消えた歴史
救いの塔を出たロイドたちは、急ぎ空へと舞い上がった。すでに動けなくなっているコレットはロイドが支えてレアバードに乗せる。
「アルテスタさん!」
「何事だ?」
血相を変えて飛び込んできたロイドに、アルテスタも異変を感じたのか緊張を含んだ表情で振り返る。
「コレットが倒れちまった!」
「奥の部屋に運んでもいいですか!?」
シェスカの言葉にタバサが応え、共にコレットを運んでいく。
寝台に横たえたコレットの状態を見ると、すでに肌のほとんどが結晶化していた。
「治療の道具はそろっているわ。すぐにコレットを助けてあげて」
「治療方法が見つかったか! しかしどうすればいいのだ……」
「ルーンクレストというものを作って欲しいの! 書物に出ていた製造方法なら私が覚えています」
「急ぎまシょう、マスター」
「……わかった。他の者は部屋の外に出ていなさい」
ルーンクレストを製造するアルテスタ、その製造方法を知るリフィルと助手のタバサだけが残る。その他の面々は別の部屋で待機することになった。
「シェスカ!」
「ミトス」
その部屋にはミトスがいた。シェスカを見て顔をかがやかせる。
「よかった。シェスカが連れてかれて、もう戻ってこないかと思った……」
「私もミトスは無事だったか心配してたんです」
「ボクは何もされなかったよ」
ミトスの言葉にシェスカは微笑んだ。
「あ、シェスカの剣。持ってくるね」
「ありがとうございます」
ぱたぱたと駆けていくミトスの背中を見送ったシェスカは何やら考え込む。
「……ミトス。ミトス……」
それをゼロスが見ていた。
「コレットのヤツ、大丈夫かな」
「あたしたちにできるだけのことはしたさ」
「そうそう。ロイドくん、まずはメシでも食って落ち着けよ」
いつもの軽い調子のゼロスの言葉に、ロイドは目をすがめる。
「こんな時に食えるか」
「そんなこと言うなよ〜。ニンジン食う? ジャガイモは?」
「……本当にいらねぇってば」
コレットが苦しんでいる時に呑気に食事などできない。そう言うロイドに、ゼロスはなおも食い下がった。
「おいおいおい。ジーニアスといいおまえといい、どうしてそんなに暗くなってるんだよ」
「そうだよ。どうしたの、ジーニアス」
「……ミトス、あのね? あの……」
ジーニアスが口を開いた矢先、コレットが治療を受けている部屋の扉が開く。そこから現われたのはリフィルとアルテスタ、そしてタバサだった。
「治療は完了シまシた」
「コレットは!?」
「いまは眠っておる。次に目覚めた時にはコレットの身体は元通りだ。クルシスの輝石も完全に要の紋によって管理されるだろう」
「……よかった」
深い安堵の息をつくプレセア。ロイドもほっと胸をなでおろした。
「そっか……。これでコレットはもう苦しまなくてもいいんだな」
「よーし! んじゃまー、コレットちゃん全快のお祝いにメシにしようぜ!」
「……さっきからメシメシってうるせーなー」
「だってよ、俺さまたち親友だろ〜。ロイドくんが疲れてるんじゃないかと思ってさ」
軽い調子のまま、ゼロスがロイドに背中から抱きつく。ロイドのげっそりとした表情に他の面々は思わず苦笑した。
「二人とも仲がいいね」
「そ〜でしょ〜」
ミトスの言葉にゼロスが笑みを返す。そんな会話の中、ジーニアスだけが無反応だった。
「ジーニアスも疲れてるの?」
「……ボクたち友達だよね、ミトス」
「……え? うん、何言ってるの?」
ジーニアスの唐突な言葉にミトスは目を見はる。
「本当に友達だよね」
「う、うん……」
「ボク、信じてるからね」
「…………」
言いつのるジーニアスにミトスは答えない。そんなジーニアスとミトスの様子をシェスカが見つめていた。
「みなサん、夕食ができまシた」
「今日は俺さまも手伝ったんだぜ〜!」
食卓の上に運ばれるシチューは湯気を立てていて、とてもおいしそうだった。疲れた身体にはあたたかいものがちょうどいいだろう。
「これはシェスカちゃんの分」
「あ、えっと……」
シェスカの目の前にも置かれたシチューの皿に、シェスカは困惑の表情を浮かべた。
「シェスカ、シチューは嫌いだったかしら」
「あ、いえ……」
リフィルの言葉にシェスカは首を振る。
「空腹を感じていないので、どうしようかと……」
「そういや、精霊って何も食べなくていいんだっけ」
「正確にはマナを大気から取り込んでいるので、人と同じ食物は必要ないんです」
「……精霊?」
その会話にミトスが首をかしげた。
「話は長くなるのですが―――」
そう前置きして、シェスカは話を始める。ウィルガイアであったことやシェスカに起こった変化などを。
