crying cat | ナノ


案内されたのは、衝立てで仕切られた空間。2人くらいしか入れない狭さなのに、それを感じさせない落ち着いた飾り。机には『名字名前様』と書かれた招待状を思い出させるカード。
成る程、VIPルームだ。

龍之介は部屋に入ってドアを閉めるなり、手を頭にやってため息をついた。あいつらはだのなにかぶつぶつ呟いている。呆れたような表情を眺めていると、早く座れと言いながら椅子を引いてくれた。
小さなメニューを受け取りながら、立ったまままたため息をつく幼なじみを見る。
だから、龍之介のお店に行ったら言おうと思っていた言葉が言いだせない。


「なんだ、頼まないのか?」

「あ、その…りゅ、龍之介のお勧め…で」


次第に尻すぼみになる言葉。顔が見えなくて俯くと、畏まりましたと言われて龍之介が出ていった。

緊張した。上がっていた肩を下ろすとどっと疲れが押し寄せてきた。
私なんで幼なじみ相手に緊張しているんだろう。仲直りするんじゃなかったのか。喧嘩なんてこれが初めてじゃない。
私はもう一度気合いを入れるように背筋を伸ばした。



「お待たせいたしました。」


そう言われて出されたのは、シンプルなクリームと苺の乗ったケーキ。上にアラザンで描かれているのは恐らく私の星座。
何より私が驚いたのは


「龍之介」

「わ…悪かった。その、上手く言えんが」


龍之介の方を見ると、照れたように前髪をくしゃりと握りながらそっぽを向いた。どことなく顔が赤い。



『ごめんな』

お皿にチョコで書かれた4文字。綺麗な龍之介の字が、心を温かくする。怒っていた理由は言わなかったけれど、久し振りに見た笑顔に嬉しさが込み上げた。

これで、仲直りだ。
いいよと子供じみた言葉で返せば、喧嘩は既に何でもない出来事のように思えた。


ケーキを食べながらそういえばと気付く。私が甘党な幼なじみに初めて作ったケーキがこんなんだったと思う。龍之介が好きなクリームを使って、苺で飾ったシンプル過ぎるケーキ。



「これさ、私の星座?」

「そうだな。俺のクラスは星座科だから、それをモチーフにしたケーキを出している。」


目の前で肘を付きながら答える。龍之介が行儀悪い事をするのは珍しい。
じゃあこれは龍之介が作ったの?そう聞けば、目を泳がせた後にあぁと頷いた。もうそれだけで確信した。私が初めて作ったケーキを覚えていてくれたんだ。
照れ臭くも嬉しくて、そっかと私もケーキに視線を移しながら言う。


ケーキを食べ終え、フォークをカチャリと置く。龍之介の目を見てちゃんと言いたい。


「御馳走様でした。とっても美味しかった!」



仲直りのケーキは、甘くてちょっとくすぐったい気持ちなしてくれた。






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