はじまりのはじまり
パルマコスタの宿、夕凪亭。
その宿に入り、ようやく旅人は息をついた。
「泊まるかい? 240ガルドになるが……」
宿の主人の問いに、旅人はこくりとうなずく。その時だった。
外が騒がしくなる。 何事かと主人と旅人が顔を見合わせた瞬間、宿の扉が開いた。
「大変だ! ディザイアンが、パルマスターズのカカオさんを!」
その言葉で宿の中に緊張した空気が流れる。
「あ、あんた! いま、外に出るのは……!」
飛び出していった旅人を、主人はただ見送るしかできなかった。
広場には処刑台ができ上がっていた。その上にいるのは男性と女性が一人ずつ。
赤い髪をひとつにまとめた男性はディザイアンを統べる五聖刃の一人、マグニス。首に縄をかけられた茶髪の女性がパルマスターズのカカオだろう。
そして処刑台の下に複数のディザイアンがいた。
「この女は偉大なるマグニスさまに逆らい、我々へ資源の提供を断った!」
「よって、規定殺害数は超えるものの、この女の処刑が執り行われることになった!」
高らかに言い放つディザイアンに、民衆のざわめく声は小さい。誰もがディザイアンに目をつけられるのをおそれているのだ。
「母さん!!」
そんな民衆の間から少女が一人飛び出してくる。カカオによく似た少女は、カカオの娘か。
「動くな、そこの女!」
「下手に逆らうと、死んだ方がマシな思いをすることになるぞ」
少女は負けん気が強いのか、ディザイアンをにらみつける。
「ドア総督がそんなこと許すもんですか!」
「ドアか……。ガハハハハ! 無駄な望みは捨てるんだなぁ!」
「やめて───!!」
少女の言葉もむなしく、マグニスがディザイアンに指示を出した。その時だ。
街の人間だろう、少年が投げつけた石がマグニスに当たった。一瞬広場が静まり返る。
「この……、薄汚い豚がぁっ!」
少年にせまっていくマグニスを止めたのは一撃だった。それを放ったのは、赤い服に身を包んだ青年で。
「だめよ、ロイド! ここをイセリアの二の舞にしたいの!?」
「何言ってんだ! ここはディザイアンと不可侵契約を結んでる訳じゃねえだろ!」
仲間らしき銀の髪の女性と何やら言い合う青年。それを見たディザイアンが口を開いた。「……おまえは手配ナンバー0074のロイド・アーヴィングだな!」
「おまえが例のエクスフィアを持ってるという小僧か!」
何がおかしいのか、マグニスは高らかに笑う。
「ここでおまえのエクスフィアを奪えば、五聖刃の長になれる。おまえら、あの小僧どもを狙え!」
命じられたディザイアンが魔術を放つ。だが、それは別の仲間らしき銀の髪の少年によって防がれた。
「まだまだ修行が足りないね」
「くそっ! このへたれどもが!」
激昂したマグニスは、今度こそディザイアンに指示を出した。
「まずはこの女から始末をつけてやる!」
足元の板が外され、処刑台にいたカカオの首の縄が締まりもがく。だが、次の瞬間その縄は切断されていた。
金の髪の少女が放ったチャクラムによって。
「なんだと!?」
驚きに目を見張ったマグニスに近づく鳶色の髪の男。男は隙を見せたマグニスの肩を一閃した。
「……神子の意志を尊重しよう」
男性のその言葉は、騒がしいはずの広場にやけに大きく響いた。広場のざわめきが大きくなる。
再生の神子。
女神マーテルの神託を受けたマナの神子。マナを復活させ、ディザイアンを封印する役目をになうという。それは人々の希望だった。
「神子さまが、わしらに力を貸してくださるのか!」
ざわめきは大きくなっていく。
「私、戦うよ。みんなのために」
金の髪の少女が神子なのだろう。少女の言葉にまわりから歓声が上がる。
「おお! コレットさま! 偉大なるマナの神子さま!」
その様子にマグニスは舌打ちした。
「くそっ、どいつもこいつも俺さまを馬鹿にしやがって……」
斬られた傷を押さえながら、マグニスが退く。
「おまえたち! この連中の始末は任せたぞ!」
そう言い残して、マグニスの姿がかき消えた。
「よくもマグニスさまを……! さっさとくたばるがいい!」
ディザイアンたちが武器を手に向かってくる。それに応えるように少年たちも剣を抜いた。
「くっ……!」
向かってきたディザイアンを斬り倒しながら、ロイドは顔をしかめた。
「くそっ、きりがねえ!」
