16 …私は何も見なかった。そう自分に言い聞かせ、踵を返す。その時、自分の身に何かが降り掛かるのが視界の端に写った。しかし咄嗟には反応ができない。 「っ!」 「うがっ」 私は飛ばされて来た人と一緒に倒れこんだ。というか、図体のでかい男の下敷きだ。本当になんなの、この嫌がらせ。 倒れこんできた人は呻きながら立ち上がると、足を縺れさせながら走り去って行った。 「バーカ、俺に喧嘩売るなんて100年早いんだぜ…ごほっ」 走って行った方向を眺めていると後ろから声がした。振り返ると喧嘩をしていた張本人がいた。 「お、お前さっき保健室にいた…。悪い、人ぶっ飛ばした方にまさか人がいると思わ…ごほっ、なくてな。大丈夫か?」 目が合うと、相手はへらりと笑って謝ってきた。しかし余程無理をしているようだった。身体は怪我だらけの上に、さっきのように真っ青な顔をしている。 差し出された手を払いのけると、相手の身体がふらついた。驚く暇なく相手は立ち上がった私にもたれかかるように倒れた。…重い。 倒れた彼を引き摺るように運びベンチに寝かる。近くにベンチがあってよかった。本当に重かったし。 さて、これからどうするかと考えた。本当は放っておきたい。こいつがどうなろうと知ったこっちゃないし。今すぐどっかに行きたい、けど。 ちらりと相手を見た。おでこには水で濡らしたタオルを乗せてあげている。私はなにをしているんだか。自分で自分に呆れた。 「う…ん」 「起きたか」 「あ、あぁ。あれ、俺まさか倒れたのか」 しばらくすると相手は目を覚ました。私の顔を見ると慌てて起き上がり謝ってきた。 「わ、わりぃ!二度も迷惑かけちまって。」 「全くだよ。巻き込まれたこっちの身にもなってくれ。」 「………」 ため息を吐いて返せば相手はバツが悪そうに黙った。買ってきたミネラルウォーターのペットボトルをおしつけ、私はこの場を離れようとした。 足を踏み出して一歩、腕を掴まれ身体だけが前にのめりこんだ。なんだよ、そう言えば相手はうろついたように言う。 「あ…のよ、名前」 「は?」 「名前聞いてもいいか?その、いつかお礼するから」 困ったように相手は言う。いつかってなんだ、こいつ。いつ会うかなんて分からないのに。いや、あの学園には戻る気なんてないのに。 「………」 「だ、めか?」 「…こういう時って普通、自分から名乗らない?」 「そうだな。俺は七海哉太、でお前は」 「名字名前。」 「名字な。色々ありがとな」 七海は満面の笑みでお礼を言ってきた。この世界に来て、初めてこんな笑顔でお礼を言われた。何となく嬉しかったような気がして、それを誤魔化すように掴まれた手を離せとぶっきらぼう返す。すると気付いてなかったのか、七海は顔を真っ赤にさせて慌てて離してくれた。不良ぶった見た目で純情な反応だな。何となく、穏やかだった。 ← |