お互い様です。

「その人のこと、本気なんだよね?」
「あぁ」

 決意を込めて肯定する。

「そっかぁ」

 命は少し口をつぐんで、迷うような表情を見せた。

 というか、その人ってお前のことなんだぞ。

 そう伝えようとした矢先のこと。

「じゃあ言うけど、真中さん、戸磁さんのことが好きなんだよ。だから諦めた方が…」
「それはねぇだろ!」

 真顔ですっとぼけたことを言われ、思わず突っ込んだ。
 さっきから何か勘違いされているとは思っていたが、よりにもよってそう来るか。

 ――真中なんかどっからどう見ても命が好きに決まってるじゃねぇか。

「そういう性癖で“ない”とか決め付けるのはよくないよ。仲間なら受け入れてあげなくちゃ」

 命がしかつめらしい顔で脱力するようなことを説いてみせる。

「つーかちげぇよ」

 もう本当にいろいろとずれている。

「…ちがうの?」

 心底意外そうに聞き返された。
 覚悟していた以上の鈍さに疲労すら覚える。
 遠回りな拒絶ということは、命に限ってありえない。

 ――お前を愛してる、とか、そんなこっぱずかしいことでも言わないとダメなのか…?

「だから、」

 告白にそぐわないうんざりした調子でそう返す。

「俺は命が好きなワケで…」

 命は、一瞬だけ目を瞠った。
 睨むような視線でその顔を見つめる。
 “ない”とは言わせない。
 さっき思いがけず言質も取った。

「…そうなんだ。ありがと」

 動揺するでもなく、赤くなるでもなく。
 いつも通りの、邪気のない笑顔で命が言う。
 これは脈なしなんだろうなと思った。
 元々医療以外のことには興味が薄そうな彼であるし。

「俺も危のこと好きだよ」

 更に、半ば諦めた俺の前で平然と続ける。

「……そうか」

 ホントにわかってるんだろうか、コイツは。
 これだから天然は質が悪い。
 いっそここで押し倒してしまおうか。逃げられるのならそれでもいい。
 博愛とか友愛とか、そういうものが欲しい訳ではないと、しっかり行動に移さなければ分かってもらえない気がする。この、天然ボケの医療バカには。
 幸いなことに、当分この部屋には誰も来ないはずだ。急患が入ってこない限り。

「じゃあ、めでたく両想いだな」

 内心のあれやこれやは決して読み取らせないようニヤリと笑って、命をソファーの前まで追い詰める。
 後は肩の辺りを押すだけでよかった。

「…え?」

 職場で同僚を押し倒すのは、なかなか背徳感に溢れている。
 こんな時なのに見慣れたものばかり目に入って、鎖がぐるぐる巻きにされた冷蔵庫や、机の上の子供向けフィギア、たった今ついた手の平の脇にある、瀬名が投げ飛ばした時にできたらしき傷、真下で固まっている命も、見慣れたモノの内のひとつなのに。
 見たこともない顔をして俺を見上げる。
 まず、目がおかしくなったのかと疑った。
 滲む、色香としか表現のしようのない、それ。

「…危…?」

 ゾクリとした。

 ――これは、ヤバイだろ。

 そろそろ笑って冗談にしなければ。けれど襟元へ伸びる手を止めることはできない。



「……バカッ!!」

 呪縛が、解けた。

「ここ何処だと思ってんの!?」

 怯むほどの剣幕で言われると同時に勢いよく突き飛ばされた。

「お前が復活させた小児外科」

 軽口で応じながら苦笑いに近い表情を浮かべる。

 ――そりゃ、こうなるよな。

 同性愛に嫌悪感がないとはいえ、当事者にされたら話が違ってくるのは当然だ。
 俺の落胆など全く知る由もない命は、「だいたい物事には順番ってものが…」と続ける。
 拒絶とは少し違う言葉に内心首を傾げた。

「普通はキスから、とかなんじゃない?」
「……は?」
「なにその顔。俺も好きって言ったでしょ?」
 危もさっき両想いだって言ってたじゃん。

 今度はこちらがポカンとする番だった。

 ――あれ、本気だったのか…?

「信じてなかったの?ひどいよ」

 唖然とした俺の内心を読み取ったのか、命は憤慨したように言う。

「あんなあっさり言われて信じられるかよ」
 少しは照れるとか何とかしろ!

 妙に気分が昂揚して喚き返す。

「あれはびっくりして固まっちゃってただけで、本当はすごく嬉しかったんだよ」
 
 命は今更照れている。

「お前……分かりづれぇ」
「危だって。危は真中さんが好きなんだと思ってた」

 どちらからともなく見つめ合った。
 そのまま、触れそうなほどに距離を縮めて。
 お互い好意を抱いていたのに、全く気付いていなかった過去の自分を笑う。
 そして、ゆっくりと瞼を下ろした。
 瞬間に。

「…わっ」
「ぅお…っ!?」

 響く無情なベルの音に飛びのいた。
 受話器へ飛んで行く命は、既に医者の顔をしている。

「はい、小児外科です」

 異様に切り替えの早い奴。

「…はい……はい、わかりました!」

 恨めしい想いでその横顔を見上げた。

「危、急患だよ。行こう!」
「……あぁ」

 促しながらも命は歩き出している。ソファーから腰を上げて慌てて追った。
 様子からして一刻を争う事態、とまではいかなそうだ。

「五歳の女の子だって。まもなく救急車が下に着く。容態は……」

 今、命の頭の中は患者一色だ。
 それを、ちゃんと分かっていても。

「危?聞いてるの?」

 こんな彼にすら色気を感じてしまうのだから、いよいよ本格的に目がおかしくなったことを疑うべきだと思った。



2011.3.27




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