一つ目、二つ目

短冊と筆記具を手に取った陛下は、個性的な字で迷わず「世界平和」と書き込み、

「これでよし!」

てっぺんへ吊して満足げに笑った。




夜風に揺れる立派な笹は、ユーリと猊下が地球から持ってきたものだ。昼過ぎに到着した時は例によってずぶ濡れだったが、夏の日差しと風のお陰で、今ではすっかり乾いていた。
彼らの来訪が急だったこともあって、七夕祭はごく内輪の催しとなった。それでも笹の先が下がるほど、色とりどりの短冊が括り付けられている。参加人数が少ないんだから何枚でも書いてよと、ユーリが短冊をばらまいたお陰だ。
飾りはどうも長兄とグレタの力作らしい。いくつかの編みぐるみまでぶら下がっている。相変わらず何の動物なのか判らない。

微笑ましいものから切実なものまで、願い事の数々を眺めていると、短冊片手に笹を掻き分けるユーリの姿が視界に入った。

「どうしてそんなところに吊すんですか?」

笹の影へ隠すようにこっそり吊られようとしている、2枚目の短冊を盗み見る。小さな紙に書かれている文字は、日本語だということ以外判らない。
残念に思いながらコンラッドは言う。

「隠さなくても誰も読めないでしょう?」

「村田にも読まれたくないの!」

辺りを警戒しながら答えた矢先、猊下がひょっこりと顔を出して、ユーリの手元を覗き込んだ。

「なになに?ウェラー卿の子供が欲しい?」

「ユーリ……」

「書いてない!そんなこと書いてないから!捏造禁止!あんたも嬉しそうな顔すんな!男同士じゃできないから!」

赤くなって慌てるユーリをひとしきり面白がった後、

「ええっと……」

猊下は改めて正しい願い事を、どうでもよさそうに読み上げる。

「コンラッドがもうどこにも行きませんように……」

「うわあ!だから読むなよ村田!」

「……って本人に言えば済む話だろ」

「直接言ったら、コンラッドがまた転職したくなった時、おれに言い出し難くなるからさ」

親友との会話に意識を持っていかれて手元が疎かになったユーリの手から、

「あ……」

すっと短冊を抜き取った。

1枚目とは打って変わって、自信のなさそうな迷いばかりの字。
これを書いた時の彼の気持ちを思うと、切なくて胸が痛くなる。

どこにも行きませんよと言ったところで、信じてもらえそうになかったので。

「……これは吊さなくてもいい」

コンラッドはユーリにそう伝えて、大切に懐へとしまい込む。

「ちゃんと、俺が叶えるから」



END

2013.7.7




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