短編 | ナノ


意地っ張り少女

口に放り込んだ棒付き飴が歯とぶつかってカラリと音を立てた。校内なのに冷たい空気で白く染まる息が今日の寒さを示している。
昇降口のガラスにもたれかかり携帯をいじっていると、遠くから階段を降りる足音が聞こえた。私は携帯を閉じてしまうとついでにコートのポケットに手を突っ込む。


「お、なんだよ名前。俺を待っててくれたのか」

「違います、たまたま今帰ろうとしてたのです。」

「待っててくれんなら生徒会室に来ればいいだろ。暖房付いて暖かいし」


今の私の発言を完全に無視した言葉にため息を吐いた。この人はもともとそういう人なんだけど。
先輩が靴を履き替えるのをぼんやり眺めていると、私の元まで歩いてきた。そして私が背中をガラス離して不知火先輩を見上げると、頬に手を当てられた。先輩の手が暖かい。


「絶対俺を待ってただろ。こんなに冷たくなって」

「冷え性なんで」

「そうか?あとここのガラス、長い時間もたれてたんだろ。温かくなってる」

「うっわ、先輩変態くさいですよ」

「…ここでそれ言うか?」


否定すると私がもたれていたガラスに手を当てる先輩。人がいた温度を見るとか変態だろ。

呆れて先に歩き出すと先輩も横に来た。不知火先輩は私を撫でながら素直じゃないなと笑った。髪の毛がくしゃくしゃになるから手を退けるとまた笑う。なんなんだ、この人。

素直になれない自分はもっと何をしているか分からない。


思い出したようにポケットの中を探って棒を掴む。出てきたのは私が舐めているやつと同じ、棒付き飴。間違えて嫌いな味買っちゃったのであげます、と無理矢理不知火先輩に押し付ける。一瞬面を食らった先輩は苺ミルクの絵柄を見てお礼を言ってきた。嫌いな味だから押し付けたのに、お礼なんて。思わずそっぽを向いた。


「最近忙しそうですね」

「そうだな、颯斗への引き継ぎやら1年間の活動のまとめとかで仕事が立て込もってるからな」

「それは不知火先輩がサボり魔で計画性が無いからですよ」

「お前なぁ…もうちょっと可愛く言えないのか」


不知火先輩は飴のセロファンを剥がしながら言ってきた。何無茶なことを。私はまたぶっきらぼうに返した。
別に、そうしたくてぶっきらぼうにしているんじゃない。ただ素直になれないだけなんだ。星空を眺めながら思った。もっと可愛らしい反応ができたら、不知火先輩も私を女の子として見てくれたのかな。

そもそも、なんでこんな人を好きになっちゃったのかな。飴をカラカラと転がしながら斜め上の先輩を盗み見た。
あと数週間で卒業するのに、今更好きになってしまった自分が恨めしい。もっとこうして隣に居たかったし、一緒に帰りたかったし、頭を撫でてほしかったし。変な意地を張らなければもっと私を構ってくれたはず。嘘を吐いて先輩を待ってみたり、疲れているから糖分補給に飴を買って嫌いだとか言いながら押し付けたり。何も本当の自分が出せていなくて、後悔ばっかで、悔しくて。私は口の中の飴を思い切り噛み砕いた。

どうしたらこの想いを伝えられるか、私は分からない。


「まぁ、俺は寧ろ素直じゃないお前が可愛いと思うけどな」

「…はぁ!?」

「お、真っ赤」


急に先輩が立ち止まるからなんだと振り返れば、そんな言葉が出てきた。あまりにビックリしすぎて間抜け面をしていると思う。そしてじわじわと顔に集まる熱をどうしようも出来ずに、マフラーに埋めると悪戯っぽい笑顔でまた頭を撫でてくれた。それが嬉しくて、不知火先輩馬鹿じゃないですかと悪態を吐きながら目を反らした。
さっき言った事と矛盾している先輩の言葉は、私の壁を少し壊してくれた。


だから小さく、誰にも聞こえないように呟いてみた。『好きです』って。
不知火先輩が卒業する前に、ちゃんと言えますようにと消えゆく言葉に願いをかけてみた。

意地っ張り少女と
冬の夜空


(2011.05.01)







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