なみだびより
今夜こそは誰にも邪魔されず静かな夜を過ごせそうだ、と完全に油断してかぎ針を動かしている時に限って、招かざる客が自室の扉を叩く。
「……誰だ」
それは絡みついでに任務完了の報告をしていく部下だったり、最低限の常識を持っている者なら遠慮するはずの時間であっても気にせず踏み込んできては実験に巻き込む幼馴染みだったり……アニシナは扉など叩かないから今回は除外だ。
「グウェン、ちょっといいかな」
稀に弱り切った顔を晒した弟だったり、する。
「どうした」
いや、こんなに弱った顔の弟が来たのは初めてだ。そもそもコンラートは抱え込み過ぎて手の施しようがないほど悪化させてしまう質で、頼られた記憶などないに等しい。
驚いて思わず立ち上がったせいで、完成間近の作品が膝から勢いよく転げ落ちる。
とはいえ、自分の爪先にぶつかったあみぐるみなど気にとめる余裕もない彼が最初に口にする言葉だけは、簡単に予測できるのだが。
「ユーリが……」
そらきた。
「陛下がどうした」
この弟が余裕のない顔を見せるなんて、あの27代魔王絡みに決まっている。
「まさかこの時間に城を抜け出したとは言わないだろうな」
「……ちゃんとお部屋でお休みになられている」
「そうか」
それを聞いて少しだけ安心した。どうやら一刻を争う危急の用件ではなさそうだ。ならば戸口に突っ立ったまま話す必要はあるまい。
「とりあえず足元に気を付けて入ってこい」
「はい?」
「うさちゃんを蹴るな」
「……ああ」
あみぐるみを無造作に拾い上げて検分した弟が、「うさぎだったのか」と呟いたような気がする。
椅子に浅く腰掛けたコンラートから聞いた「ユーリが」の続きは、予想よりも幾分深刻なものだった。
「ユーリが、俺の顔を見ると泣くんだ」
「……陛下に何をした」
責めるような口調になったのは、彼が大シマロン軍服を纏っていた頃のユーリの顔が、瞬間、頭を過ったせいか。泣き顔ではない、どうしても泣けないあの顔が。
どうせお前が悪いのだろう、と端から決め付けたも同然であることには後で気が付いたが、口を衝いて出てしまったのだから仕方ない。それに実のところグウェンダルは、どうせコンラートが悪いのだろうと思っている。
「お側へ戻ってきてからは何も」とコンラートは言った。
「それ以前のことになると……心当たりがありすぎて判らないよ」
罪悪感だとか後悔だとかを、持てる限り抱え込んだような声だった。
「昨日の朝、起こしに行った時からなんだ。他の誰かが側にいれば泣かないんですが」
さっきも泣かれて、と項垂れる。2日間で精神的に参ってしまったらしい。
「本人に理由は聞いてみたのか?」
「思い付く限りのことを聞いたよ。悲しい夢を見た? 目にゴミが入った? お腹が空いた? グウェンに苛められた? どこか痛い? ってね。でも、どれも違うらしい。他にも色々訊いたけれど、結局教えてもらえなかった」
ユーリが何も答えなかったのは、この男に都合のいい言い訳候補を全て潰されたせいだろう。誤魔化されてしまうよりはよかったと思うべきか。
それはそれとして聞き捨てならない質問が一つ混ざっていたような。
「俺のせいか、とは聞けなくて……」
しょぼくれた様子でコンラートは続けた。
「とりあえず、今はなるべく2人きりにならないようにしているけど」
「逃げたのか……」
少しばかり呆れてそう溢したグウェンダルに、「仕方ないだろう!」とコンラートが食って掛かる。
「グウェンはユーリに泣かれたことがないから判らないんだ! 泣き止もうと苦心して、『いきなりごめん、何でもないよ』なんて言って、ちょっと恥ずかしそうに笑って、それでもまだボロボロ泣き続けてるんですよ!? どうすればいいか判らなくなるでしょう!?」
「……ああ」
確かにそれはきつい。
「陛下はお優しい方だから言えないだけで、本当は俺と顔を合わせるのも嫌なのかもしれない」
「そんな風には見えないが」
「……やっぱり俺は還ってこない方がよかったんだろうか……」
どんより沈んだ顔の弟が垂れ流しているのは、最早相槌さえも求めない独白だ。お前の帰還を誰より望んだのは陛下ご自身だろう、と思い出させてやるのも馬鹿馬鹿しいが、どんな用件でこの部屋を訪れたのか、ということだけはそろそろ思い出してほしかった。泣き言を聞かせにきただけだ、などとは頼むから言ってくれるな。
兄弟2人を机の上から見守るあみぐるみに目を遣り、グウェンダルの両手が疼き始めた頃、ようやくコンラートが相談相手の存在を思い出して、言った。
「それでグウェン、俺の代わりにさりげなく理由を聞き出してもらいたいんだけど」
「……私がか?」
しかもさりげなく?
「陛下に聞いてみて、本当に俺が嫌がられていると判ったら、護衛から外すなりなんなりしてほしい」
「待て、先走る前に人選を考え直せ。そういうことなら猊下の方が適任……」
「そんな恐ろしいことできません」
真顔で却下された。同じ世界で育った親友である猊下の方が、比べるのもおこがましく思えるほど陛下とは仲が良い。色々な意味で聞き出しやすいだろうに。
「ヴォルフに言えば面倒なことになるし、ギュンターでは大騒ぎされて話にならないし、グリエには頼みたくない」
コンラートは候補者とダメ出しと個人的な感情をつらつら並べて、最後に「グウェンが適任でしょう?」と言う。
なるほど。つまり消去法で兄を選んだと。
無駄なところで押しが強く頑固な弟のせいで気の重い仕事が増えてしまったものの、魔王陛下とゆっくり話す機会など早々訪れないだろうと油断していた。甘かった。
昼食から数刻が過ぎた頃、ユーリが欠伸を噛み殺したことに気付いたコンラートは「そろそろお茶にしましょう」などと言って、厨房へ頼むために執務室を出てしまった。言葉巧みにギュンターまで連れ出して、もちろんグウェンダルへ意味ありげな目配せをすることも忘れなかった。
「ギュンターと2人きりで話したいことでもあるのかな」とユーリが首を傾げていたから、少々強引で不自然だったと言わざるを得ない。
結果、あっけなくユーリと2人きりにされてしまい、グウェンダルは密かに焦っている。コンラートは自分の顔を見てユーリが泣く、と話したが、彼に限らず、誰かと2人きりになった途端に泣き出す、という可能性も捨てきれないのだ。
逃げたのか、と呆れておいてなんだが、他でもないお前が逃げてどうする、と呆れたのであって、自分なら上手く対処できるなどとは端から思っていない。今泣かれたらそれはもう物凄く困るし、助けを呼ぶためと言い訳して脱兎のごとく逃げるだろう。
昨晩の話を受け、グウェンダルも今朝からユーリのことを気にしてはいた。見ているだけで判ることなど何もなかった。ユーリは問題のコンラートと話す時でさえいつも通りだ。今も全く以て普段と変わりない様子で、署名すべき書類の文面に目を通している。
集中できているのならば邪魔しない方がいいかと躊躇ったが、よくよく見るとその指先は同じ行を行き来しているだけだった。判らない部分があるのか、それとも余所事に気を取られているのか。
「おい」
腹を括って声をかける。途端、驚いて肩を震わせたユーリが、おずおずとこちらを見上げてきた。
「な、なに?」
小動物のような双眸が何とも愛らしい……なんて密かに癒されている場合ではない。
「あ、おれなんか間違えちゃってた?」
「いや、その、そうではなく……」
さりげなくさりげなく、と繰り返し唱えながら言葉を探す。
――無理だ。
「……コンラートから、相談を受けたのだが」
「え!? コンラッドってグウェンに悩み相談とかすんの!? おれなんか一度もされたことないのに!」
思いも依らないところで羨ましがられてしまった。
「……臣下であるコンラートが魔王陛下に悩み相談など、できなくて当たり前だろう」
一応100年ほど兄でいるグウェンダルとて、あの弟から相談されたり頼られたりした覚えがないのだし、更に言えば、彼がユーリと関係ない事柄について、誰かに相談したくなるほど思い詰めるはずもない。本人には相談できないというわけだ。
そしてそれを判っていないユーリは、子供っぽく拗ねてみせるのだろう、と予想していたのだが。
「おれは、相談してもらいたいよ」
大人のような顔付きだと思った。コンラートが何を打ち明けたとしても、受け止める覚悟があるように見えた。もしも彼がまた離れたいなどと馬鹿なことを言い出しても、表面上は。
「コンラッドって大事なことは何にも話してくれないからさ」
いつもの生き生きとした明るさは影を潜め、寂しげにも見える笑みを浮かべている。泣かなくなった大人の顔だ。
「……お前こそ悩みでもあるのではないか?」
そう、静かに問い掛けた。
「おれ?」
ユーリがこてんと首を傾げる。思い当たることがないらしい。その様子に自然と溜め息が零れた。
「コンラートの相談とはそのことだ。陛下が自分の顔を見て泣く理由を知りたい、と」
ユーリはふいと視線を逸らした。暫くの間、黙ったまま扉を見ていた。なかなか戻ってこないコンラートの姿を探すように。
「わかんないんだ」とユーリは言った。
「自分でもさ、あーカッコわりーって思うんだけど、止まんねーの。なんでなんだろ」
沈んだ様子など見受けられない。ただただ不思議そうに聞いてくる。
「お前自身にも判らないのに、私が判るわけないだろう」
「だよな。ごめん」
考える間すら取らず判らないと返したグウェンダルは、本当は何となく判ったような気がしていた。
「……一度は国を裏切った男だ。コンラートのことが嫌になったか?」
返る答えに確信を持って聞く。
「違う! それだけは絶対にない!」
勢い込んでユーリが言う。
「そうか」
そうか、の後にはユーリの望む言葉を続けるべきなのだろう。一言で笑顔になれるような何かを。それがいったい何なのか、グウェンダルには見当もつかないが。
誰かの心を救い上げる言葉など見つけられない。グリエの時も駄目だった。合わせる顔がないと避けられ続けた挙げ句、話し合いの場を魔王陛下にお膳立てされておきながら、早く仕事に戻れとしか言えなかった。そういう類いのことはとことん不得手なのだ。
そして今回の件に限って考えれば、続けるべき一言を知っているのはコンラートだけだ。グウェンダルに求めるのは間違っているのだから、「ならいい」とだけ言って話を切り上げてしまう。
ここから先は、少し温くなった飲み物とユーリの好きな菓子でも持って、扉の向こうに立っているはずの男の役目だ。
「あーあ、コンラッドもギュンターも遅いな。お茶頼みにどこまで行ったんだろ」
「……そうだな」
グウェンダルはおもむろに立ち上がると、中の様子が判らないせいで入るに入れないでいる弟のために、執務室の扉を開けてやった。
夕食後、コンラートを自室へ呼び出した。とりあえず椅子を勧めたが断られた。もはや座る気にもなれないらしい。
せっつくような視線が刺さるようで、グウェンダルは早々に本題に入った。
「話を聞いてみた」
「……なんて、言ってました?」
恐る恐るの問い掛けが返ってくる。聞くのが怖いけれど聞かずにはいられない、そんな顔だ。
ユーリはお前を嫌ってなどいない。そう伝えてしまうのは簡単だが。
「私はお前に護衛を辞めろと言うつもりはない」とグウェンダルは言った。
「私が言えることはそれだけだ。後は本人に聞け」
「ええっ!?」
突き放されたコンラートが、非難と困惑の入り混じった声を上げる。
「理由を聞いてくれとは頼まれたが、それを教える約束はしていないだろう」
「……それでは聞いてもらった意味がないんですが」
――知るか。
こっちはお前の面倒な頼み事のせいで仕事が遅れているんだ。
話は終わりだと言わんばかりに、机に積まれた未処理の山から適当な書類を抜き取った。弱気で扱い辛さ全開になったコンラートが机の前に突っ立っている限り、どうにも捗りそうにないが。
途方に暮れているのかと様子を窺えば、「やっぱり脅しが効くヨザックにしておくべきだったか」などと穏やかでないことをぶつぶつ呟いている。
ふと、そのグリエ・ヨザックから聞いた話を思い出した。他でもない、双黒の魔王陛下の話だ。コンラートの代わりに護衛を務めていた期間についての、長くもなく、グウェンダルに聞かせるというよりも独り言に近いような語りだったが、彼にしては珍しく最初から最後までふざけも茶化しもしなかったせいか、特に印象に残っている。
