「名前ちゃん、その猫何?すごく可愛いね」 涙を拭くために開けた鞄から見えるぬいぐるみを指して聞く夜久さん。この猫のぬいぐるみは前の文化祭で龍之介が取ってくれたやつだ。 あの日以来、私にとって大切なぬいぐるみとなっている。 今日は龍之介と上手く話せるか不安で、連れてきてしまったちょっと大きめのぬいぐるみ。今のところ、完璧に気まずい状態である。 本当は龍之介と仲直りして文化祭一緒に回りたかった。なんで怒っているのか聞いて、謝りたい。 ちゃんと、自分の気持ちが伝えられるように話したい。 そんな気持ちが溢れてきた。 気付けばぬいぐるみに涙が落ちていた。猫の目の下に落ちた涙と、何とも言えない表情をした猫は、まるで私の心を表しているかのようにシンクロしていた。鞄から出して抱きながら、夜久さんに文化祭での事を話した。静かな相槌を耳に、私は思い出に浸った。 「なんかごめんね、私と龍之介の話ばっかで。つまらないでしょ」 「そんなことないよ!私この学校で女の子1人だから、こういう話が久し振りにできて楽しいよ。」 夜久さんは本当に優しくて、いい人だった。交換したアドレスを見ながら、私は頬を緩めた。時間ある時にメールしてもいい?と首を傾ける夜久さんに笑顔で頷いた。私なんかで良かったら、女の子としての話相手になりたい。 落ち込んでいた心は、気付けば明るく晴れていた。 「ありがとう、月子ちゃん」 初めて名前で呼べば、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。 それからはお互いの学校の事を話したり、月子ちゃんが弓道部の話をしてくれたり、逆に私が龍之介との昔話をして時間を過ごした。模擬店は龍之介と回ってきてという月子ちゃんの優しい気遣いで文化祭と掛け離れた資料室でのお話は、穏やかで楽しい。 またこんな風にお話ができたらいいなと思う。 1時間くらい話したところで、月子ちゃんがチラチラと時計を気にしだした。次のシフトが入っているのかもしれない。色々やっていて忙しいと聞いたし。 私が口を開こうとした瞬間、資料室の扉が叩かれた。 まさか先生?先生はノックしないかもしれないけど、他校の私がいるなんてバレたら… そう1人で焦るが、そんな私を知らない月子ちゃんは返事をしながら扉を開ける。誰が来たのか月子ちゃんが陰になって見えない。ただ怒られないかドキドキしていた。後ろめたい気持ちからか、顔が下を向く。 「名前」 そう呼ばれて思わず顔が上がる。 優しく呼ばれたからか、自分がすごく求めていたからか。 月子ちゃんの向こうに見えた人、龍之介の姿に息が止まった。 ← |