ひとはそれを殺意と呼んだ
海の青も空の青もいい加減見飽きた。
それでも甲板から波間を見下ろして呟く。他に見ていたいものがなかった。
「昨日、アイツを殺す夢を見たんだ」
「小シマロン王を?」
「なんでおれがサラ殺すんだよ。友達なのに」
名前を出したくなかったから、同じ言葉を繰り返す。
「じゃなくて、アイツ」
「ああ、アイツですか」
嫌そうな顔でヨザックが言った。今度は正しく伝わったようだ。
「真っ白い雪の中にいてさ、すっげえ重たい拳銃持ってて……」
「ケン、ジュウ?」
「こっちにはないんだっけ。人を殺す道具だよ。こう、引き金を引いて撃つとさ、撃たれた相手の体に穴あけられんの。大シマロン兵士が似たやつ持ってたかも」
「あー、見たことありますよ。あの物騒な武器ですね」
「地球にあるのはもっとコンパクト……えーと、持ち運びにも便利な大きさだけど」
たぶんこれくらい、と両手で示した。刑事ドラマで俳優が持っているのを見たことしかないのだが。
「で、おれはその拳銃を、アイツへ向けて脅してんの。今すぐそこへ跪いて、おれが一番だって言って、おれのところへ戻るって誓わないと殺してやるって」
「それはまた……すごい夢ですね」
「うん。自分でもそう思う」
目が覚めた瞬間は自己嫌悪で死ねそうだった。
どんな軍服を着ていても、誰に仕えても、生きていてくれるだけでいい。転職したかったのならば仕方ない。
物分かりのいい振りで大人ぶって、彼を許しているつもりでいたけれど。
夢で突き付けられた本音は違った。てんで子供だったのだ。
「脅されたアイツは何て?」
ヨザックが話の続きを促す。
「現実と同じだよ。それはできませんってきっぱり断られた。殴っても蹴っても『はい』とは言わねえの。もういい!って引き金引いたところで目が覚めた」
「……そうですか」
下手な慰めを口にしないヨザックが好きだ。こんな話をちゃんと最後まで聞いてくれるところも。
慰めてほしかった訳じゃない。潮風が冷たくて震えるけれど、肩を抱いてほしいとも思わない。話を聞いて、隣にいてほしかった。いつも斜め後ろにいた彼がいなくなって、寂しくて仕方がないと思うから。
「冷えてきましたね」
ぽつりとヨザックが零した。
「先に船室へ戻っていてください。オレはちょっと野暮用があるんで」
「わかった」
素直に頷く。サラと同じ部屋に戻るのは気詰まりだが、ずいぶん体が冷えていた。
「一人で大丈夫ですか?」
「平気だよ、すぐそこだし」
心配そうに聞く護衛に笑って答えて、おれはその場を後にした。
「……そこにいるんだろ?」
船室へ入っていく細っこい背中を見届けた後、ヨザックは徐に呼び掛ける。
「ウェラー卿」
皮肉たっぷりの声で、その名前を。
ややあって近くの柱の影から、軍服姿の男が姿を現した。
「小シマロン王のお守りはいいのか?」
からかうように言ってやる。
何も答えない彼に溜め息をつく。苛々する。
元々長く話すつもりはない。
会話を盗み聞きしていた彼に、厭味のひとつでも吐かないことには気が済まないと思っただけだ。
顔は決して見ないまま言葉をぶつける。
「あんた、そのうち坊ちゃんに殺されるかもな」
やっと裏切り者が口を開く。
「……それは」
あろうことか穏やかな笑みさえ浮かべ、彼は短くこう答えた。
「とても、光栄に思うよ」
END
2013.8.15
title:capriccio
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