こんな日もある
窓が閉まっていても布団を被っていても判る。外は激しい雨だった。
ぐぐぴという珍妙な鼾をかく末っ子の代わりに、次男坊の無駄にいい声が聞こえる。
「……何のために、ですか」
相変わらず寝起きとは思えない爽やかさだけれど、朝っぱらから変なことを聞かれたせいか、少しだけ戸惑いを乗せた声だ。
「もちろん王様としてじゃなくて、渋谷有利としての話な」
王様としてなら答えは出ている。全ての民と、そしておれを信じて支えてくれる臣下のため。
「ずいぶん難しいことを考えているんですね」
知恵熱が出ますよ、とからかわれる。こっちは大真面目なのに。
「あんたはどうなんだよ」
ムッとしついでに言ってみた。
「俺は……聞くまでもないと思うけど」
答えを探すためではない束の間の沈黙。
ふっと、彼の微笑う顔が見えたような気がする。
「眞魔国の軍人としても、俺個人、ウェラー・コンラートとしても、ずっと、あなたのためだけに生きていますよ」
聞くんじゃなかった。
「だから、あなたがいなくなったら生きていけません」
それは笑顔で言い切っていい類いの台詞だろうか。
「決めた」
と、布団から顔を出す。
予想よりずっと近いところにあった瞳を見据えて言う。
「渋谷有利はあんたのために生きることにする」
おれがいないと死んでしまうと言い張る、可哀相な男のために。
ぱちりとその目が瞬いた。
「それは、恐れ多いですね」
そう言いながら彼は嬉しそうに笑う。安心したような顔にも見えた。
「さあユーリ、この雨じゃロードワークは無理だけど……朝食に行こうか」
彼に布団を引き剥がされ、おれはようやくベッドから下りた。
「もうそんな時間?」
「だいぶのんびりしていたからね」
いきなり寒くなった朝は布団から出づらい。雨でロードワークもできないとなれば尚更だ。
うっかり哲学的なことまで口にしてしまったのも、つまりはそういうこと。
「そこに至るまでの経緯は何となく解ったので、まあ、いいですけど」
嘆息まじり、コンラッドが言う。ちっともよくなさそうな表情で。
「朝っぱらから『何のために生きればいいのか判らない』なんて心臓に悪い発言をするのは、なるべく控えてもらえると助かるかな」
「……ごめん」
『何のために生きればいいのか判らない』意訳、『寒くて布団から出たくない』
END
2013.11.7
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