親友

「お前さぁ、なんでコンラッドのことそんなに嫌うの?」

解せないと首を傾げる友人に聞かれた時、村田の頭を過ぎったのは、高1の夏から秋にかけての比較的新しい不愉快な記憶だった。







秋の海に立ち尽くす友人を、無理やり連れ帰ったことがある。しかも立っていたのは海の中だった。夜も更けて更に冷たくなった水の中だ。
立ち尽くすなら砂浜にしてくれ。もしくは夏の海。昼間限定。
事情を知らない人間なら、今まさに身を投げるところだと、勘違いしてしまうことだろう。波打ち際には行儀よく靴が並んでいることだし。
あちこち捜し回ってようやく彼を見つけた村田自身も、遠い背中にギョッとしたものだ。それだけでなく思わず叫んでしまった。有利と。

「なにやってんだよ!」

呼ばれた彼は振り返って、気まずそうに頭を掻いて笑った。

「いや、これには色々と事情があって……」

「いいから早く戻ってこい!」

待ち切れず村田も海に入る。当たり前だが水は酷く冷たい。足が凍ってしまうかと思った。

「お前まで入ってこなくてもいいだろ!」

焦った渋谷が水を跳ね上げながら駆けてくる。飛び込んでみたり潜ってみたりしたのだろう。既に全身ずぶ濡れだった。

浅瀬で向き合った途端に彼は言い訳を始めた。説教はごめんだと言うように。

「なんか急にさ、海見たくなったんだよ。お前ん家に泊まるってお袋に言っちゃったのは悪かったと思ってるけどさ。どうせお袋から連絡いったんだろ」

彼の手を引っ張って浜辺へ戻りながら答える。

「当たり」

数時間前、いきなり渋谷母から「ゆーちゃんいるかしらー?」なんて電話が入った時は驚いた。
心当たりなんてまるでないし、とりあえず家にいることにして、水のある場所を手当たり次第捜し回っていたのだ。

「で、海来たら入りたくなるのが人の性じゃん?」

「うん」

気のない相槌を打ちながら、持ってきたタオルを彼の頭に被せる。渋谷が動こうとしないから、ついでに髪を拭いてやる。だいぶ手遅れだった。
タオルからもすぐに水が滴る。

「最近お湯にばっか浸かってたし、たまには冷たいとこにもって」

「うん」

それ以外言えなかった。声の震えをごまかすための早口。
なんだかこっちが泣きそうだ。

「でも、村田が来てくれてよかったよ」

本当に傍にいてほしい人は僕じゃないだろ、とか。

「夜の海に一人って、余計さびしくなるもんな」

じゃあ君はずっとさびしいんだね、とか。

言っても何の意味のないことを、わざわざ口に出すつもりはない。

「感謝しなよ?わざわざ捜しにきてあげたんだから」

「うん、ありがと」

彼は笑い損なった顔で村田を見て、すぐに黒いだけの海へ視線を戻す。

「やっぱ持つべきものは友達だよな!」

無理していることが判る明るい声。思い詰めたような目で海を見つめる渋谷は、手を離した途端に冷たい水の中へ飛び込んでしまいそうで。きっと彼に会えるまで何度でも。

「あー、もう!渋谷のせいで靴びしょびしょだよ」

「ごめん、このままじゃ風邪ひかせちゃうな…こんな格好じゃ電車にも乗れないし」

風邪をひくのは渋谷の方だろうと呆れながら、重要なことを教えてやった。

「そもそも終電終わってるって」

「マジで!?どうしよう……おれのせいで村田まで帰れなく……」

「M一族に泊まればいい。すぐそこだしさ。連絡とってみる」

提案を聞いた彼の顔がパアッと明るくなる。

「サンキュー村田!」

たった一時だけであっても、笑顔を見れたことが凄く嬉しい。らしくない暗い顔ばかり、すっかり見慣れてしまったから。
それもこれも全てはあの名付け親のせいだ。
渋谷からどれだけ愛されているのか、気付こうともしないダメ男。







回想を終えて改めて答えを探す。
どうしてウェラー卿が嫌いなのか。

「別に、彼を嫌っている訳じゃないよ」

渋谷にはそう伝えるだけに留めておいた。

「え?そーなの?」

案の定、彼は意外そうな声を上げる。

「おれはてっきり嫌ってるとばかり……」

「だから誤解だって」

正直な話、何とも思っていないとでも言いたいところだった。別に嫌いでも好きでもない。
ただ、特筆すべき点がひとつあるとするならば。

渋谷にあんな顔させたウェラー卿を、僕は許せないと思うだけ。

「あー……色々思い出したら君の恋人を殴りたくなってきた……」

「いきなりなんだよ」

全く脈絡のない発言に、渋谷が訝しげな声で聞く。
それから慌てたように言い募る。

「一応言っておくけどパーで殴っちゃダメだぞ」

思わず吹き出してしまった。

「まさか。君の恋人を寝取るつもりはないよ」

「寝取るとか言うな!」

赤くなって抗議してきた親友を、宥めるように言ってやる。

「あんなヘタレ男いらないし」

「ひどっ。そりゃコンラッドはヘタレかもしれないけどさ、いいとこも沢山あるんだぞ!」



本当にいらない。心底いらない。
僕は可愛い女の子の方が好きだし。
今、目の前でムキになっている、有利の方がもっと好きだし。



END

2013.6.19

title:capriccio




back



×
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -