隣にいてほしい人

「ここが俺の部屋。コナンの布団もここに敷くから」
中へ入るよう促しながら言う。

哀ちゃんと別れたその足で毛利探偵事務所へ向かって、心配する蘭ちゃんを説得して。
元々遠い親戚ということになっているし、記憶喪失以前からしょっちゅうコナンに会いに来てたしで、説得はそんなに難しいことじゃなかった。
「居候じゃ、コナンくん気を遣っちゃうから」
蘭ちゃんは、そんな言葉で受け入れてくれた。
そして翌日、学校帰りにコナンを連れてきたのだけれど。
当のコナンは妙におとなしくて、少し不安になっている。

探偵事務所での、蘭ちゃんとコナンのやり取りは、見ていて心配になるほどぎこちなかった。
「また、戻ってきてくれるよね?」
「うん…」
コナンがいつも浮かべている、安心させるための満面の笑みが欠けているからだ。
「大丈夫だよ。コナンの記憶が戻ったら、蘭姉ちゃんのとこがいいって絶対言うから」
不安そうな蘭ちゃんに向かって俺が代わりに笑ってみせたけれど、瞳の揺れを止めることはできなかった。
置いていかれるのが怖いんだよな。新一がいなくなったみたいにもう会えなくなるんじゃないかって、いつも心の何処かで恐れてる。
強そうに見える彼女の、一番脆い場所。寂しげな横顔が今も残る。
引き離さない方がよかったんだろうか。まだ少しだけ、迷ってる。

警戒するように部屋の中を見回していたコナンが、写真の前で足を止めて、言った。
「この人、快斗兄ちゃんのお父さん?」
初めてコナンを家に連れてきた時も、親父さんだろ?と聞かれたことを思い出す。らしくなく何処か、遠慮がちな調子で。
「当たり!よく分かったな」
記憶を振り払うように明るく答える。
「快斗兄ちゃんに似てるから」
コナンは、得意がるでもなくそう言って、まじまじとその写真を見つめた。
「マジシャンなんだね。快斗兄ちゃんより上手い?」
「勿論!親父のマジックは世界一だよ」
意外と、俺の披露したマジックを気に入ってくれたことは嬉しいけど、親父には到底敵うはずがない。
「でも、もういないんでしょ?」
「…どうして?」
不意を衝かれて、一瞬言葉に詰まった。
「そんな顔、してたから」
そんな顔、ってどんな顔だろうか。ポーカーフェイスを崩した覚えはないんだけど。
それっきりコナンは黙ってしまった。
「コナン、」
二人で黙り込んでいても仕方ない。気を取り直して、さっきから気にかかっていることを聞いてみた。
「ここに来るの、嫌だった?」
コナンは黙ってかぶりを振る。その後ぽつりと呟いた。
「逃げてきたみたいだなぁって」
蘭姉ちゃん、寂しがってたし。
「でも苦しいんだろ?」
逡巡した後、頷く。
「だったら。苦しい場所に、無理していることないよ」
納得できない顔をしているコナンに、そんな想いは捨ててしまえと続ける。
「あのさ、今のおまえには分からないかもしれないけど」
蘭ちゃんが好きだから苦しいんだって、思ってるんだから仕方ないけど。
「恋ってもっとあったかくて優しいんだよ。相手のこと大事に思ったり、傍にいたいと思ったり…そりゃプラスの感情ばっかある訳じゃないけどさ」
苦しかったり、辛いことだってたくさんあるけど、それでも何処か温かいような。
今だって辛い。早く俺のこと思い出してって、子供みたいに泣き喚きたい。
それでもちょっと手を伸ばせば触れる距離にいるおまえのことを、こんなにも愛しいと思ってる。
「…快斗兄ちゃんには、そんな人が、いるんだね」
零された言葉に目を丸くして。やっぱり探偵だなぁと笑う。
「うん、すっごく大事な人なんだよ」
だから早く、戻ってきてよ。
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