「シェスカ、シチュー食べないの?」
「味は感じられるので、食べられないことはないんですが……」
ただ必要がなくなってしまった、それだけだ。
「味があるなら、一緒に食べましょう」
「そうね。せっかくこうして食事ができるのだから」
「プレセアさん、リフィルさん……。そうですね」
二人の言葉にシェスカは微笑んでスプーンを手に取る。そしてシチューを口に運んだ。
「……おいしいです」
『おいしいです』
以前にも同じことを言ったような気がして、シェスカはふと手を止める。
「シェスカちゃん?」
「どうしたのだ、シェスカ」
「前にもこんなことがあったような気がして……」
「そりゃ、旅の中で同じようなものは食べてるしな」
ゼロスの言葉にシェスカは首を振った。
「ずっとずっと前なんです。……私がまだ“私”ではなかった時でしょうか」
「前世、ってやつかい?」
「だと思います。少しずつ思い出してきてはいるのですが……」
誰かと一緒にたまねぎの皮をむいた。それが入ったシチューを仲間たちで食べたのだ。
「おいしいか、と訊かれておいしいと答えた記憶はあるんです」
ただ、その時の相手の表情や声が思い出せない。名前すらもまだあいまいだった。
「……すみません、少し休みます」
「ああ、そうした方がいい」
リーガルがうなずいたのを見て、シェスカは立ち上がる。
「シェスカサん、部屋までお送りシまシょうか」
「そこまでは大丈夫ですよ」
「ボクが一緒に行くよ」
ディームがついてくる気配を感じながら、シェスカは部屋へと向かった。部屋の扉はディームが開けてくれた。ふらふらしながら寝台に倒れこむ。
「ユアン、クラトス、マーテル、……ミトス」
無意識にその名をつぶやいて、シェスカは久しぶりの眠りに落ちていった。
腹部から背中を突き抜けた剣の感触。
「な、んで……」
ミトスは呆然とつぶやく。
少女の魔術の詠唱は素早く、気を抜くとあっという間に体力を持っていかれた。けれど接近してしまえばもう戦いようがない。腹部を狙って剣を突き出す。それを気配で察して、少女は避けるだろう。けれど避ければそれ以上少女は動けなくなる。それでミトスは勝利する。
そのはずだった。
「なんで、避けなかったの?」
ミトスの言葉に少女は微笑んだ。
「これで、いいのです」
「姉さま!」
ずるりと少女から剣が抜ける。それと同時に駆け寄ってきたマーテルが少女に治癒術をかけた。けれど少女の傷はふさがる様子を見せない。
血の代わりに流れていくのはマナか。
「治癒術が効かない……」
「必要、ありません」
少女はマーテルの手をやんわりと遠ざける。
「必要ないって、なんで!」
「これが、私の役目、ですから」
『 が死ぬことで大いなる実りは生み出される』
不意に響いた声にミトスたちは振り返った。そこにいたのは清らかな乙女しか会えないはずの存在で。
「ユニコーン!?」
「どう、して……?」
少女もさすがに驚いたようだ。
『娘が死のうとしているのに、遠くからそれを感じるだけなどできぬよ』
「けれど、理が……」
世界には理というものがある。人ならざる者――精霊やユニコーンなどは少なからずそれに縛られているのだ。それを守らなければ、何らかの咎を受ける。
『咎は甘んじて受けよう』
「ですが……」
「 が死ぬことで大いなる実りが生まれるってどういうことですか!?」
ミトスがユニコーンに詰め寄った。他の面々も同じ気持ちなのだろう。詰め寄りこそしないが、まっすぐにユニコーンを見つめる。その問いに答えたのは少女だった。
「私が、育んできた絆。そこから生まれるもの、すべてを、注ぐことで、大いなる実りは、生まれる、から……」
「大樹の娘が大いなる実りを持っているって、そういうことなの? こんなことになるなら、ボクは……!」
『大いなる実りがなければ、人の世界は滅びる。それでもおまえは一人を選べるか?』
「…………」
ユニコーンの言葉にミトスは唇をかんだ。
「後悔は、していません。あなた方が、この世界を、生かしてくれる。世界はきっと、よい世界に、なる。ひとつだけ、後悔があると、すれば」
それはミトスたちが生かす世界を見ずに終わるということだ。
「一度でいい、世界を、見たかった……」
少女が盲目で生み出されたのは、目に見えない真実を感じ取るためだ。見えることで惑わされてしまうこともある。
そうはわかっていても、少女は思った。世界を見たかったと。
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