誤解だから
追っ手の有無を確認するため、用心深く辺りを見回した。目についたのは派手なオレンジ髪だけだ。
「ヨザック!」
国外に出ていたお庭番の名を呼んで、駆け寄る。
「帰ってきてたんだ!」
久しぶりに会えたことが嬉しくて、勢いのままに抱き着いた。
途端。
「……っ陛下!」
慌てたように引き剥がされてしまう。ショックだった。
人目がないことはついさっき確認済みだ。そもそも終わりの見えない書類仕事からこっそり抜け出してきたのだから、見つかれば確実に連れ戻される。
彼が接触を拒んだのは、人に見られることを警戒したせいではない。となると他に思い当たる可能性といえば。
「……おれのこと、嫌いになった?それとも、」
他に恋人が……
もちろんヨザックが誠実な男だってことは、よくよく解っているけれど。
彼は世界を飛び回るお庭番なのだ。そのどこかで心奪われる出会いがあってもおかしくないぞと、そこらへんに転がっている野球小僧としては、少しだけ不安になる訳で。ひたすら遠距離恋愛が続いている状況では、かなり弱気にもなる訳で。
「とんでもない!好きです!大好きです!愛してます!」
おれの抱いてしまった不安は、とりあえず力一杯否定してもらえた。オプションに珍しい告白付き。
しかし、何故か囁く程の小声だった。
「……どうしたの?」
照れる以前にそっちの方が気になってしまう。ヨザックも何かから逃げているのだろうか。
「いえ、その……」
彼は言葉を濁した後、キョロキョロと辺りを見回しながら聞いてくる。
「あなたの専属背後霊は、ご一緒じゃないんですよね?」
「へ?おれってばいつもそんなもんくっつけてたの!?というかあんた霊感あったの!?」
「あー、間違えました。専属護衛です。つまり隊長」
普通、背後霊と護衛は間違えないと思う。
「コンラッドなら撒いてきちゃったけど……もしかして会いたかった?」
「まさか!」
先程より力の篭った否定だった。
「本当にいないんですよね?」
「だからいないって」
おれの言葉にも納得できないらしく、更に念入りに周囲を確認している。それからやっと目を合わせてにっこり笑い、おもむろにぎゅうっと抱きしめてくれた。
「ただいま帰りました、坊ちゃん」
「おかえりヨザック!」
負けじと両腕を回して全力をこめる。まあ、力では当然負けているのだが。
あの筋肉を使って本気で抱きしめられたら、間違いなくおれは潰されてしまう。
「でさ、なんでコンラッドのこと気にしてたんだよ」
抱きしめて、そこら中をぱしぱし叩いてみて、彼の無事を確認して。
名残惜しく思いながらも身体を離してから、改めてヨザックに聞いてみた。
「そりゃあ……」
答えるお庭番は遠い目をしている。
「隊長に見られると怖いんで」
「ええっ!?コンラッドっておれたちのこと認めてくれてなかったっけ!?」
ヨザックとの関係が変わった時、当然ながら常に傍にいた護衛にはすぐにばれた。ばれたけれど反対された覚えはない。「付き合ってるんですか」とさりげなく聞かれて頷いたら、「アイツに泣かされたら言ってくださいね。絞めますから」と笑顔で言われた。それはもう爽やかに笑っていたから、てっきり……応援してくれているものだと思い込んでいた。
あの時を除いて、ヨザックとの関係に口出しされたことは一度もない。
「おれには何も言わないのに……」
「坊ちゃんには言わないでしょうとも」
ヨザックは詳しい説明をしてくれる気がないらしい。二人の間でしか解り合えないことがあるのだろう。何となく疎外感。
「やっぱ、幼なじみで大切な親友だもんな……おれなんかに取られるんじゃ悔しいんだろーな」
「全くそんなことは考えていないと思います」
おれなりにコンラッドの心情を考察してみたのだが、かなり食い気味に否定された。
「そーなの?」
きょとんと問い返す。さっきから彼の言いたいことが全く判らない。
見上げた先、彼は深い深い溜め息をついた。
「……むしろそんな誤解されてる隊長が心底気の毒っていうか」
「余計なお世話だ、ヨザ」
「……!?!?」
突如割り込んだ第三者の声に、二人揃って飛び上がる。
いつの間にかヨザックの肩の上には、見慣れた男の右手が乗っていた。噂をすれば、なコンラッドだ。
「帰ってきたばかりだろう?グウェンのところへ報告に行かなくていいのか」
「あらやだグリ江ったらうっかりしてたわ!じゃ、また後でね坊ちゃん!」
まずは脱兎の勢いでヨザックが逃げる。どうしてそこで女言葉。
「陛下も仕事に戻りましょうね?」
続いてこちらへ向けられた名付親の満面の笑顔が何となく怖くて、
「……お、おう!」
決まり文句も言い損なったまま、思わず目を逸らしてしまった。
やっぱり名付親はおれたちのお付き合いに反対らしい。結局判らなかった理由はさておき。
2013.12.9
title:capriccio
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