ノンレム睡眠

真っ暗だった。目を閉じても闇の深さは変わらない。おれはまだあの地下通路にいるのか。

「ここ、どこだ……」

発した声が掠れている。水を飲んでいない気がしてくる。喉が渇いた。水、水を――

「どこって、血盟城の陛下のお部屋じゃないですか」

不意に、問い掛けの答えが返った。一人きりで暗闇にいるのだと思っていたけれど、違った。ヨザックがいた。
明かりを持っている。

「あー、そっか。おれの部屋か」

「そうですよ。じゃなきゃオレがいる訳ないでしょう」

頷きながら微かに違和感を覚える。ヨザックがおれの部屋にいることは、当たり前のことだったのだろうか。

目が薄闇に慣れてきた。かざされた小さな明かりの中、彼の全身が浮かび上がる。微かに感じる違和感。

「陛下?どうしました?」

「あ……あ……」

恐怖で声が出ない。

「陛下?」

気付いてしまった。どうして立っていられるんだ。
彼の足は潰れている。床に掠れた赤い血の跡。
後ずさる。
まさかあの時のように操られているのだろうか。

「どうしたんです?」

後ずさった分だけ彼は足を進める。血の跡がまた掠れて伸びる。

「大丈夫ですよ、坊ちゃん。恐いことなんて何もありゃしません」

気付けばガタガタと震えていた。ヨザックのことが恐い訳ではない。
彼の大きな手の平が、少し乱暴におれの頭を撫でる。

「どんなことがあったとしても、オレがあなたを守ってみせます」

おれのせいで招いてしまった、その結果を直視することが怖いのだ。

命を懸けてと聞こえた瞬間、彼が音もなく倒れ伏した。







「……ぶや、渋谷!」

薄く目を開けた。頻りに色んなところを叩かれている気がする。
割と容赦なく叩かれて、揺さぶられて、目覚まし時計で殴られそうになったところで、やっと声を出すことができた。

「……ここ、どこ?」

この問い掛けをするのは二度目だ、と思う。

「渋谷、やっと起きたね」

寝汗で服が張り付いて気持ち悪い。
ホッとしたように息を吐く親友と目が合った。

「あー……村田がいるってことはアレだろ。誰が呼んだか地獄の……」

なんだっけ?

「一丁目、アッ・パシリ三丁目監獄?」

「そうそれ!さすが村田」

感心していると呆れたように突っ込まれた。

「渋谷……きみ、どんだけぼけてるんだよ」

「へ?」

「そこはとっくに脱獄しただろ?」

「そんなミッションこなしたっけ、普通に出てきた気が……」

そうだ。おれたちは所長に嵌められていただけで、禁忌の箱と共に堂々と娑婆へ戻ったんじゃないか。

ぱちん

村田の手で点されたのはベッドサイドの明かりで、向こうの世界にはあるはずのない、パソコンやテレビがぼんやりと浮かび上がって。

「やっと思い出した?ここは地球。僕の部屋。きみは泊まりにきたんだろ?」

「……ああ」

そうだった。
追い返されないように水のある場所を避け続けていたら、とうとう村田に噴水へ突き落とされて、抵抗虚しく懐かしのスタツア。めでたく地球へ帰還して今に至る。
おれは戻りたくなんかなかったのに。

床に敷かれた布団から体を起こすと、村田が気遣うような声で指摘する。

「渋谷、酷い顔だ」

少し躊躇してから、答える。

「……嫌な夢、見てたんだよ」

「そっか」

何となく内容を察したのか、村田は何も聞いてこない。代わりに声の調子をガラリと変えて、「ならさ、」と身を乗り出してきた。

「少し運動してから眠ればいい。きっと夢も見ずに熟睡できる」

「筋トレしたい気分じゃないなぁ……」

「そういうのじゃなくて」

「じゃあどういうのだよ?」

他に運動と聞いて思い付くのはジョギングかキャッチボールくらいだが、真夜中に屋内でできることではないし、村田が付き合ってくれるとも思えない。

「そうだなぁ……」

まさかサッカーじゃないよなと聞きかけた時、妙に真面目な声で村田が言った。

「渋谷、目閉じてよ」

「なんで?」

「いいからいいから」

彼はにっこりと笑ってみせる。とりあえず任せてみようと思った。そもそも逆らう気力がなかった。夢のせいで疲れていた。
何をする気なのか全く予想がつかないまま、おれは素直に目を閉じて、

