41 自分が悪いだなんて全く思っていない。なのに不知火の視線が痛いと思うのは、私がどこかで後ろめたさを感じているからか。私は唇を噛んだ。 「何がお前を苦しめてるんだ?」 「別に苦しくないけど」 「じゃあ質問を変えるぞ。名前、お前今が楽しいか?」 こんな状況でよく聞くなと思った。これで私が楽しそうに見えるのなら、保険証を持って眼科に行くべきだ。そんなことを考えながら私は首を横に少し振った。 楽しいなんて感覚は忘れかけている。無駄に騒いだり、はしゃいだり。ありきたりなことをしようと思わなくなっている。そんな感情の必要性を感じれない。 前までそんな人間じゃなかったのに、変わったもんだ。決して明るい性格じゃなかったけど、友達と下らないことで笑うこともできていたはず。ここではそんなことをしようとも思わなかったけど。 不知火は私と目線を合わせようと顔を覗き込んできた。フイと逸らせば、無理矢理合わせるように頬を両手で押さえて顔を向けさせる。 「諦めたような目、やめろ」 「…そういう目付きだから」 「でも諦めたもの、あるんだろ」 なんで不知火がそう思ったかは知らない。でも、間違ってなかった。 諦めたもの、それは元の世界へ戻るということ。私は、この作られた世界でしか生きられないんだ。いくら願っても方法が分からない上に、元の世界では私の存在が消えてしまっては戻れても同じ生活はできないと思う。 私は視線を地面に落とした。 諦めるな、そう言われなかっただけ良かったかもしれない。きっと言われていたら、私は彼を罵倒していただろう。不知火はそれを分かって言わなかったのかどうかは知らない。 ただ、諦めたような目はするなと。そんな全面に出したつもりは無いから無理だ。いや、愛想良くもしなかったが。 取り敢えず、今の目をやめろと言われてもどうしろって言うんだ。 「笑えよ」 「無理」 「名前が楽しそうにしているところ、見たこと無いからな」 「実際楽しいことも無いし」 笑え、もう一度そう言われると、私の頬を押さえていた不知火の手が口元を掴み頬の肉を横に伸ばした。なんて無理矢理な。つか痛い。無言で睨むと不知火は変な顔だと笑っていた。 「名前、今をもっと素直に楽しめ。時間は戻らないからな、楽しまないと損するぞ」 パッと頬から手が離れ、頭を撫でられた。有り得ない、そんな笑顔で言われたら何も言えないじゃないか。ため息を吐いて頭を往復する手を払いながら勝手に言ってろと返すと、不知火は何故か嬉しそうに『嫌でも俺が笑わせるからな』と胸を張っていた。 ← |