間に合わない懺悔

少し離れた場所で足を止めた。捜し人は草地に転がっている。

「なぁ、コンラッド」

小言を言うより先に彼が口を開く。昼寝していた訳ではないらしい。

出鼻を挫かれた思いで答える。

「なんですか」

やや不自然な間を空けてからユーリは言った。

「何もかもどうでもよくなって、投げ出したくなる時って、ない?」

気怠い声だ。転がったままぼんやりと空を見ている。
生憎の曇り空だった。風景も精彩を欠いていて、重苦しいような気分になってくる。

――何もかもがどうでもよく、か。

「まぁ、昔はありましたけれど……」

つまり彼にとっては今がそうなのだろうか。

そんなことを考えながら、「ここ十六年はないですね」と、答えた。

「十六年も!?」

純粋に驚いたらしいユーリが、漸くコンラッドの姿を視界に入れてくれる。

「おれが生きてきたのと同じ長さじゃん」

驚く彼はそれこそがポイントだということに気付かない。

何もかもがどうでもよかったのは、あなたが生まれてくる前のことだ。

「俺はユーリが生まれてからずっと、あなたのことだけはどうでもいいなんて思わないんですよ」

ユーリは数回瞬いた後、疲れたような顔でくるりと背中を向ける。

「……あんたに聞いたのが間違いだった」

それきり口をつぐんでしまった。



理由もなくただ気まずいと思う。
以前なら会話など交わさなくともよかった。ユーリの傍にいるだけで安らいだ。自惚れでなければユーリもそう感じていたはずだ。
けれど、今は息が詰まる。

陽が差さないせいで外は少し肌寒い。上着を羽織っていない彼が、風邪をひかなければいいのだが。

寒くないですか、でもいい。どうして投げ出したくなったの、でも。

何か話そうと思うのに、上手く言葉が出てこない。

一年近く国を離れている間に、コンラッドが大切に想う者たちは変わった。少しずつ、歯車が狂ってしまうように。

ヴォルフラムは陛下との共寝を止めていた。距離を置いているようにも見える。何があったのかと周りに尋ねても、まるで心当たりがないと言う。

ヨザックは意識を取り戻し、足を引き摺りながらであれば歩けるようにもなっていた。しかしその顔に以前のような陽気さはない。
聖砂国皇帝に操られた結果、陛下や猊下に仇なしてしまったことが、心に影を落とし続けているらしい。俺なんて正気で裏切ったんだぞと言ってみたが、張り合っても虚しいの一言で一蹴された。

ユーリは。

動かない背中を見詰めて溜め息を落とす。

ユーリのことは、判らない。



そのまま寝てしまうものだと思っていた彼が、ゆっくりと体を起こして言った。

「……戻る」

「王様業、もうちょっとさぼっていてもいいんですよ?」

意外で、つい、さぼりを推奨するような言葉を返してしまう。
行方を眩ませて目の届かないところへ行ってしまわない限り、とは心の中で付け加えた。彼が何処へ消えたとしても、見つけ出す自信はあるけれど。
疲れているのならば休ませてやりたい。
捜しに行けと言ったグウェンダルも、連れ戻せとは言わなかった。最近真面目に働きすぎていた王のことを、彼は彼なりに心配していた。

「さぼってたっておれは王様だよ」

淡々とユーリが答える。

「だってこうやって空見ててもさ、今年の直轄地の収穫量とか地方の財政とかそんな……頭痛くなるようなことばっか考えてるんだ」

かつての彼と比べれば遥かに一国の王らしくなった心の吐露に、何だか悲しいと思ってしまった。

「で、どんなに考えても、よきにはからえ!しか言えねーの」

駄目な王様だよなと笑う。こんな笑い方をする人ではなかった。
自嘲するような笑みを浮かべながら、彼は既に立ち上がっている。

思わず聞く。

「どうして、そんなに頑張るんですか」

平坦な調子で答えが返る。

「もう二度と臣下に見捨てられないように」

その瞳にこちらを責める色はなかった。だからこそ、余計に苦しい。

こういう時、自分の罪の重さを思う。
彼から無邪気な野球少年でいる時間を奪ったのは、きっと外ならぬコンラッド自身なのだ。

「すみませ……」

「謝られたい訳じゃない」

決然とした声で遮られる。

何度でも謝りたいと思うのに、聞きたくないとでもいうように拒絶されてしまう。いつも。

「おれだって、自分が立派な王だとか自惚れたことは一度もないし。見捨てられても仕方なかったと思う。そうだろ?」

「そんなことは……」

ない、と言いかけて口ごもる。
裏切ったと糾弾されるべき者の言葉に、どんな重みがあるというのだろう。

再びの沈黙。



前へ足を踏み出して、ユーリが一歩ずつ離れていく。
数歩分の距離を空けたまま追い掛ける。

しかし二、三歩進んだところで、唐突に彼の足は止まった。

「……ユーリ?」

怪訝に思い、名前を呼ぶ。
視線を足元に落としたまま、彼はゆっくりと戻ってきた。

「どうしました?」

ぐらり、体が傾ぐ。
息を呑む。
服の裾を掴んだ指に、くいと強く引かれたせいだ。

責められるのかと、思った。
けれど彼はその力の強さに反して、小さな声で呟いただけだった。

「……やっぱり寝ていく」

「……そうですか」

素っ気ないような声になってしまって一人慌てる。
他に何と答えればいいのか、コンラッドにはどうしても判らなかった。

ユーリは気にしたそぶりも見せず、再びころんと転がった。

「おやすみ」

つられて草地に膝をつく。服の裾を掴まれたままだったので。



その手を離すことのないようにと、触れそうなほど彼の傍にいる。
いくら待っても寝息は聞こえてこない。また国のことでも考えているのだろう。似合わない皺を眉間に作りながら。
コンラッドはひたすら彼のことを考える。

相変わらず白いだけの曇り空を、今度は二人で見上げ続ける。



END

2013.8.7

title:capriccio




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