと同じで寒くねぇのか?」

 マントを羽織ったゼロスは、シェスカの格好を見て寒そうに肩をふるわせる。シェスカは首を振った。

「人だった時の感覚が残ってるのか“寒い”と思うと寒いと感じますが、意識しなければ大丈夫です」

 同じように眠いと思ったら眠くなるが、眠らなくても身体的に問題はない。

「精霊って便利なのな」
「そうですね」
「…………」

 流れる沈黙にシェスカは街並みへと視線を向ける。夜になってもそこには人の姿がちらほら見えた。

「……この世界はいろいろな人がいますね」

 ぽつりとつぶやいたシェスカにゼロスが視線を向ける。

「ま、いろんなやつがいるわな」
「どんなに自分の存在を否定しても、人は生まれただけで何かに影響を与えている」

 それはいい意味でも悪い意味でも。

「私は何もかもが怖かった。大切な何かを持ってそれを傷つけることになったら。それをうしなうことになったら。受け入れてもらえなかったら」

 安心していてもいい、そんな居場所が欲しかったのかもしれない。
 居場所を求めていたシェスカにロイドたちは教えてくれた。居場所は求めるものではなく、自ら作り出すものだと。

「私はみなさんがいたから生きることを選んだんです」

 思えば、ロイドたちは居場所を持たない者たちだった。居場所を追放されたり何かのために出ざるを得なかったり、自ら放棄したり。
 そんな彼らが共に戦ううちにそこにできた“居場所”。そこには自然とシェスカも含まれていた。シェスカも共に戦っていたから。

「運命とは不思議ですね」

 仲間たちの誰かが一人でも欠けていれば、いまこうしてはいないかもしれない。

「私と出会ってくれてありがとうございます。……生まれてきてくれて、ありがとうございます」

 そう言ったシェスカの顔が赤くなる。自身の言葉に照れたのかもしれない。

「も、もうそろそろ中に入ります。ゼロスさんも風邪引かないでくださいね!」

 シェスカが宿の中へと姿を消す。それを見送るゼロスの口元には、確かに笑みが浮かんでいた。



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