こどものわがまま
陛下は縋るような目でこうおっしゃった。
「ヨザックはおれのこと好き?」
若干たじろぎながら答える。
「ええ、好きです」
「どのくらい?」
「そうですね……あなたのために命を懸けられる程度には」
本音はもう一段階上で、あなたのためなら死ねるくらい、なのだが、控え目なオレの答えにも悲しそうな顔を見せるような彼だから、言わなくてよかったのだと思う。
もっとも、陛下が顔を歪めたのは、ほんの一瞬のことだった。次の瞬間にはにっこりと笑う。
「それって、すごくおれのことが好きってこと?」
彼らしくない不自然な笑顔だった。
「その通りですよ、陛下」
「じゃあさ」
彼は更に嬉しげに笑う。オレの知っている無邪気さはかけらも見つけられない笑顔で。
付き合おう、と陛下は言った。
「グリ江ちゃんはすっげー美人だし、」
「ありがとうございます?」
「こんなどこにでも転がってそうな野球小僧と付き合うのは嫌かもしれないけどさ、」
「とんでもない!」
「でも、おれのこと好きって言ったよな?おれもヨザックが好きなんだ。両思いじゃん。だから付き合おう」
いや?と類い稀なる麗しき漆黒の瞳に上目遣いで見つめられたら、断れる者などいないはずだ。
「いえいえ嫌じゃありません!オレみたいなしがない下っ端兵士にとっては、本当に身にあまる光栄です!」
何かが違うなと思っていても。
「下っ端兵士なんかじゃないよ。今日からあんたは王様の恋人!」
むきになったような声だった。
たぶん、と思う。
オレは坊ちゃんのことが大好きだ。夢に見たことさえなかったが、彼と付き合えるなんてこの100年で一番の幸福な出来事だ。
けれど、陛下のくださった好きは、恋愛感情を含むものではない。坊ちゃんが求めているものは、還ってこない保護者の代わりだ。
それから。
おそらく、狙いはもう一つある。
「という訳でグウェン、ヨザックはおれの恋人になったから」
衝撃的な「今日から王様の恋人!」宣言をされた直後のこと、陛下にぐいぐい引っ張っていかれた先は閣下のお部屋で。
「……は……?」
まさかいきなり上司に報告されるとは思わなかった。
爆弾を落とされたグウェンダル閣下は、眉間に皺を寄せることも忘れるほど呆気にとられている。
それなりに長い付き合いだが、こんな顔した閣下は初めて見た。オレ自身が当事者でさえなければ、らしくないと笑ったはずだ。
「……グリエと、お前が?」
「うん!付き合ってるんだ。な?」
はい、と答える以外に何ができただろう。
いや、付き合い始めたのついさっきなんですけどね、なんて言えない。
「だから、これからは危険な場所へ行く任務とか禁止な。王様の恋人なんだから、ずっとおれの傍にいるのは当然だろ」
閣下が何かに気付いて目を瞠り、それから眉間に深い深い皺を作る。
「グウェン?」
「……あ、あぁ。そうだな」
約束しろよ、と念を押す陛下に頷きながら、閣下がちらりとオレを見る。痛みを堪えるような顔、だろうか。
彼に認めてもらえたことを無邪気に喜ぶ“恋人”の笑顔は、真っ直ぐオレへと向けられる。そこに混じっているものは安堵だ。失う恐怖から解放されたことに対する。
謝りたくて、堪らなくなった。
そのまま穏やかに半月が過ぎた。
「キス、してもいいですか?」
「いいよ」
おれ達、恋人同士だもんな。
そう言って陛下は素直に目を閉じる。嫌な癖に、と思う。
苛立ちは感じない。ただ、悲しい。
おこがましくてとても触れることなどできない、柔らかそうな唇を見つめていると、彼はぱちりと目を開けた。
「しないの?」
現れたふたつの黒い瞳は、不思議そうにオレを見ている。
逡巡の末、とうとう口にした言葉。
「……もう、やめません?」
彼は目を臥せて黙っている。
「オレは、あなたのことが好きですよ。でもね、」
善いか悪いかはどうであれ、オレの身を案じた末にたどり着いた結論であることだけは確かだ。彼の臆病な優しさを、愛おしいとすら思うけれど。
「ねぇ、坊ちゃん」
本当に傍にいてほしい人を、見失わないで欲しいとも思う。
「あなたが好きな人はオレじゃないでしょう?」
ややあって、こくりと黒髪が小さく揺れた。
その頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。振り回されて、頼りなく揺れる。
仕上げにぽんと軽く叩いて言った。
「同じ手使って、早くうちの隊長を捕まえてやってください」
END
2013.10.3
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