近距離恋愛 | ナノ


jealousy

おはようと言いながら、私は欠伸をした。言葉は間延びして、ちょっと間抜けな感じになる。
何も無い日の朝、後ろから歩いてきた私に気付いた梓は立ち止まり、私が来るまで待っていてくれる。そして追い付いた私におはようと挨拶をくれた。都合が合えば一緒に登校するのが日課になっている。翼も一緒に行くのが多いが、今日は起きれなかったのか梓と2人だった。
緩やかに動く景色と、他愛もない会話に幸せを感じるこの時間が好きだ。


「あ、寝癖」

「嘘、どこ?直したつもりだったのに」

「前髪。ほらここ、浮いてる」


梓の方を向けば、顔を覗き込むように少し前屈みになった梓が私の髪を指差した。そしてそのまま手櫛で直すように髪に触れる。目の前で笑う梓が眩しい。その仕草がとても梓を近くに感じて、1人朝から熱に浮かされそうになる。
一通り直ったのか、梓は止めていた足を動かし歩きだす。私もぼぅっとしたせいで一瞬出遅れたけど、小走りで着いて行った。


昨日あったこと、最近勉強してること、クラスの噂とか色々梓と話す緩い時間。生温いその距離が心地よくて嬉しいけれど、気が付くと周りの目を見ている自分がいる。
翼と歩く時もだけど、梓はやっぱり綺麗な顔立ちだからか人の目を集める。ここら辺に住んでるのか、違う制服で歩く女の子が必ずと言っていい程梓を見ていく。全員が全員あからさまな表情をしないけれど、梓の顔をしっかり見る辺り、やっぱりイケメンだと思われているんじゃないかなと思う。
本人は気にする様子は見せないけど、私はその視線を辿ってしまう。そしてその女の子が可愛いと、勝手に面白くない気持ちになる。
多分ジリジリと焼け付くこの感情は、嫉妬。梓と何の関係も無いくせに、勝手に嫉妬してるなんておかしいと思う。梓も私の気持ちを知ったら引くと思う。



「そういや、昨日部活で宮地先輩が2kg太ったってへこんでたんだよね」

「宮地先輩って副部長だっけ?あの人体重とか気にするの?」

「宮地先輩は甘い物好きなんだよ。あの顔で生クリームたっぷりのケーキ好きなんだから信じらんないよ」


思い出したように昨日の出来事を話す梓。私の意識は引き戻され、驚きを含めた相槌を打つ。正直に意外だと思った。
そして梓は話を続けていく。

最近部活に入ったらしく、そこでの出来事を話していく。他愛ない話だけど、多分こういう梓自身の話はクラスメイトにもなかなかしないと思う。従兄弟でもある翼は別として。
だから、ちょっとだけ優越感。心でつっかえていた嫉妬心が隠れる。

誰にってわけではない。強いて言うなら、今も擦れ違い様に梓を見た女の子、今朝擦れ違った女の子。
梓を遠くから眺める女の子達に優越感。

だって、梓とこんな話をできる女の子は私だけだと思っているから。自惚れてしまうくらい、梓とたくさんの色んなお話をしている。
それが、すごく嬉しい。


放課後、私は廊下を小走りで通り抜けた。今日は部活がオフだからと梓に寄り道して帰ろうと誘われたのだ。
お弁当を食べながら誘われた時は嬉しさで一瞬反応が遅れたくらいだ。翼も行きたいって言っていたけど、生徒会があるらしく来れないみたいだ。
これはデートって思っていいのかな、なんて梓が待つ校門に向かいながら思う。別に2人きりでの買い物とか寄り道は初めてじゃないけど、自分の梓への気持ちを意識してからは初めてだ。だから浮き足立ってた。

それが直ぐにどん底まで落ちるとは、自分でも思ってなかった。


私の足が地に根っこを生やしたように動かない。
なんで?どうして?
浮かぶのは疑問ばかり。自分の目に写る景色を信じることが出来ない。

なんで、梓が他校の女の子と楽しそうに話してるんだろう。

肩に掛けていた鞄がどさりと音を立て、腕を滑り落ちた。


「…名前?」

「あ…」


鞄が落ちた音で私の存在に気付いたのか、梓が私を見る。他校の女の子は私の存在に驚いているみたいだが、梓は私の様子に疑問を抱いているみたいだ。

自分の口から出た言葉が言葉にならない。今感じるのは嫉妬して心を燃やす熱さと、溢れかえる梓への好き。
現実に返った私は、梓の顔を見れなかった。思考が戻った脳が足を動かすように命令を下す。

私はその場に鞄を残し、その場を走り抜けた。

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