コンラートと生死も判らない状況で別れ別れになって、再会した時には敵国の軍服を着ていて、語り尽くせないほどにもっともっと色々なことがあったはずで。
泣きたいことばかりだったろう。けれど素直には泣かなかったと聞いた。建前を口にしなければ泣けないのだと。本当の悲しみのためには泣けないのだと。
強がるから慰めの言葉をかけることすらできず、見ていられなかったとグリエは語った。「隊長じゃないとダメなんですよ」と言った。
「そうだろうな」と答えた気がする。ユーリが心を剥き出しにして泣けるのは、コンラートの前でだけなのだ。だから、あれから何年かが過ぎ、全てが元通りとまではいかないが、ある程度落ち着いてきた今になって、まとめて泣いているのではないか。
あくまで推測に過ぎないが、これがグウェンダルの出した結論だ。
そうして物思いに耽った後で視線を上げると、所在なさげにこちらを見ているコンラートと目が合った。溜め息が出る。
「ユーリは」
グウェンダルは敢えてそう呼んだ。
陛下ではなく、お前の名付子は。
「辛くて泣いているわけではないのだろう?」
「……たぶんね」
自信なさげにコンラートが答える。
「そう難しく考えるな」と、言った。
「今のユーリと同じ年頃のヴォルフラムに泣かれた時は、私のところになど駆け込んでこなかっただろう。ユーリは、少しばかり体は大きいが、抱き上げて得意の子守唄でも歌って寝かしつけてやればいい」
少々子供扱いしすぎた気もするが、彼が求めているのはそれに近いことだと思う。自身の勝手な憶測を語る気はないが。
「気が済むまで好きなだけ泣かせてやれ。いちいちみっともなく狼狽えるな」
一度言葉を切った後、祈るようにゆっくりと続ける。
「側に、いてやれ」
「判ったよ」と答えて背中を向けたコンラートは、吹っ切れた様子には見えなかった。また逃げやしないかと不安になるが、ここから先は彼に任せるしかない。
剣の腕と陛下を甘やかすことに関しては右に出る者などいない男なのに、兄以外頼る相手のいない弟のような顔を見せて。
「まったく情けない」
そうぼやいたグウェンダルの口元は、微かに弛んでいる。頼られたことが殊の外嬉しかったのかもしれない。
一時期は死んだ魚のような目をしていたあの異父弟が、消去法であれなんであれグウェンダルを相談相手候補に入れる気になったのは間違いなくユーリのお陰で、今度私用で兄の部屋を訪れることがあっても必ず「ユーリが」と言うのだろうが、それもそれで嫌ではないと思えそうな自分がいる。
ところで、嫌なことを思い出してしまった。さきほど声に出して呟いた独り言は、幼馴染みからよく聞かされている嘆きと全く同じだ。後は決まってこう続く。これだから男は……
「これだから男は駄目だというのです!」
閉じたばかりの扉が騒々しい音を立てて開いた。
「アニシナ!?」
入室の許可など待ったこともない訪問者は執務机の前までずずいっと進み、両手を腰に当ててグウェンダルを見下ろす。
「話を聞いていたのか?」
「閉ざされた部屋の中の音を聞くことなど、わたくしにとっては造作もないことです」
それは盗聴と呼ばれる行為で、陛下がお育ちになった国では立派な犯罪なのだぞ! ぷらいばしーの侵害だ! と、地球語混じりの抗議が喉元まで出かかったが、言えなかった。男は情けない。
「陛下の御心を知りたいウェラー卿が、具体的な手段を見つける努力もしないまま、うじうじと悩み続けているようですね」
当たらずとも遠からずだ。
「あのウェラー卿が行動を起こす時をただ待っているだけでは、事態は深刻化しかねません! ここはわたくしの魔動装置を使って早期解決を図るべきです!」
