しらないかお

警備兵の姿しか見えないような時刻に待ち合わせ場所へ向かうと、所在無さげな顔でヨザックが立っていた。

「ごめん、けっこう待たせちゃった?」

「いーえ、お気になさらず。それよりも」

一度言葉を切った彼が、念を押すように聞いてくる。

「本当に今日もオレをご指名なんですか?」

「……やっぱり迷惑?」

確認するまでもなく、この頼み事のせいでかなりの迷惑をかけている自覚はある。それでもヨザックじゃないとダメなんだし、そこはどうしても譲れない訳で。

「オレとしては嬉しいですよ」

幸い、ものすごく迷惑がられてはいないらしい。

「けど隊長が拗ねるんじゃ?」

「……拗ねてくれるかな?」

「はあ?」

ついつい零れてしまったのは弱腰の本音。

「あー、ごめん!今のナシ!」

慌てて取り消して空へ視線を逃がした。
日が昇ってから随分経つ。少し風は冷たいが、眞魔国は今日もいい天気だ。

「じゃ、よろしくお願いします!」

気合いを入れ直しておれは頭を下げた。
絶好のロードワーク日和だった。







ギュンターくらい判りやすければいいのになと、思ってしまうような時もある。
ギュンターみたいに。鼻血垂らして泣きながら抱き着いてくれたら。
試しに彼で想像してみた。

嫌すぎた。







「つまり、坊ちゃんはウェラー卿に妬いてほしいーって訳ですね」

「そう言っちゃうと、身も蓋も無いんだけど、さあっ」

「でも、そういうことでしょ?」

「ま、あねっ」

いつもと変わらない声のヨザックに対して、愚痴る方のおれはすっかり息が上がっている。ちょっと悔しい。

「その作戦、考えたのって陛下ですか?」

「いや、村田」

「ですよねー」

何故か深く納得された。
村田は「これが一番ダメージ大きい方法だよ」と、自信満々に助言してくれたのだが。
果して、コンラッドは幼馴染み相手で妬いたりするだろうか。大賢者様の意見とはいえ、未だに半信半疑だ。
女の子とデートだと本当に浮気になってしまうし、こんなことで妬いてもらえるなら、おれとしては有り難いんだけど。



「ところでそろそろ休憩しますー?」

ヨザックが間延びした声で聞いてくる。情けなくもバテ始めたおれに気付いたらしい。

「お願いします……」

即答した。

「あー」

意味のない声を上げて地面へ座り込む。

「疲れたーっ!」

さすが立派な筋肉の持ち主。ヨザック監修のロードワークは、二日目も予想以上にハードだった。

「もう今日はやめときます?」

からかうように聞かれて、まさかと返す。

「筋肉つけたいって言ったのもホントなんだからな!」

建前として使ってしまった理由ではあるが。

「坊ちゃんはそのままでいいと思いますけどねー」

「おれはやなの!」

よっと勢いをつけて立ち上がった。まだまだいけそうだ。

「鍛えてくれるって言ったじゃん。あれは嘘?」

「諜報活動中じゃあない限り、オレは嘘なんかつきませんよ」

個人的な好みを言っただけです、と彼が続ける。

「好みって……」

ヨザックの好みはよく判らない。
筋肉大好き仲間だと思ってたのに。

「まぁ、話を戻しますが。その、猊下発案の……ウェラー卿が大人気なくヤキモチ妬くところが見たーい!大作戦、何か効果はあったんですか?」

「全然」

コンラッドは、ヨザックとロードワークへ出掛けるおれを、いつも通りの笑顔で見送ってくれた。虚しくなってくるくらいだ。
おれはコンラッドと二人っきりで過ごせる朝練の時間がけっこう好きだったのに。彼はそうでもなかったんだろうか。

「なるほどねー」

慰めてくれるでもなくヨザックが気のない相槌を打つ。
思わず本日二度目の溜め息をついてしまった。
すると何やら隣からも、わざとらしい溜め息が聞こえてくる。

悪戯っぽく、少し笑いながらヨザックはぼやいた。

「まぁー、オレはー、隊長にー、冷たくされてるんですけどねー」

「え、なんで?」

聞けばあっさりと答えてくれる。

「妬いてるから」

「えぇー?」

信じられない。

「あの人、割とあからさまに嫉妬しますよ。陛下には見せないようにしてるみたいですけど」

「ホントにぃ?」

「坊ちゃんが気付いてないだけです」

幼馴染みである彼がそこまで言うなら、もしかしたらそうなのかもしれない。やっぱり信じ難いけれど。

「……おれは、そういうのも丸ごと見せてほしいのに」

拗ねたような声になってしまった。足元の小石を蹴り上げる。ヨザックが笑う。

「だから陛下は今回の、ウェラー卿にヤキモチ妬かせたーい!大作戦を、とことんやり抜けばいいんです。そのうち隊長も痺れ切らしますって」

「なんか……巻き込んでごめん」

「いえいえー」

今更ながらに申し訳なく思っていると、

「ま、他でもない坊ちゃんがお相手なら、」

グリ江ちゃんモードにチェンジした彼が、冗談とも本気ともとれる調子で言ってくれた。

「うっかりイケない関係持っちゃうくらいの展開までは、グリ江、喜んで付き合うわ!」

「いやっ、そこまで付き合ってくれなくていいから!!!」

むしろ、彼が許容できないそれ以上の展開ってなんだろう。







途中、話し込んでいたせいで、いつもより時間がかかってしまった。一時間ほどのロードワークを終え、城の正面に戻ってくる。

「おかえり、ユーリ」

今日もきっちり軍服を着込んだコンラッドが、ニコニコと笑顔で迎えてくれる。やっぱり全くダメージなし。

「……ただいま」

明日こそ、と決意を新たにしながら答える。
ヨザックだって、そのうち痺れを切らすはずだと言っていたし。ここは気長に構えなくては。

「何もなかっただろうな?」

「ええ、なーんにも」

心配性の彼はロードワーク中のトラブルの有無を、護衛役に確認している。
台詞に何か含みがあるような気もしたが、少なくともヨザックが冷たくされているとは思えなかった。
それとも、普段のコンラッドはもっとヨザックに優しいのだろうか。
そういえば、ヴァン・ダー・ヴィーアへ向かう船上のパーティーで、正装した彼とグリ江ちゃんは、かなり親しそうに見えたっけ。

いや、ここでおれが妬いてどうする。

勝手な邪推から一人悶々としていると、不意に伸びてきた長い指が、おれの前髪を梳いていった。

「ずいぶん汗をかいていますね。謁見まではまだ時間があるし……風呂入りましょうか?」

「そうする」

「着替えは大浴場の方に用意してありますよ」

「うん、ありがと」

コンラッドは、背中に置いた手の平でおれをぐいぐい押して「行こう」と促す。そんなに急がなくても、と思いながら城内に入る。

「あーあー」

それ以上ついてくるのを止めたらしいヨザックの、うんざりしたような声が聞こえたが、意味はさっぱり判らなかった。

「これでどこが妬いてないって?」



END

2013.5.27

title:capriccio




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