それは、ゆるやかな拒絶

今日も帰宅したコナンの手には、持て余しそうな重さの本がある。ただし、ページは全くめくられていないが。
俺がコナンを視界に入れている間は、一応本を読むふりをしている。けれど俺が背中を向けた途端に、追い掛けてくる視線を感じるのだ。
何だか一挙手一投足をいちいち監視されているようで落ち着かない。
こんなに鋭い視線で追い掛けられてしまっては、コナンもとうとう俺に惚れちゃった?なんて、いくらノー天気な俺でもさすがに思えない。
これは間違いなく探偵の目だ。
しかも…
コナンに身辺調査されてたし。

「快斗兄ちゃん、いつも帰ってくるの早いよね」
「そう?」
数日前の夕方、珍しくコナンの方から話し掛けてきたから、喜色満面の笑みで振り返ったのだが。
「デートしなくていいの?彼女に振られちゃうんじゃない?」
一瞬、言葉を失ってしまった。
「…ちょっと待って、彼女って誰?」
「中森青子さん」
コナンは間髪入れずに答える。
「…青子はただの幼なじみだぜ?」
「違うの?快斗兄ちゃんの友達はみんな、恋人同士じゃないかって言ってたのに」
「誰が何と言おうと違うの!」
聞き込みまでしてくれたんですか名探偵。
いつの間に。一体、何のために。
「じゃあ小泉紅子さん?あの人は違う気がしたんだけどなぁ」
「紅子も違う!俺、彼女なんていないからっ!」
思案げになおも続けられて、慌てて否定したけれど。
そうなんだ、と答えたコナンは、全く納得した顔をしていなかった。
そしてその会話以来、微妙に避けられているような気がする。
ただでさえ少ない会話がゼロに近くなったり、元から稀少だった笑顔を見られなくなったり、朝は必ず俺より早く起きてたり。
それでいて、視線は熱心に俺を追い掛けているのだ。
ホント、訳が分からない。
ホテルの屋上へコナンを迎えに行った時、俺、なんかまずいことやらかしたかな?
思い当たることなんてまるでなくて、結局…
「聞いてよ哀ちゃんっ!」
やっぱり他に相談相手を見つけられなかった俺は、哀ちゃんを頼って阿笠邸へ訪れたのだった。



「ああ、それなら、」
哀ちゃんはうんざりした顔を隠しもせずに俺を迎えた後、あまりにあっさりと答えを教えてくれた。
「数日前、江戸川くんが相談に来たわよ。快斗兄ちゃんは怪盗キッドなの?ってね」
「えぇっ?!」
よりにもよって何でそんな都合の悪いことだけ思い出しちゃうわけ?
「バレた理由は…?」
呆然としながら尋ねる。
「確証がある訳ではないようだったけれど」
淡々とした声で哀ちゃんは続けた。
「記憶に残っているんでしょ。この前、杯戸シティホテルへ迎えにきた貴方の声を聞いたら、キッドだと思ったって言ってたわよ」
…そんなピンポイントな記憶、ものすごくいらない。

『何やってんだ、こんな所で…』

つまりはこの台詞がまずかったと。
思い出してほしくてわざと言ったのだから、自業自得と言われてしまえばそれまでだけども。
「で、コナンに何て答えたのさ?」
「黒羽くんに聞いてみれば、と言っておいたわ」
「うっわー…」
何てことを。
「不満でもあるのかしら?」
「いやいやとんでもない!」
冷たい流し目に慌てて首を振る。
つまりあの監視するような視線は。尋ねるタイミングを見計らっていた?
いや、あの名探偵のことだから。謎を解かずに答えを知ろうとなんて思わないだろう。
俺がキッドであるという証拠を掴もうとしているのだ。


「俺、これからどうすればいいの…?」
記憶喪失で中身も子供になってはいるものの、俺の正体を疑っている探偵と一つ屋根の下なんて、ちょっと堪えられない。
恋人同士だったという大前提が忘れ去られている今、コナンにとってのキッドは捕まえるべき犯罪者でしかないじゃないか。
「私に聞かないでちょうだい。せいぜい、彼の記憶が早く戻ることを祈るのね」
「そんなぁ…」
ガックリ肩を落としても、哀ちゃんは全く同情してくれたりはしない。むしろ早く出て行けとばかりに追い立てられる。
「まったく。問題は二人で話し合って解決しなさいよ。私は貴方たちの無料相談所なんかじゃないのよ」
哀ちゃんの主張は確かにごもっともで。
ため息混じりのその台詞を最後に、無情にも目の前でドアが閉められた。



2010.5.3
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