きらきら

「やっぱいいよな、こういうとこは!」

澄み切った高い空を見上げたユーリが、気持ちよさそうに伸びをした。

「気は晴れました?」

「うん!」

こちらを振り返って笑顔で頷く。

「ありがと、コンラッド」

「どういたしまして」

そう答えてコンラッドは目を細めた。眩しすぎるのはきっと逆光のせいだけではない。
愛しい人の姿はいつも、きらきらと光を纏って見える。
……どうかしている自覚は一応ある。

「転ばないでくださいね」

「平気だって!」

心なしか弾んだ足取りで歩くユーリを、微笑ましく見守りながら追い掛ける。

「こっちの世界ってホント綺麗だよな!日本じゃ、こんな場所あんまりお目にかかれないし」

「そうなんですか?」

「えーと、もちろん綺麗な場所はたくさんあるんだけど、執務中に思い立ってすぐ行けるような距離にはないってこと」

「なるほど」

あまりに長閑だから忘れかけていたが、そういえば今はまだ執務時間中だった。本当はお忍びで街に下りて、散策なんてしていてはいけないのだが。
あんな顔を見せられては仕方がない。

16にして娘を愛する父親でもあるユーリは、今朝早くグレタが留学先のカヴァルケードへと戻ったことを大層寂しがり、すっかり気落ちしてしまっていた。
またすぐに会えるんだからと宥めてもまるで効果がない。

「あの年頃の子供はさ、ちょっと離れてる間にぐーんと成長しちゃうんだぞ!そりゃ、グレタのために行かせてる留学だって判ってるけど……娘の成長を傍で見守れないなんて寂しすぎる!」

と、こんな調子で益々嘆き始める始末。
書類仕事はいっこうに進まないし、

――子供の成長を傍で見守れないのは寂しい。

コンラッドにはユーリの気持ちが痛いほど判ってしまうしで、可哀相になって城の外へ連れ出してあげたのだ。
甘い!と呆れ返る幼なじみの姿が浮かんだが、見なかったことにしておいた。

そんな訳で、ひたすら落ち込むユーリを連れてきたのは、街外れにある小高い丘だ。幸い先客はいなかった。
丘の上には大きく枝を広げた木が生えている。そう高さのない丘とはいえ、一番高いところまで登りたくなってしまうのは人の性だろう。
木と繁る葉が落とす木陰を目指して、緩やかな傾斜を登っていく。

ユーリはあまり前を見ずに歩く。鮮やかな景色に目を輝かせたり、コンラッドの方を振り返ったり。
並んで歩けば済む話なのだろうが、丘の上から見下ろす町並みが綺麗なのだと教えたからか、どうしても気が急いて先を行ってしまうらしい。彼の足元と前方に気を払っておけば問題はないだろう。
そもそも、コンラッドがユーリから目を離していられるはずがない。



一面に低く広がる野草と、5枚の花片を持つ黄色い花。
踏まないように避けるのが大変だと、ユーリは困ったような顔でまた優しいことを言う。
こんな風に和やかで満ち足りた時間があるなんてことも、彼と出会う前には忘れていた。
王の護衛という大切な役目を持って彼と共にいるのに、すっかり寛いだ気分になってしまう。この場所に何か危険があるとも思えない。珍しくも油断していたのだ。



「危ない!」

と、いきなり声を上げたのはユーリの方だった。

「そこ段差!」

「……え?」

足元を確認する間もなく身体が傾ぐ。
ぎゅっと右手を握られた。ユーリの手だ。
とっさに支えようとしてくれたのだろうが、あまり良い判断ではなかったと思う。

「う、わあっ!」

結果として彼の力ではコンラッドの体重を支えきれず、二人揃ってすっ転んでしまったのだから。しかもユーリを下敷きにして。



「すみません!大丈夫ですか!?」

コンラッドはすぐさま身体を起こし、彼の無事を確認する。押し潰してしまっては大変だ。
まるで押し倒されているかのような格好で転がったまま顔を背けたユーリは、何故か小刻みに両肩を震わせていた。

「ユーリ?」

どこか痛むのかと問い掛ける前に、彼が笑っていることに気付く。

「……ははっ!」

やがて堪え切れなくなったのか、声を上げて思い切り笑い始めた。

「あは、はははははっ」

可笑しそうに腹を抱えながら、コンラッドの顔を見上げて言ってくれる。

「あんたが転ぶとこなんて初めて見た!」

「ユーリ……」

実に決まりが悪い。

「そんなに笑わないでくださいよ」

「だって、おかしくってさっ」
すっげー似合わないし、格好悪いし!

「酷いな」

遠慮のない彼の言い様に、情けなく眉を下げていたコンラッドも、しまいにはつられて笑ってしまった。

「ほら、ユーリ」

笑い混じりの声で言う。

「いつまで転がっているんですか」

「んー」

引き起こそうと右手を差し出すが、ユーリは脇に転がって逃げてしまう。
帽子の外れた髪には草が絡んでいるし、顔は土で汚れている。
やんちゃな子供のような姿を見ていると、不意に愛しさが込み上げてきて、差し出したままの腕を背中に回して、彼を抱きしめてしまいたくなった。
会うことのできなかった15年の間、ユーリはこんな風に泥だらけになって遊び回りながら、すくすくと成長していったのだろうか。
本当は彼のいない世界になど戻らず、ずっと傍で見守っていたかった。親バカ全開で娘を溺愛するユーリのように。
きっと、今の彼以上の親バカ振りを発揮していたに違いない。

見つめた先の最愛の主は、呑気に大きな欠伸をする。
コンラッドはくすっと笑いを零して、顔にかかる髪を払ってあげた。

「眠くなった?」

「うん……なんかここ気持ちいいし」

「昨日ろくに寝ていないせいでしょう?」

「……なんで判んの?」

「今朝はヴォルフラムもグレタも欠伸ばかりしていたから。親子3人別れを惜しんで、夜更かししていたんだろうなと」

「当たり。だっておれの可愛い天使ちゃんと暫く会えなくなるんだぞ?いっぱい話しておきたいじゃんか!」
まあ、ヴォルフは途中で寝ちゃったんだけど。

そう付け加えて欠伸を噛み殺す。
笑いながら尋ねる。

「昼寝していきますか?」

ユーリは少し迷ってから、甘えるような目でコンラッドを見上げて聞いてきた。

「……もうちょっと城を開けてても平気かな?」

「たぶんね」

ギュンターあたりが捜し回っているかもしれないが。いつものことと言えばいつものことだ。

「じゃあ、ちょっとだけ」

「どうぞ。ちゃんと起こしてあげますよ」

「うん……お願い……」

眠気の限界だったのか、すぐに可愛らしい寝息が聞こえてくる。
ユーリは眠りに落ちるのが早い。



風に揺れる葉の透き間から、きらきらと光が降ってきた。
隣へ転がって肘をついて、あどけない寝顔に暫し見惚れる。どうしても口元が緩んでしまう。
今も、昨日も今日も明日も、ユーリを傍で見守ることができる。これ以上の幸せがあるだろうか。

草の匂いのする風が吹き抜けて、彼の額を露にした。
その額に口づけを落としてみる。赤ん坊だった彼にしたように。

「……ユーリ」

起こさないようにそっと名前を呼ぶ。
眠っているはずの名付け子が、擽ったそうに少しだけ笑った。



END

2013.7.2

title:capriccio




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