「ちょ、おい!どこ触る気だよ!」

ぎょっとしてすぐに見開いた。素足が夜の冷気に曝される。
あろうことか親友の手は、下着ごとズボンを引き下ろしたのだ。

「どこって、ここ」

彼はけろりとそう答えて、躊躇なくうなだれたそれに触れてくれる。
驚きすぎて声も出ない。

「ほらほら渋谷、目閉じて。好みの可愛い女の子とか……好きな人にされてると思えばいい」

言いながら彼の手は既に動き始めていた。おれとあまり大きさの変わらない掌が、性器を包んで擦り上げる。

「む、無理だって」

後ずさろうとしたら一旦手を離した村田に胸の辺りを押され、呆気なく布団に倒れ込んだ。

「友達と抜きっこなんて普通にするだろ」

「おれはやらない!」

それに、今の状況は抜きっこなんて言葉で片付けられるものではないと思う。

「まぁ、僕だってきみの以外は触りたくないんだけどね」

彼は苦笑を浮かべながら、再び性器に手を伸ばす。
起き上がろうとするが叶わない。

「なんだよそれ……、っ……」

「それにほら、ちゃんと硬くなってる」

すっかり反応していることを指摘されて、かあっと顔に熱が上った。

「そういう問題じゃ……っ!」

こんなにあっさり感じてしまうなんて、自分で自分が許せない。
親指で先端をざらりと撫でられ、びくり、震えて唇を噛む。

「声出していいよ。何せ前世はAV女優だからね。上手いだろ?」

呆然と彼の顔を見上げた。

「……なんで、急にこんなこと……」

彼は愛撫を止めて平然と答えてくれる。

「出すもん出せばぐっすり眠れるかと」

「っだ、ったらトイレ借りて自分で……!」

「もう歩くの辛いんじゃない?」

「……っ……」

誰のせいだと村田を睨んだ。

確かに辛かった。とてもそんな気分にはなれなくて、長いこと自慰さえしていなかったのだ。
耐え切れず手を伸ばしてしまいそうだが、友達の前でなんて恥ずかしすぎる。

「きみが自分で慰めてるところを見たい気もするけど」

「い、やだ……っ」

かぶりを振る。村田が何を考えているのか、どうしてこんなことを言われるのか、もう、訳が判らない。
はぁ、と熱っぽい息をつく。

「今日は僕にやらせてよ。気持ち良くしてあげるから」

言うなり彼は顔を伏せ、性器が濡れた感触に包まれる。
熱い。頭が真っ白になった。




初めて施された口淫で、おれはあっという間に追い上げられた。

「あ、……あぁ……っ」

拒む言葉も出てこない。何にも考えられない。
裏筋に舌を這わせる彼の頭を、引き剥がそうとして失敗する。指に力が入らないのだ。

「や、ぁっ……くち、離せ、って!」

このまま達してしまうのだけは嫌だ。彼の口を汚してしまう。

――誰だっけ。

それすらすっかり見失った。恥ずかしくて、気持ち良くて、変な声しか出てこなくなって。

過ぎた快楽に屈する瞬間、頭に浮かんだ男を呼ぶ。

「あああ……っ、あぁっ……ん、らっど……っ!」

男の喉が上下する。

「……あ………」

吐き出して、一気に頭が冷えた。

「……やっぱり彼が好きなんだ」

白く汚れた唇を舐めながら、不愉快そうに村田が呟いた。







「やめた方がいいよ。あんな最低男」

ティッシュと下着とズボンを投げられる。ティッシュはひらひらと舞って離れた場所に落ちる。
動けない。
転がったまま、ゆっくりと答えた。

「コンラッドは、最低なんかじゃないよ」

「きみを苦しめて喜ぶような男でも?」

おれを見下ろす彼が唇を歪める。

「そんなこと、しない」

「いーや、喜んでたね」

村田は忌ま忌ましげに言葉を継ぐ。それをぼんやりと聞いている。

「有利を悩ませることができて恐悦に思うって。確かにこの耳で聞いたんだ」

微笑った。

「……それが本当でも好きだし、嬉しいよ」

「渋谷……」

例えどんな理由でも、コンラッドが喜んでくれたのなら嬉しい。悲しむでも苦しむでも傷付くでもなく。おれのお陰で喜んでもらえたのなら嬉しい。
大切な人たちには喜びを与えたい。おれのせいで傷付けるのはもうたくさんだ。

「有利……きみは、優しすぎるよ」

なのに今、大切な親友が、苦しげな顔でおれの前にいる。
濡れた下半身を晒したままのみっともない恰好で、のろのろと体を起こしてみた。
揃いの黒い目を見つめて聞く。

「……お前に喜んでもらうためにはどうすればいいの?」

村田は困惑したようにおれを見ていたが、ややあって、苦い声でこう言った。

「お願いだから夢は見ずに早く寝てくれ」

汚れていない方の掌で目元を覆われる。

――それがお前の望みなら。

頷いておれは目を閉じた。



END

2013.8.30




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