アニシナはそこまで一息で捲し立てると、耳当てに似た物体を二つ取り出した。
「ちゃらちゃちゃっちゃちゃーん! シンジツ発見器!」
二つは細い線で繋がれていて、片方の頭頂部には大きな吸盤がある。額にでも吸い付くのだろうか。
何にせよこの状態に突入した彼女は口上が一段落するまで決して止まらないのだから、質問も制止もするだけ無駄だ。
「これを使えば絶対に隠しておきたかった下心から、どうしても言えずにいる不平不満まで、全てを白日の下に晒すことが可能です」
早期解決どころか余計に拗れるのでは。
「どうです? 使ってみたくなったでしょう?」
「今回は、本人たちに任せた方がいい」
質問を無視されたアニシナが、ぱちくりと瞬いて、止まった。
言葉なくまじまじとグウェンダルを見てくる。動きを止めたまま、何かを――恐らくはあの2人のことを――考えている。グウェンダルは待った。
「……そうかもしれませんね」
ややあって、彼女は珍しくあっさりと引き下がった。
しかし穏やかな声に安堵したのも束の間、これまた聞き慣れた命令口調を聞いて、グウェンダルの顔が引き攣ることになる。
「ならば、あなたがもにたあにおなりなさい!」
「……結局、実験台を探していただけなのか……いや、陛下を実験台にするつもりだったのか、お前は」
彼らの仲を案じていた訳ではなく。
「いけませんか?」
何が問題なのか全く判らない、という顔で聞いてくる。
「よくはないだろう」
まあ、始めからそんなところだろうと思ってはいた。
「それから、私もお前の実験には付き合えな」
「それではこれを装着してください」
結局自分が犠牲になるのだろうな、とも。
「遠慮する。お前の考えていることなど知りたくない」
「何を言っているのですかグウェンダル」
ほとほと呆れたと言わんばかりに、彼女が高く結った髪を揺らした。
「わたくしの頭の中などあなたに晒すはずがないでしょう。わたくしがあなたの頭の中を覗くのです。まあ、あなたの考えなど魔動装置を使うまでもなく丸見えですし、白日の下に晒したところで何の面白味もないのですが」
立ち上がって、ダン、と机を叩いて逃げる態勢に入る。
「だったら見るな!!」
それを一瞥した彼女はいつもの「お待ちなさい!」よりも遥かに効果的な台詞を使って、グウェンダルの足をその場に縫い止めて見せた。
「もちろん、あなたが子犬や子猫と同じようにわたくしのことを可愛いと思っていることも、密かにときめいていることも、とうに知っていますよ。わたくしのような有能で才気溢れる女性とたかが小動物を同じ括りに入れた挙げ句こっそり癒されているなんて、まったく失礼な男ですね!」
「お前を見て癒されるわけがないだろう!!!」
咄嗟に全力でそこを否定してしまったが、本当に否定すべきだったのは前半だったと今さら気付いても、もう遅い。
その後、らしくなく弱った顔のコンラートが部屋へ来ることはなかったし、彼らの問題が無事に解決したのかどうかをグウェンダルは知らない。しかし、幾日か過ぎた頃の夜更けに一度だけ、親密そうな2人の姿を見掛けたことがある。
親密そう、などと表現するのは控え目すぎる。あろうことか眞魔国の王であるユーリ陛下と我が儘を言わない方の弟は、回廊で口づけを交わしていたのだ。
それこそ、らしくなく狼狽して右往左往して、とうとうその場で頭を抱えたが、止めに入ろうとは思わなかったことをよく覚えている。
翌日、コンラートにだけ釘を刺した。
「ああいうことをするのは部屋の中だけにしろ」
「気を付けるよ」と答えた弟は、あの夜の情けなさはどこへやら、ふてぶてしく幸せそうに笑っていた。まったく、可愛げのない。
2016.5.20
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