ため息

「慣れてきちゃった自分が怖い気もするんだけどさ」

真っ正面には愛らしい主の愛らしい笑顔。

「グリ江ちゃんって意外とすっげー美人だよな」

そしてその隣には。

「……そうですか?」

微笑んではいるけれど決して笑顔と呼びたくない類い、の胡散臭い表情を浮かべた男。

「睫毛長いし」

「化粧しているからです」

「胸大きいし」

「あれは筋肉と鳩です」

「上腕二頭筋は最高だし」

「それは美人に必要なオプションですか?」

「そーだなー」

陛下は考えを巡らせるように少し間を置いた。更に痛手を与えられそうな台詞を、真剣に探しているのだろう。
とりあえず今すぐ尻尾を巻いて逃げ出したい。

「男バージョンだとカッコイイし、強いし、有能で優しくて男前!」

「……」

どうやらオレは褒められているらしいのだが。

「ほーんと、どっかのタラシとは大違いだよなー」

「……」

嬉しくない。全っ然嬉しくない。

「……ちょっと坊ちゃん」

漂う不穏な空気に耐えられず、ついに限界を感じてしまったオレは、こそこそと彼に問い掛ける。

「それはどっちに対する嫌がらせなんですか?」

「どっちって?」

「オレなのかそれとも隊長なのか」

「ヨザックに嫌がらせなんかしてないだろ。褒めてるんだから」

「褒めてるというかー、ある意味褒め殺しというかー、隊長の冷たーい視線に殺されそうというかー……」

「あーっ!コンラッド!」

ようやく護衛の物騒な目付きに気付いた陛下が、咎める声を上げてくれた。

「そんな目で親友睨むなよ!」

「こんなもの親友じゃありません」

かつての部下をこんなもの呼ばわりか。
酷いわ隊長!と泣き真似をしたら、ますます不愉快なものを見る目で睨まれた。

それから奴はころりと表情を変え、大切な大切な主と向き直る。

「陛下」

その瞬間、陛下の眉間に二割増しの皺発生。

「俺は何かあなたのお気に障るようなことをしてしまったでしょうか?」

「べーつにー」

不機嫌そうな声で坊ちゃんが返す。
まず呼び方がお気に障ったらしいぞ。

「ただ、さっきは女の人とすごーく仲良さそうにしてたなーって思ってさー」

「ちがいますよ!あれは……」

必死で言い訳を始めた男を尻目に、今の内だと部屋から逃げ出した。

ちょっとした任務で女装したついでに、坊ちゃんをからかいに来ただけなのに。
とんだとばっちりを受けてしまった。

「全くはた迷惑な主従だことー」

過去に何度口にしたか判らない台詞で、今夜もぼやいてみたりして。
はああっと思い切りため息をつく。

「さっきから陛下陛下ってしつこい!やめろよ!」

「あなたがアイツを褒めるのをやめたらね」

未だ騒いでいる二人の声が、細く開いたままの扉の隙間から聞こえてくる。

「あんた心狭すぎ!」

「今更でしょう?」

……やれやれ。

もう一度ため息を吐き出した。この主従の傍にいるとため息ばかり出る。
それでも、彼らが拗れまくっていた頃に比べれば、随分と平和なため息なのだった。



END

2013.11.3




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