かるがも親子
「きみたちってさ、四六時中一緒にいるけど、いい加減うんざりすることってないの?」
ああ、もちろんきみと過保護な名付親の話だよ。
中二中三とクラスが一緒の眼鏡くんがそう言うので不安になって、試しに距離を置いてみた。というより、置こうとしてみた。
執務中は書面に集中して、何度も彼の方を振り返るのはやめてみた。やめたところで彼は後ろに立っているのだから、結局何の意味もなかった。
昼食時は汁を警戒しつつ、自らギュンターの隣に座ってみた。反対側に彼が座った。当たり前のように毒味もされた。
どんなに距離を置こうとしてもくっついてくるのだ。
彼はおれの護衛だし、いつでも傍にいるのは当然だが。
どうしたものかと考える。
彼がおれから離れるのは、すごく簡単なことなのだろう。
向こうは黙って勝手に離れられるのだから狡い。過去に嫌な前例もある。
けれど、おれが彼から離れるのは。
「……やっぱ、無理、かあっ!」
難しいどころじゃない。不可能だった。
「待ってください、陛下!」
だってどこまでもついてくるのだ。
執務終わりにこそこそと部屋から出て、屋外へ出てから全力で走って、数メートル進んだところで捕まった。何とも呆気なさすぎる。
「鬼ごっこでもしたいんですか?」
「いや、えーっと……」
腕を掴んだままの彼に聞かれて口ごもる。
「そういう訳じゃ、ないんだけど……」
上目遣いで表情を窺った。
加減されてはいるのだろうが、少しだけ腕が痛かった。
「では、どうして今日一日、俺はあなたに避けられていたんでしょうか?」
コンラッド、目が笑ってない。
「その……村田がさ……四六時中一緒にいてうんざりしないのかって言うから、試しに、と」
「なるほど。猊下の嫌がらせか……」
嫌そうに呟いたコンラッドが、漸く腕を離してくれる。
「嫌がらせじゃないと思うよ?」
「ああ、そこは聞き流してくれていいです」
「う、うん」
釈然としないまま頷いた。
おれの護衛と親友はとても相性が悪いようだから、深く突っ込むのはやめておこう。
「で、距離を置いてみてどうでした?」
そもそも距離なんて置けてないよな、と思いつつ、答える。
「あんたと話せないのは寂しかった、かも」
少し考えてから付け加えた。
「ずっと追い掛けてきてくれたのは……正直、嬉しかったし」
護衛だからだって判ってるけど。
「それはよかった」
コンラッドは、今度こそ見慣れた顔でにっこりと笑う。
その爽やかな笑顔を見て結論が出た。彼と距離を置く必要なんて全くなさそうだ。
おれがこのまま傍に居続けても、嫌気が差した彼がある日突然消えるような事態にはならないだろう。たぶん。
「あのねぇ、」
さっそく村田に報告すると、呆れ顔で溜め息をつかれた。
「僕はウェラー卿がどう思ってるか、じゃなくて、きみのことを聞いたんだよ」
「おれ?」
「彼がきみの傍にいることを嫌がる訳ないじゃないか。嬉々として張り付いてるに決まってる」
つい、顔が緩んでしまう。
「……そっか」
傍目から見ても明らかなら嬉しいと思ったのだ。
「ああもう!」
疲れたように村田が言う。
「なんだよ、いきなり」
きょとんと尋ねれば再び深い溜め息をつかれた。
「僕はもう何も言わないから、きみたちは好きにやってくれ……」
どうやらおれとコンラッドは、逆に彼をうんざりさせてしまったらしい。
END
2013.8.31
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