短編 | ナノ


a drop color

「…他に好きな奴がいるんだ。」


そっと目を伏せた一樹先輩はそう言った。他の人、そんなの1人決まっている。


「誰か、なんて言わなくても分かるだろう?」

「…はい、だから邪魔しようとは思えないです」


応援もできないですけど。
その言葉は心の中にしまった。よくドラマなんかじゃ好きな人の幸せを願って応援する健気なシーンがあるけど、私にはそんな強い心は持ち合わせてなかったんだ。悲しげに微笑む一樹先輩を直視できなかった。


私は今日、好きな先輩に振られた。好きだったと過去形にできたらまだマシなんだろうな。1人寮に向かう帰り道で思った。

入学してから憧れで、ずっとその背中を追い掛けていた。でもその背中の向こうで見つめていた姿は私じゃない人だった。
本当はちょっと自惚れていたんだ。もしかしたら一樹先輩は私の事好きなんかじゃないかって。抱き締められる度に思っていた。手を繋いでくれる温かさに触れる度に思っていた。私の全てを受け止めてくれると思っていた。
なんだかすごく恥ずかしい勘違いをしていた。

大きくなった気持ちは止められなくて、溢れ出た。結果、振られたんだけど。
さっきの会話を思い出して涙が溢れる。一樹先輩が好きになった人なんて分かっている。分かってるよ…
応援できない狭い心はキャパシティーをオーバーしたんだ。彼女は、一樹先輩の好きな人は私の友達だ。だからもう叶わない恋だと知った。

…応援すべき恋だと理解していた。



「泣くな」


突然、後ろから私の目をタオルで覆われた。直後私の身体に来たのは温かくて、馴染みある匂いと感覚。


「俺が泣かせておいてこんな事言うのは酷いって分かっている。だけど泣くな、俺も辛くなる」



いつの間に私の後を追ってきた一樹先輩が私を抱き締める。よく洗濯されたタオルが私の涙を消していく。伝わってくる体温と、涙を消し去っていくタオルに甘え、私は静かに涙を流した。

自分で振って、だけど泣かれると辛いってすごく自分勝手だ。そう言うと、それが俺だと静かに返された。知ってます、そんな先輩が好きだから。
でも…私が泣くと辛いのは本当のことなんだろう。私は最後にぐっと涙を押さえると、顔を上げた。


3歩、後ろに下がる。


「…これからも、いい後輩としてよろしくお願いします。」

「勿論だ」


頭を下げるとまた涙が2つ、落ちていった。アスファルトの上で弾けた涙は、今は黒く小さな染みを作っていた。


雫色

もう、泣かないと決めた心は涙に満ちていた


(2011.11.18)







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