「ロイド、敵に集中しろ!」
「わかってる!」
クラトスに言われた直後、ロイドの気が乱れた。気づくと目の前にせまるディザイアン。
「やべっ!」
とっさに自身をかばったロイドの目の前で、ディザイアンが吹き飛んだ。
吹き飛ばしたのは、フードを目深にかぶった旅人の剣で。
「あんたは……」
「右、それと後ろから。……来ます!」
「え?」
聞こえた声にロイドは思わず息を呑んだ。
「あんた……」
向かってきたディザイアンを斬り伏せて、ロイドは旅人を振り返る。
一回、二回と蹴ってからの突き。流れるような剣さばき。ロイドには真似できない、軽やかな動き。それは旅人が―――。
「女の、子?」
凛と響いた声はたしかに少女のもので。だが、ロイドにそれを確認することはできなかった。
ディザイアンが撤退したあと、そこに旅人の姿はなかった。
扉が開き、ベルが鳴る。その音にカカオが視線を向けた。
そこにいたのは広場でロイドが出会った旅人で。
「いらっしゃいませ」
「あの、……ワインをいただけますか?」
旅人の声。その声に聞き覚えのあったカカオは、息を呑んで旅人を凝視した。
「まさか……」
フードを下ろし現れたのは、まだあどけなさを残す少女で。
「シェスカ、ちゃん?」
「……お久しぶりです」
はにかむような笑みは、カカオが知るそれと変わっていない。
「いままでどうしたの!? あの方が亡くなってから、あなたも……」
「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
「いいのよ。それより今日はどんな用事? 何か必要なものはある?」
カカオの言葉にシェスカと呼ばれた少女は微笑んだ。
「ありがとうございます。今日はワインを一本、お願いしたくて……」
「ワイン?」
「もうすぐ、一年ですから」
少しだけ悲しみを宿した瞳に、カカオが顔をくもらせる。
「あの方が亡くなって、もうすぐ一年になるのね」
「はい。……もしかしたらお墓に行けないかもしれませんが、せめてと思いまして」
ひっそりと静まり返った店の中で、流れるのは沈黙。
「大丈夫よ、シェスカちゃん。神子さまがいらっしゃるのだもの。もうすぐディザイアンもいなくなるわ。そうすればお墓参りだってできるから」
「……はい」
カカオの言葉に、シェスカはただうなずいた。
「すまないが満室なんだ」
「満室?」
久しぶりに宿で休もうとしたシェスカは、宿の主人から言われた言葉を繰り返す。そういえば、部屋をとらずにいたのを忘れていた。
フードの中で、シェスカはがっくりと肩を落とす。
「……今日も野宿ですか」
仕方あるまい。
そう思ってシェスカは踵を返した。と、目の前に飛び込んでくる赤。
次の瞬間、感じる軽い衝撃。
「あ、失礼」
「いや、こっちは大丈夫だけど―――って、その声……!」
「?」
きょとんとしながらぶつかった相手を見たシェスカは、不意に肩をつかまれて目を白黒させた。
茶の髪の青年が瞳をきらきらさせてシェスカを見ている。
「あんた、さっきの!」
「え? え?」
「さっきは助かったぜ! 俺はロイド。あんたは―――」
がつん。
ロイドと名乗った相手の頭に振り下ろされたこぶしをシェスカはしげしげと見やる。それを振り下ろしたのは、銀の髪の綺麗な女性で。
「ロイド、見ず知らずの方に失礼ではなくて?」
「いってー!」
思わずうずくまるほど、そのこぶしは痛いのか。
「見ず知らずじゃねえって! さっきディザイアンとやりあった時に……」
「あら、そうなの?」
くるり、と女性がシェスカを見る。何も悪いことはしていないはずなのに、そのまなざしになぜか冷や汗をかいた。
「本当かしら?」
「は、はい」
うなずいたシェスカのその声に、銀の髪の女性は目を丸くする。
「女の子?」
意外そうな声が宿の中に響く。その声に宿の中にいた人々の視線が集まった。
まずい。
「あ、あの、ここでは少し……」
「リフィル。ここでは他の者の迷惑になろう」
仲間なのか、鳶色の男性の言葉にリフィルと呼ばれた銀色の髪の女性はうなずく。
「それもそうね。私たちの部屋へ場所を移しましょう。いいかしら?」
否とも言えず、シェスカは首を縦に振った。
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